事件はふいに
(朝が来てしまったか…)
そう思っている死にぞこないの男がいた。
周囲は廃墟のよう暗いコンクリートの部屋と周囲から冷ややかな目で見られるように冷たい空気しかなかった。
(昨日、死のうと思ったのにな…)
そう思いながらポケットに何かないかと手を突っ込んだ。
何も無いかと思った瞬間コツンと中指に何かが当たった。
何かと拾い上げるとポケットに入れたまま洗濯してしまい、固くくるまった紙があった。私は何も思ったのか綺麗に広げ、その紙が何なのか見た。
2000年11月13日にセブンイレブンでカップラーメンを買ったときのレシートだった。
あれから20年が経ったのか物思いに耽っていた。
「外に出るか。」
私は建物から外に出た入り口には立ち入り禁止のテープが貼られており、閑散としていた。
山奥にポツンと佇んでいる2階建ての一戸建ては長年誰も過ごしていないことを物語るように壁は色あせ、建物の周辺は雑草で生い茂っていた。
ココは私が殺人事件を起こした場所だった。
明確に言えば、私が殺したわけではないが、生存者が私だけという事もあり、疑いを持たれてしまっていた。
未だ未解決事件とされているが、肝試しとして来る若者が後を絶たないため、危険性を加味して警察が家にあった家財道具等全て取っ払ってしまい、立ち入り禁止区域に設定されたらしい。
私はこの家に戻ってきたのは1週間前、それまでは警察から逃げ隠れする生活を繰り返していた。
私はこの殺人事件を思い出していた。
私は桃瀬忍だ。有名私立大学の法学部を卒業後、大手化学メーカーの営業職として就職した。仕事はとても忙しかった。目標の売上を目指すために、外回りを行い、時にはプレゼンを行った。失敗をして、上司と一緒に頭を下げにも行った。そんな慌ただしい生活を2年程した。
その間私は会社の同僚の黒沼恵と付き合い始めた。そして、25歳にして結婚した。結婚後も私たちは共働きをしていた。そして、結婚から1年半後子供が出来た。子供の千秋はとてもやんちゃな男の子だった。
そして、子どもが出来たのを機に山奥に一戸建てを建てた。理由は休みの時山で過ごしたいと恵と話していたからだ。普段は社宅に住んでおり、普通の会社員として過ごし、休日はアウトドアな家族としてそこそこ楽しい時を過ごしていた。
「忍さん」
今でも思い出す。優しく清楚な声色。
そして、この声から毎朝が始まっていた。
あの時もそうだった。それは事件が起こる2年前のある日の休日だった。
その日は10月というのもあり、紅葉を一目見ようと別荘に行く予定だった。恵は紅葉が好きで、その日も鼻歌交じりに準備をしていた。
「忍さん、今日は別荘に行くのでしょ?千秋の準備お願いしてもいい?」
「ああ、やっとくから恵も準備してきてくれ」
「はい」
私は育児に積極的に協力していた。
その時
「ピーンポーン」
インターホンが鳴り響いた。
この音が悪魔の始まりだと私たちは知りもしなかった。
私はそのままインターホンに出た。
「はい」
「宅配便でーす」
「分かりました。」
そう言って私は玄関に赴いた。
「こちらお名前間違えないですか?」
「はい、大丈夫です。」
そう言って、荷物を受け取った。
定期購入の化粧品や健康サプリ等が入っていそうな厚さの薄い段ボールに入っていた。
この時変だと思うべきだと私は後悔している。
それが郵便受けに入る大きさなのに、わざわざ手渡ししてきたことだ。
まるで、見てくださいと言わんばかりに。
「恵~!荷物届いたよ~!」
「えっ?私何も頼んでいないんだけど…」
そう言って、化粧を終えた少し色白の眉間にしわを寄せながらやってきた。
「何が届いたか開けてみたら?」
「そうね。」
そう言って、段ボールに貼ってあるビニルテープを剥がし、段ボールを開いた。
そこには黒い封筒が入っていた。
「こんな招待状みたいな封筒を出してくる人がいるんだね。」
「それが、忍さん。本当の招待状みたいなの。」
「えっ?」
「しかも、招待されている場所私たちの別荘なのよ。」
「どういうこと?」
「分からないわよ。」
私たちは背筋が凍る思いをして、一瞬水を打ったかのように静かになった。
「招待されてるのはいつなんだ?」
「来週の日曜日みたい。」
「今日行くのやめとくか?」
「そうね」
そう言って私達はこの日出掛けるのをやめた。
