ゴミ拾いの村③
麻袋で目隠しをされた状態で荷車に乗せられ、運ばれること数刻。
荷車が止まった。どうやら目的地に着いたらしい。
「外してやれ」
荷車から乱暴に降ろされ、目隠しと拘束を外される。暗闇から解放されたことで一瞬まぶしさに目がくらんだが、すぐに慣れて周囲の状況が見えてきた。
俺のすぐそばには、ゴンゾウじいさんと姫サマも転がっている。二人の拘束はまだ解かれていない。姫サマは目隠しをされながら周囲の様子をうかがっているようだが、ゴンゾウじいさんのほうはウーウーと唸って何かを訴えている。
ゴミ拾いの少年がじいさんの拘束も解こうとするが、俺が目で合図を送り、首を横に振ると思いとどまった。素直な子だ。今はまだじいさんを拘束しておいたほうがいい。今開放したらいろいろと文句を言うに違いない。主に俺に。
周囲にはいくつかの廃屋。そして使われなくなった農作業の道具が散らばっている。ここはどうやら牧場だ。
かつて王家主導により、神獣の家畜化が試みられたことがあった。しかし結局はコントロールしきれずに、計画は頓挫したという。俺が生まれるより前の話だ。
どうやらこの地のゴミ拾いたちは、使われなくなった牧場を拠点として利用しているらしい。
廃屋の影からは、何人かのゴミ拾いの少年少女がこちらを見ている。あるものは興味深そうに、あるものは警戒心を露わにして。数は十数人というところか。
そして彼らの大半は獣のような毛を肌に薄っすらと浮かべ、何人かは獣のような耳や尻尾も生やしていた。あれは“獣化”と呼ばれる症状だ。神気が枯渇した状態で瘴気に晒されることで起こる症状で、放っておけば、やがて正気を失い獣へとなり果てる。
この現象の正確な原因は解明されていない。研究者によっては、人が獣に近づくことで瘴気から身を守ろうとする、一種の免疫反応のようなものだという説もある。
「見ての通りだ」
ジョルジュが、周囲を見回しながら確認をとるかのようにこちらに話しかけた。
「この拠点のゴミ拾いたちは、かなり獣化が進んでいる。神気がなければ、もう数週間ももたないだろう」
「まあ大体は察しがついてましたけど、やっぱり目当ては神気か。一般人では神気を得られる神獣の肉や角は調達できない。だから流通を担う商家の伝手を頼りにしたと」
「そうだ。あのお嬢ちゃんを攫って、ウィグリッド家を脅して必要なものを要求するつもりだった。失敗したがな」
お前のせいで、とでも言いたげな目でジョルジュはこちらをにらむ。
「安心しなよ。その計画はまだ失敗していない。ただし“脅す”のは俺たちをだ」
「どういうことだ?」
「俺たちを脅して、神獣を狩るのに協力させるといい」
ジョルジュは、驚いた目でこちらを見ている。
「正気か? ゴミ拾いに協力すれば死罪だぞ」
「分かってるよ。でもほかに手はないだろう? そしてそれは、この子たちも同じだ」
周囲のゴミ拾いたちを目で追いながら、ジョルジュの顔をうかがう。
それを聞いて、隣に転がるゴンゾウじいさんの唸り声が大きくなる。何か言いたげな様子で、放っておくとさらに暴れそうだ。仕方がない。俺は近くにいた少年に合図を出して、ゴンゾウじいさんの拘束を解くように促す。
拘束を解かれたじいさんは、予想通り怒り心頭の様子だ。ただその怒りは先ほど腹を殴られて気絶したことではなく、今の提案に向いているらしい。
「おい小僧、キサマ何を考えている。ゴミ拾いに協力するなど…ヤツらは《狩人》の獲物を漁るハイエナ共だぞ!」
「だからこそ、こうやって拘束されて、誘拐されてきたんじゃないですか。俺たちは脅された被害者。それで体裁は整うでしょ? 誰も損はしない」
そう話すも、じいさんは納得した様子はなく、こちらをじっと見てくる。ここは下手に言い訳を続けるよりも、理論立てて説明したほうが納得してくれそうだ。
「あのですね。現実的に考えて、荷物のほとんどが燃えてしまった…というか燃やされてしまった今の状態で旅を続けるのは無理でしょう? 帰るにしても先に進むにしても、神気は絶対に必要だ。ついでに食糧もね。俺たちだって神気が枯渇すれば、獣化は避けられないわけで」
「だからといって燃やした連中と共闘しようなんてヤツがあるか! そもそも“脅された”なんて言い訳がギルドに通じると思うか?」
「通じますって。誰も見ちゃいない」
「…キサマに《狩人》の誇りはないのか」
「その《狩人》の誇りとやらと姫サマの安全、どっちが大事ですかねぇ?」
そう問うと、ゴンゾウじいさんはすっかり黙りこくってしまった。最後の質問は少し卑怯にも思えたが、状況を考えれば仕方がない。何より生存を優先するなら、今は誇りなどよりも優先すべきものがある。
「…分かった。背に腹は変えられん」
納得してくれた様子で、ゴンゾウじいさんはつぶやくように言う。
「だが、狩りに出るのはワシだ。ワシとジョルジュで神獣を狩って神気を調達する。現役の《狩人》であるお前は、ここで拘束されたままでいろ。そうすれば咎めはない」
「いやぁ、それは」
どうやら気を使っているようだが、それは無理な話だ。
「論外だジジイ。今のアンタじゃ戦力にならねぇ」
ジョルジュがハッキリと断言する。口ぶりから見るに、二人は元々知り合いだったらしい。
「なんだとジョルジュ…キサマに戦闘術を仕込んだのは誰だと思っている?」
「そりゃあ知っているよ。現役のA級《狩人》だったころのアンタなら、俺どころかメルだって相手にならねぇだろうな。だが今のアンタは現役を退いて久しい老いぼれだ」
ジョルジュの言葉を聞いて、じいさんは悔しそうな表情を見せる。だがそれは、ジョルジュへの怒りといった様子ではない。
「聞いているぜ、年をとって《狩人》適正が落ちて、引退したんだろう? 商家の小間使いにまで落ちぶれていたとはな」
「…ふん」
「《狩人》といえど、長期間神気を取り入れなければ、すぐに一般人と同レベルの身体能力にまで落ちる。それにアンタ、神気不足で自慢の狩猟武器も使えていないだろうが。この《蜃気楼の槍》が泣いてるぜ」
ジョルジュが傍らに置いてある槍を指さす。ゴンゾウじいさん愛用の槍だ。やっぱり、あれは狩猟武器だったのか。
「神獣は俺とメルで狩る。ジジイとガキどもはサポートだ。分け前は九対一」
「わあ、九割もくれるとは太っ腹ぁ」
「こっちが九だ」
でしょうね。言ってみただけ。
「そりゃ横暴でしょうよ」
「人数比でいえば妥当だろうが。それに、これから狩るのは、その分け前でも十分すぎる神気が得られる獲物だ」
「はい?」
「これから俺たちは、B級の神獣を狩る」




