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「我らが稲荷社は全国各地に御座います。その数約3万社。日本で一番に多い神社は八幡社で御座います。その数4万以上。稲荷社は八幡社と1,2を争う神社で御座います。どちらも古代からこの国を護り、多くの日本国民に愛され親しまれて来ました」

男は言った。


私は「ふむふむ」と頷きながら聞く。


「数十年前、狐が出奔(しゅっぽん)致しました。先程お話しいたしました三尾の狐で御座います。誰かが狐を解き放ったので御座います。その誰かがどこの誰で、どこの稲荷社の者かは不明で御座います。狐は誰かの命を受けて出奔したのです。狐は神使です。必ず主がいます」



その命とは恐らく『神代の世に封印された地の者達への呪を破り、封印を解き、彼らをこの世に解き放つこと』なのです。何故なら、彼らは実際に封印された地に向かい、封印を解いて彼奴等(きゃつら)を解き放っているからです。


大昔から神々や古き武者によって退治され成敗された異形のモノ達。地の底に深く封印されたモノ達。その封印を解く事が彼らの使命なのだと、我々事務局は判断致しました。

もうすでに幾つかの神社仏閣等からの被害届やら苦情やらが、我が全国稲荷社総取り纏め事務局に秘密裡に寄せられているのです」

男は言った。

私は無言で男を見る。

「・・・そう。狐の仕業だからです。・・・犯行後、逃げる白狐を目撃したという情報が複数入って来ています。狐だったら当然稲荷社だろうという事で、我が事務局へ」


 男は辺りを見回す。

しばし本殿の方を見ると、視線を私に戻した。


「彼らにそれを指示した稲荷社の黒幕の意図は不明です。だが、しかし、彼らはこの時代に太古のパワーを解き放ち、混沌を(もたら)そうとしているのではないかと。・・・損なわれてしまった自然のパワーを解き放ち、人間達に報復を目論んでいるのでは無いかと、我々事務局はそう踏んでいるのです」

男はそう囁いた。

「何と!!」

私は驚いた。


男は続けた。

「前回は那須の殺生石から九尾の狐を蘇らせようとしていました。我々はそれを予測し先回りをして日光国立公園のボランティア職員に応募し、活動に参加しつつ、辺りを警戒しておりました。彼らがやって来るまでの数年が過ぎました。だが、果たして彼らはやって来ました。怪しい二人組を発見し、殺生石に近付いた所で捕まえようとしたのですが・・・。寸での所で逃げられました」

「3尾の狐は大変賢い。狐は我々が張り込んでいる事を知っていて、我々事務局をおちょくったのです」

ふうっと彼は鼻から大きな息を吐き出した。


「お宅の禰宜殿は稀有な経験をなさいました。彼らは封印を解こうとするモノをまず膜で包みます。太陽が高い内には膜は見えません。膜の中身も見えません。明るい所で明るい物を見るように。

日が落ちると稀にその膜と膜の中身を見ることができます。ただ、それを見ることが出来るのは酷く限られています。

膜が視える者と視えない者。

どういう理由で区切られるのか、まだよく解明されておりません。だが、その千に一つの僥倖に浴した者からお宅の禰宜殿と同じ様な報告が上がって来ているのです。


膜の中は異次元です。

膜によってこの世から切り取られた異次元です。膜はかなりの高エネルギー体だと予想されます。

彼等の儀式は風神雷神を呼び寄せ、突然の暴風雨を起こします。誰もが突然の嵐に右往左往します。そして稲光が空を走る。ものすごい落雷が起きる」



「自然が彼らに味方をしている。どうもそう感じる。自然を味方に付けた彼らはこれから先、何をやらかすか・・・・ヤマタノオロチなど解放された日には、島根はえらいことになるでしょう。まるでキングギドラが現われた様な・・・・・・いや、冗談です。冗談。大丈夫。全国各地に凄腕のエージェントを派遣してありますから。秘密裏に。いつ、三尾の狐がやってきても対応できるように」

そう言って男は笑った。

私は笑えなかった。ここは笑う所じゃ無いだろうと思った。


男はコホンと咳ばらいをすると続けた。

「・・でも、こちらの松はどうもリストから漏れてしまったようで。

 それでちょっと様子を伺いに参ったと言う次第です」

「はあ・・・」

私はそういうしか無かった。



「ところで『方壷(ほうこ)の龍』と言う言葉をどこかでお聞きした記憶は御座いますか?」

男は言った。

「そう言えば都賀がそう言っていたような記憶が・・・何ですか?『方壷の龍』とは?」

私は尋ねた。


男は答えた。


「徐福伝説は御存じの事と存じます。始皇帝の命により徐福は蓬莱山を探して日本の熊野に上陸したという言い伝えを。

蓬莱は 方丈、瀛州(えいしゅう)とともに東方の三神山のひとつでもあります。この中の「方丈」は別名「方壷」とも。「方壷」とは東方絶海の中央にあるとされる島で御座います。我々はそれが日本のどこかでは無いかと考えておるのですが・・。