恵は招待状の件があるのか、ずっと千秋を抱きかかえていた。
恐怖をごまかしているのだろう。
現に私も恐怖をごまかすために部屋をウロウロしていた。
この日から招待された日まるで生きた心地がしなかった。
恵は体調不良という事で会社から有休を貰うことにした。一方私は会社で自分の仕事をしていた。
初めは単なる体調不良だと思われていたが、やはり3日続けて休んだ際は会社の人から心配された。
私は心配されてはならないと思い、
「大丈夫です。少し、育児に疲れてしまったらしくて…」
と嘘をついた。
「忍ちゃんよ~しっかりしろよ~!」
と同期や上司からは茶化されたが、私は頬がピクリともしなかった。
内心冷や汗をかいていないかや誰かに隠し事をしているとバレていないか心配していた。
家に帰ると部屋は電気も付いておらず真っ暗だというのがあの日以来毎日続いており、恵は家事や育児がままならなくなっていた。
辛うじて千秋のおむつ交換や食事を与えていたがその他は何も手に付かない状態だった。
部屋は人が住んでおり、きれいに保っているはずなのにどこか生気を失っていた。
そして、約1週間が経ち約束の招待の日、私たちは話し合いを行った結果別荘に出向くことを決めた。
あのような悲惨な殺人事件が起きるとも知らずに。
別荘へは車で出掛けた。
時間も指定してあり、17時となっていたため、辺りは段々と暗くなり始めていた。
助手席に座っている恵はここ1週間で体重が5kgも減っており、ゲッソリとやせ細っていた。
そして、あたかも以前からやせ型だったかのようブラウスにパンツコーデ、そして上着に厚手のコートを着ていた。
「もうすぐ着くけど…」
「…」
「車の中で待っておくか?」
恵は小さく首を横に振った。
「大丈夫なのか?」
またしても首を横に振った。
「じゃあ、車で待っておいた方が…」
恵は激しく首を横に振った。
一人になるのが恐ろしいのだろう…私は彼女の姿を見て
「分かった、でも、無理だけはするなよ。」
運転をしながら横眼で彼女が小さく頷いたのを確認し、アクセルをさらに踏んだ。
ヘッドライトが紅葉をきれいに照らしており、まるで赤いトンネルの中をくぐっているようだった。時折顔を見せる月の明かりが対照的に映り、このような状況でなかったら私たちは「綺麗だね!」と言い合っていたのだろう。しかし、エンジン音と道路とタイヤのこすれ音、そして千秋の寝息しか聞こえなかった。
ようやく別荘に着いた時家の前に3台の車と1台のバイクが止まっていた。
どの車も見覚えが無かった。不思議に思いながらも招待状のことを思い出し、誰かが悪戯で私たちの別荘を会場として呼んでしまったのではないかと感じた。
鍵をかけていたはずの玄関は開いていた。私は恐る恐るドアを開けた。その瞬間私たちの他に7人ほど呼ばれていることが分かった。男が4人、女が3人で見た感じ年齢はバラバラと言う感じだった。
「この招待状書いたのあんたか?」
急に金色の髪に黒のメッシュが入った青年に声を掛けられた。
「い、いえ、私たちもここに呼ばれまして。というかココ私の別荘なんですが、誰も招待していないんですよ。」
「何言ってんだこのおっさん?」
「ちょっと亮君、この人も招待状持ってるみたいだし違うんじゃない?」
この青年の彼女だろうか、茶髪のボムヘアの娘が爪やすりで指の爪を手入れしながらやってきた。
「でも、おじさん達ここがおじさん達のものってどういうこと?」
そう言ってきた途端他の人たちも一斉にこっちへ目を向けた。
そして、私はこの7人に対してこの建物が自分の所有物であること。そして、1週間ほども前に宅急便でこの招待状を貰ったことを話した。
「じゃあおっさんは主催者知ってんのか?」
「いや、それが見当もつかないのだよ。」
「けっ、役立たずが」
そう言うと青年はロビーの暖炉のとこへ行った。
「ちょっと、亮君!」
そう言って爪切り娘は金髪やんちゃボーイのところへと駆け足していった。
「恵、大丈夫か。」
生気がほとんど空になっている彼女は小さくコクリと頷いた。
この状態でも驚きもしない彼女に私は何と声を掛ければいいか分からなかった。
「あの…」
急にロビーの階段付近に立っていた高校生と思われる制服を着ている男子が声を上げた。
「集められた理由は分からないんすけど、自己紹介しないっすか?
