ここ掘れわんわん(キュウキュウ)
ぷにょんぷにょんに癒されて、永遠に抱きしめていられると思っていたのに、キュウが不意に体を離した。
「ん? どうした?」
俺の手から離れようとするキュウを慌てて抱きしめたのに、ぷるんと逃げられてしまった。
「キュウ! なんで!? 俺、なんか嫌なことした?!」
俺が叫んでいるのにキュウは振り返りもせずに、ぴょんぴょんと跳ねていく。
もう泣きそう。
俺に飽きたのか? それともベタベタし過ぎたのか?
そんな俺の思いが通じたのか、キュウがやっと止まって、その場でぷにょんぷにょんと飛び跳ね始めた。
俺の方を見て、俺を呼ぶように、力一杯、「キュウ! キュウ!」と鳴いている。
「キュウ。……お前」
急いでキュウの元に駆けつけると、目を輝かせて一層激しく飛び跳ねた。
「どうした? そこに何かあるのか?」
キュウは褒めて褒めてと言いたげに、木の根元の上で跳ねていた。
まるで、「ここ掘れわんわん」って言っているみたいだ。
正確には、「ここ掘れキュウキュウ」か。
「そこに何かあるのか?」
何もなくったっていいじゃないか。
キュウが掘って欲しいと言うなら、掘ってやるまでだ。
あ、しまった! こう言う時にシャベルとかを買えるアプリを入れとくんだった。
「ほれ。これでよかろう」
いつの間にか来ていた老婆が、太い矢印を立体化したみたいな道具を貸してくれた。
あれ? そんなもの、どこから出したんです? あれですか?
アイテムボックスとか、そういう類のアイテムをお持ちですか?
「ほら! ぼうっとしとらんと掘らんか!」
いつもの枝突き。それやめてよね。
でも何だろう。キュウは何を知らせたかったんだろう。
ま、掘るしかない。掘れば分かる。
「こら! そんな乱暴に掘る奴があるか! そっとじゃ。そうっと掘るのじゃ」
「はいはい」
言うこと聞かないとバシバシ小突かれそうだったので、仕方なく、少しずつ土をどかしていく。
「あれ? 今なんか当たった気が」
なんちゃってシャベルの先端が、固いものに触れた感触があった。
「キュッキュウ!」
「なんだキュウ。ここに埋まっているのが欲しかったのか?」
そういえば、キュウのスキルに「感知」ってあったな。好物を見つけるのが得意なのか?
うっかり壊してキュウを泣かせる訳にはいかない。
俺は手で慎重に土を払いながら、埋まっているものを取り出してやることにした。
なんと!
埋まっていたのは卵だった。それもまあまあ大きな卵。見たことないけどダチョウの卵ぐらい?
「うおおっ!」
老婆が卵を取ろうとしたので、俺は卵に覆い被さって阻止した。
なるほど。人間にとっても美味しい卵だったんだ。でも、あげないからね。これはキュウに食べさせてやるんだ。
「だめです! これはキュウが見つけたんです! キュウに食べる権利があります!」
「バカ者! 食べる奴があるか! スライムをなんだと思っておる!」
「は?」
「それは魔獣の卵じゃ。卵からかえった時に最初に見た者がそやつの主人になるのじゃ。スライムはお主のために見つけたんじゃぞ」
「え? そうなの? キュウ……お前ってやつは……」
ヤバい。マジで泣きそう。キュウが可愛すぎる。愛犬だってこうはいかない。
「どうやったら卵が孵化するんですか?」
「そればっかりは分からん。卵の段階だと、なんの魔獣かも、どれくらいの個体レベルかも分からんのじゃ。とにかく肌身離さず持っておるしかない」
「え? こんな大きいのを? いやあ、こんなものを持ち歩いていたら、絶対うっかり割っちゃいますよ」
「ああ。街に戻って専用の入れ物を買う必要があるな」
へえ。そんな専門道具とかがあるんだ。さすが異世界。
「キュウ。キュウ」
キュウが拗ねたように鳴いている。そうだった。まだ褒めてなかった。
「おいでキュウ!」
両手を差し出すと、キュウが飛び込んできた。
「よしよし。本当にいい子だなあ。俺は幸せ者だなあ。大好きだよキュウ!」
「キュッキュウー!」
俺たちの熱い抱擁を、老婆は気持ち悪そうに白けた眼差しで見ながら、「お主。街でそんなことをしておったら変人扱いされるぞ」と、忠告してきた。
「だいたい、契約魔獣をそのままの大きさで連れて歩くのは御法度じゃ。小さくして鞄に入れるか、服のポケットに収めておくもんじゃ」
「え? 小さくできるんですか?」
「お主がそう命じればな」
ええ? キュウが小さくなる? 手乗りスライムとか? うっほ! 想像しただけで可愛さが爆発してしまいそう!
「キュウ。小さくなってごらん。ほら、この上に乗るくらいに」
俺はそう言って、左手の手のひらを少し窪ませた。
「キュウ!」
キュウはぷにょんと飛んできて、そのまま手のひらにすぽっと収まった。
「うううう。可愛い。可愛すぎる」
「キュウ。キュウ」
涙を滲ませた俺を、老婆が蔑むような目で見ていた。