『方壷の龍』とは恐らくは神代の世にそこに住まっておった龍の事では無いかと思われます」


「・・・・」


「三尾の白狐は狡賢い上にすばしこくって、逃げ足が速くて、化けるのも上手・・いやはや、困ったものです」

男達はそう言って腕を組んだ。


「そんな迷惑な狐が野放し状態なのですか?全部の稲荷社をお探しされたのですか?」

私は言った。

松がちょいちょい空を飛んだ日には物理や生物は一体どうなるんだと思った。


「そうは申されましても、我々でさえ日本全国の稲荷社を完全に把握し切れていませんのですよ。勿論、神主や宮司が現存する場合は分かりますよ。でも、既にそれらが絶えてしまって、後は村の有志によって維持されている場合とか、それすらも消えて、管理する者が消えた社が、まだその地に残っているとか。何しろ大昔から綿々と続いているのですから。資料が残っている場合は、それを確認しに行けますが、資料も残っていないとなると、これは難しい」


「稲荷社は山間の小さな村の小さな畑の中のこれまた小さな森の中にぽつりとあったり、誰も行かないような山の中に通じる石段があるとその先にちょこんと鎮座されていたりする。ビルの屋上にもあるし、ビルとビルの間の狭い路地裏にもある。・・・そんな訳で・・・・一体どこの狐が逃げたものなのか、皆目分からない」


「その狐が鎮座していた社が黒幕と言う事なのでしょうか?」

私は尋ねた。

「・・・うーむ。いや、そうとも言い切れないところが苦しいところで・・・他からやって来た誰かが狐に命を授け、そして解放したのかも知れない。そこに新しい狐を設置して置けば、誰も分からない」

「もしや真言系の稲荷かとも思い、そちらの方にも調査に出向いたのですが、何も異変は無いと言う事でした」


「成程。要は全く五里霧中と言う事なのですね?」

私はまとめた。

「・・・・」



「実は黒幕など存在しないで、単にその三尾の白狐のいたずらと言う事は無いのですかね?」

私はそう聞いてみた。

深い意味など無い。

狐ならいたずら位はしそうなものだと思ったから。


黒服の客人はお互いの顔を見合すると「わっはっはっは」と大笑いをした。

「いや、それはありません。有り得ません。有る訳が無いでしょう。有ってたまるか。こんないたずら。迷惑極まりない。いたずらで済む訳が無い。それには確固たる理由が有る筈です!ちゃんとした理由が!」

一人は突然怒り出した。


「自然が味方しているのでしょう?この所の自然は気紛れだ。たまに暴走したりする」

私は言った。

二人は黙り込んでまた顔を見合わせた。

二人はすっくと立ち上がった。

「では、失礼します。禰宜殿がお戻りの際は先ほどの名刺にある連絡先に電話かメールを頂きたいと思いますので、宜しくお願いいたします」


男達は最後に「今日の話は内密にお願いします」と言って去って行った。


男達を見送りに外に出た。

とうとう雨が降り出した。

この空の下、都賀はどこをほっつき歩いているのだろうか?


都賀の女房が先日見慣れない男と街を歩いていたとウチの妻が言っていた。

大丈夫なのか?あの夫婦は。

都賀は家にちゃんと連絡を入れているのだろうか。

私は男の言葉を思い出した。

「それを見る事は千に一つの僥倖に等しい」。


もしかしたら、自然に近い心を持った者がそれを見る事が出来るのだろうか?

畢竟、そう言う事なのかも知れない。


確かに都賀は自然に近い心を持っている。彼は神社の植栽の管理をよくやってくれている。ほとんどが植木屋の手に依るものだが、手配をするのは都賀だし、都賀自身もまめに手入れをしている。植栽を見回りながら草木に話しかける。庭にやって来るスズメにも話しかける。

お陰で神社の樹木はいつも元気で美しい花を咲かせてくれるし、たまにスズメが都賀の頭に止まっていたりもする。

スズメが頭に止まる人間など、私は都賀の他には知らない。


「うーん」

都賀は凡人では無かったのか?

しかし、黒幕ねえ・・。黒幕がいるとしたらそれは誰だろうか・・?

私は古事記に出てくる神々の名前を思い出してみた。でも稲荷社の神は『ウカノミタマノカミ』が主祭神なのだがなあ・・・。やはり「ダキニ天」では無いだろうか?

如何にも黒幕と言う感じがする・・・。

そんな事を考える。

そして松の穴を見る。

それよりもこの穴をどうしたものか・・?

またそう思った。




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