俺は立花、立花翔と言います。この近くの荒川第一高等学校に通う2年生っす」
次に口を開いたのは玄関付近に立っている老夫婦だった。
「わしは大前宗一郎じゃ。もう引退したが、大工をしとった。今年で70になるかね?」
「宗一郎さん、68ですよ。」
「おお、そうじゃった」
「私は喜久子と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
次に声を上げたのはロビーの暖炉前に設置したイスに座っている女性とその横で立っている執事のような人だった。
「私、鮎川結。こっちは執事の木村よ。」
「木村悠馬と申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
私はこの鮎川という女性があまりにも高慢な態度だったので少し口をはさみたかったが、その気力はとうになく、続けて私たち家族の紹介をした。
「私は桃瀬忍。こっちが妻の恵。で妻の抱いているのが息子の千秋だ。どうぞよろしく。」
最後に金髪の青年と彼女らしい娘の自己紹介の番だった。
「なんだよ自己紹介って、バカにしてんのか?俺は早く帰りてぇんだよ。」
「亮君、そんなこと言ったらだめだよ。招待状に書いてあったでしょ、時間通り来てください。もし途中で帰ったら殺します。って」
そう、妻が怯えていたのはその招待状の内容だった。
招待状にはこう書かれていた。
『桃瀬忍様、恵様、千秋様。
この招待状を読んでいるという事は無事届いたようですね。
私の名前はハクと申します。急ではありますが、あなたたち3人にはあるゲームを行っていただきます。
ゲームの詳細はお教えできませんが、ぜひご参加ください。
もし、下記記載の日時に来れなかった場合、あなた方3人を殺します。途中棄権も出来ません。
私はあなた方3人がどこで何をしているのか逐一把握できており、すぐに殺す準備が出来ております。
何卒ご参加願います。
日時:10月13日(日) 17:30
場所:長野県〇✕郡△△町456-2
山奥にありますので、どうぞ車やバイク等で来てください。』
そうこれからゲームが始まる。そして、少なからず殺人要素が含まれているのではないかと予測が立てられる。そのため、この娘は金髪やんちゃボーイを止めているのだ。
「ちぇ、仕方ねーな。俺は九十九亮。大学2年だ。」
「私は亮君の彼女の小鳥遊夏美でーす。亮君と同じ大学2年生でーす。」
やっぱりカップルだったかと思う一方で、金髪青年の方は金髪に似合わない昔ながらの名前で少し驚いた。そして、大学生と聞いて腑に落ちた。私も大学在学時は少し羽目を外したもんだ。
そんなことを思っていたら急に振り子時計が音を立てた。
17時半を告げる鐘だった。
「ようこそ皆さんお越しくださいました。
私はこのゲームの総支配人のハクと申します。どうか皆様楽しんでください。」
「ふざけんな!こんな茶番に誰が付き合えっか!」
「おや、九十九亮様。ずいぶんとご立腹のようですね。」
「そりゃそうだ!やっと大学生になって休みを夏美と楽しもうと思ってたのにな!こんな変なゲームに呼ばれて良い気をする奴の方が頭おかしいぜ!」
「そうですか、では『この人生をリタイアされますか』?」
録音だと思っていたものがリアルタイムで流れていることに驚き、さらにどこにスピーカーがあるのか探していたらまさかの一言に思わず洋服の中に氷塊を入れられたような寒気を憶えた。
