かわいい先生
戸田記念病院は今日も朝を迎える。
8時から回診が始まる。しかし、この病院では回診の度にナースたちをざわつかせる医師がいる。医師の名前は四ノ村星来。戸田記念病院の総合外科医だ。彼は容姿端麗で、天真爛漫な性格で院内でのアイドル的存在でかわいい先生の愛称で呼ばれている。両親が女優と俳優でもあり生まれながらの美形であった。
「工藤さん!診察に来たよ〜。」
患者さんに敬語は基本使わず子供らしく振る舞っている。
「四ノ村先生を見てると小さかった頃の息子を思い出すわ〜。」
「えへ…。よかったです。」
患者さんからも評判は良く手術の腕も高い。それゆえに、彼は女性からも男性からもモテている。
「おはようございます!四ノ村先生!」
四ノ村に挨拶するこの女性は、二川真琴。彼に恋する研修医だ。
「真琴ちゃん!おはよー!さ、今日も頑張ろうね!」
「はい!」
「僕も連れてってよ〜。」
「め!圭吾くんまだ申し送り終わってないでしょ?」
2人の中に割って入ってきたのは門圭吾。二川とは親友である。二川と同様に彼も四ノ村に恋をしている。
しかし、看護師の為同じ場所では仕事が出来ない。
業務を抜け出して来た門を四ノ村は注意した。真琴は何も言わず門に、あかんべをかまし門を挑発している。門は悔しそうな表情で業務に戻った。この三角関係を院内では三馬鹿と呼ばれていた。
四ノ村が回診を続けていると突然院内は騒然となり始めた。
「こんな朝から一体何事です?!」
ストレッチャーを押す医師の1人を捕まえて話を聞いた。
「急患です!救急車と軽トラックの衝突事故で、
救急隊員が意識不明の重体です!」
切羽詰まった表情で事情で事情を説明するのは
四ノ村の同期である藤井亜蓮であった。
「僕が執刀します。」
今開いてる執刀医は四ノ村しかいなかった。
「私は補佐に入ります!」
二川も声をあげた。藤井はストレッチャーをオペ室に向かわせた。四ノ村と二川は手術衣を着てオペ室に入った。二川は手術道具の準備をしているが四ノ村は椅子に腰をかけてスマートフォンをいじっている。
「四ノ村先生!何やってるんですか?!」
「ねぇ、真琴ちゃんは何をやってるの?」
なんの突拍子のないセリフに二川は唖然とした。
「何って、オペの準備ですけど…。」
「もしその患者さんが退院したとして、人を殺しても、裏切られても手術をするの?」
二川が初めてオペ室で見た四ノ村は全くの別人に見えた。
「お言葉ですが、眼の前で命の危険に晒されている人を助けなかったら私たち医療従事者は何の為に存在しているのですか?!」
二川は反論するように強く言った。
「ふーん、真琴ちゃんはそういう思いでお医者さんになったんだ。」
「まだ研修中ですが…。私、兄と約束したんです…。一人前の医師となって兄の病気を治したいと…。」
「それでお兄ちゃんは?」
「亡くなりました…。でも兄のように苦しむ人を見ているのが辛くて、眼の前にいる患者さんは絶対に救わなければならないと思って医師を志しました。」
涙目の二川をよそに四ノ村はスマートフォンの電源を消した。
「やろう、手術」
「えぇ?」
「メス」
四ノ村は二川に右手を出した。二川はメスを渡した。
メスを受け取った四ノ村は内傷がある胸を切開した。
「肋骨が折れてますね…。」
二川の呟きに四ノ村は頷き、
「筋鈎」
と再び二川に左手を出した。筋鈎を受け取るとそれを傷口に引っ掛けた。
「鑷子」
心囊に刺さった肋骨を慎重に引き上げる。少なくとも4箇所刺さっていた。
「マチュー持針器」
最後はマチュー持針器で皮膚縫合を済ませた。
「ゲームセット」
安堵の表情で四ノ村は呟いた。手術は成功した。
「あの…、ありがとうございました!」
「何が?」
「四ノ村先生が執刀して頂いて、患者さんは救われたのですから…。」
「僕が手術を執刀した理由教えてあげようか?」
「はい…?」
「オリックスが勝ったから!」
「はぁ…。」
二川は唖然としていた。
手術から3日後、患者の意識が回復した。
「四ノ村先生!意識が回復しました。大石さん!聞こえますか!?」
救急隊員の名前は大石正一だった。二川と四ノ村は、大石の病室にいた。次の瞬間、大石は怒鳴り声をあげてナースコールを押した。
「落ち着いて下さい!」
ナースコールで門が駆けつけた。
「失礼します!大丈夫ですか?!」
スーツを来た男も病室に駆けつけた。大石は落ち着かない。
「こちら、警視庁です。」
何故か警視庁の刑事が来て病室にいる全員の動きが止まった。
「救急隊員の大石さんが勤務中に飲酒し救急車を運転していた為、業務上過失致死傷の容疑がかけられています。」
無抵抗な大石を刑事たちが連れて行った。
「四ノ村先生!どういうことですか?!」
「あの人、この前アルコール中毒で通院してた。恐らく禁酒をしていたか、リバウンドで勤務中に飲んじゃって事故起こしたみたい。衝突した軽トラの運転手さんは即死だった。」
二川は言葉を失い、その場に膝から崩れ落ちた。
「まあ、よかったじゃん。亡くなって罪を償わないより、生きて罪を償えるから。」
四ノ村は病室の隅でほくそ笑んだ。