そして、金髪青年は続けた。
「『人生リタイア』ってどういうことだよ。」
「実は12名ここにお呼びしていたのですが、2名参加を辞退されたみたいなので、『この世から消えてもらいました』。」
そう言って天井から2人の死体が落ちてきた。
上に何かを隠しているとかは全く思いもしなかったため、偉そうなお嬢さんは短い悲鳴を挙げ、夏美ちゃんは金髪青年の腕に抱きつき大きな悲鳴を挙げた。その他の人は落ちてきた死体から目を逸らすように他の方向を見ていた。しかし、千秋はその状況が理解できず、キャキャと騒いでいた。
「おい、ハクって言ったか。このゲームって死ぬのか?」
「ええ、どうでしょうかね?」
「はぐらかさず答えろ。」
「そうですね、このゲームは死ぬ可能性もありますし、生き残る可能性もあります。皆様には生き残ってもらいたく思っておりますので、精一杯に頑張ってください。では、ゲーム開始まで暫しご休息いただければと思います。では。」
そう言って音声は途絶えた。
「宗一郎さん、私たち皆死ぬんですか?」
「喜久子さんよ、ハクと申したか、その方が死ぬかもしれんし、そうじゃないかもしれんと言ったんじゃ。だから生き延びる道はあるんじゃ。」
「そ、そうですよね。」
老夫婦が一番近くにいたため、その会話がはっきりと聞こえたが皆先程の死体に驚きを隠せず、自分もいつかああなってしまうのではないかと考えている。
特に、一人で来たと思われる高校生は心細いだろうと感じた。
「恵、ちょっとあの高校生のところに行ってくるがいいか?」
「し、忍さん。…私たち、ああなってしまうのかしら。」
やっと聞けた彼女の声は上手く喉が機能しておらず少ししゃがれていた。
「それは私が阻止する。恵さんも千秋も私が守る。」
「…」
「じゃあ少しあの子のところに行ってくるね。」
「…はい。」
少し不安げな顔をしていたが、私は翔君の元に歩み寄った。
「立花、翔、くんだったかな?」
「はい、おっさんは…」
「桃瀬忍。忍でいいよ。」
「はい、忍さん。」
「ここには一人で来たのかい?」
「いいえ、実は…ここにある死体は俺の両親なんっす。」
「ふえっ!?」
驚きで声が裏返ってしまった。
その声に周囲は驚き再び注目されてしまった。
この事実は周囲に漏らしてはならないと思った私は翔君の耳元で囁いた。
「このことを他の人は知っているのかい?」
「い。いえ。」
「そうか、このことはおじさんとの秘密にしてもらえるかな?」
「…はい、了解っす。」
私は話題を変えようと思ったが、頭が回らず、結局似たような話題になってしまった。
「一人で怖くないのかい?」
「俺は大丈夫っすよ」
「どうしてなんだい?」
「俺、養子なんっすよ。この人たちはただ俺を育てるという名目でお金が目当てだったんす。」
「…」
あまり俺とかけ離れた生き様だったため、何も言葉にならず、喉に引っかかったモヤを飲み込むので精一杯だった。
「俺、親だと思える人一人もいないんっす。中学まで施設にいたから友達と呼べるやつもいないっすからね。」
そう言って苦笑いしていた彼に掛ける言葉が一つも見つからなかった。
営業マンとして失格だなと社会人になって高校生に負けた気がした。
彼の壮大な話を聞いていると
ピーンポーンパーン
とどこからか鐘の音が聞こえてきた。
「皆さん、ゆっくり休めましたか?お楽しみのゲームの時間です。
第一ゲームは…」