65、世界の命運を決めるゲーム
「随分無粋な事をしてくれるね、君。僕の妹が怪我したらどうしてくれるの?」
あれ、ノアお兄ちゃんなんか怒ってる? しかも今、僕の妹って認めてくれた!
「それは申し訳ありませんでした。私の大切な婚約者が拐われたもので、気持ちが焦っておりました。アリシアを、返して頂けますか?」
「僕は今、アリシアに頼まれて遊んであげてるんだ。君に返す必要性が感じられないんだけど」
フォルネウス様とノアお兄ちゃんの間に火花が飛び散ってるように見える。
混ぜるな危険。一瞬即発。ここで誰かが火魔法でも使おうものなら、大爆発しそうな勢いだった。
「アリシア、怖かっただろう? さぁ、こちらへおいで」
「アリシア、次のゲーム始めるよ。さぁ、席について」
私はこちらに差し伸べてくれているフォルネウス様の手をガシッと掴んで、ノアお兄ちゃんの前に座らせた。
「次は、三人でやりましょう!」
「…………え?」
「…………は?」
「カードゲームって、人が多い方が楽しいんですよ! いいよね、ノアお兄ちゃん」
「ふん、君がそう言うなら」
「フォルネウス様も、よかったらお願いします」
「勿論だよ、アリシア」
「ありがとうございます……って、フォルネウス様! お顔に血が……」
近くで見ると、フォルネウス様の顔に傷があるのに気付いた。顔だけじゃない、全身傷だらけじゃないの!
「リバース」
回帰魔法を唱えても、やっぱり反応しない。
「ノアお兄ちゃん。フォルネウス様の傷の治療したいから、魔法使えるようにしてよ」
「傷なんて、舐めときゃ治るでしょ」
確かに唾液にも治療効果はある。ツーンと澄ました顔してるノアお兄ちゃんを見る限り、解いてくれる気はないようだ。仕方ない。
「ごめんなさい、フォルネウス様。痛いかもしれないけど、少しだけ我慢して下さいね」
そう前置きして、フォルネウス様の頬に唇を寄せて、出来た傷を舐めとる。
「あ、アリシア……?!」
唇の端も切れてるわ。それに耳も。それだけ激しい戦闘をされてこられたのね。
「なっ! 君がやる事ないでしょ!」
何故か慌てた様子で、ノアお兄ちゃんはソファーから立ち上がった。
「さっき舐めとけば治るって言ったの、ノアお兄ちゃんでしょ。それにどうやったら、自分の顔を舐めて治す事が出来るのよ」
「わかった、魔法使えるようにしてあげるから!」
もう、最初から意地悪しないで素直にしてくれればいいのに。
パチンと指を鳴らしてノアお兄ちゃんが魔法を使えるようにしてくれた。
「リバース」
よかった、これでフォルネウス様の傷も綺麗に元通りね。
「ありがとう、アリシア。そのまま君の可愛い舌で、全身舐めて治してくれても嬉しかったけど」
その言葉の意味を想像したら、途端に恥ずかしくなった。
「もう、フォルネウス様まで意地悪言わないで下さい……」
「はは、意地悪じゃなくてただの本心だよ」
「よ、余計に達が悪いです!」
「さぁ、イチャイチャしてないではやく勝負を始めようか! やるのはさっきと、同じオールドメイドでいいよ」
何故かノアお兄ちゃんに闘志がみなぎっている。
「紅の皇太子、折角だから賭けをしよう。そうだね、敗者は勝者に絶対服従ってのはどう? どうせここにきたのも、僕を止めに来たからなんでしょ? 君が勝ったら、僕は君に従ってあげるよ。ただし負けたら、君は僕に絶対服従。アリシアには二度と近付けさせないよ」
指をポキポキと鳴らしながら、ノアお兄ちゃんが自信満々に言いきった。
「分かりました。その賭け、乗りましょう。私が負けたら何でも貴方の言うことをききましょう。ただし私が勝ったらノアさん、貴方をハイグランド帝国に迎え入れ、私とアリシアの結婚式に参加して頂きます」
「いいだろう。残念ながら僕が勝つから、君達の結婚式は未来永劫開かれないけどね」
「じゃあ私が勝ったら?」
「え、アリシアもやるの?」
「さっき三人でしようって言ったよ」
「後でいくらでも遊んであげるから、今は……」
「仲間外れにするの? ノアお兄ちゃんひどい……」
「いや、そんなわけじゃ……」
さっき素直にお願いをきいてくれなかったお返しに我が儘を言ってみたら、ノアお兄ちゃんは慌てている。
「アリシア、申し訳ないけど今回は審判をお願いしてもいいかな? ノアさんと、対等な勝負がしたいんだ」
助け船を出してくれるフォルネウス様は、やっぱり優しいわね。
「分かりました。フォルネウス様、頑張って下さい!」
「うん、ありがとう」
「…………なんか、納得いかない。紅の皇太子、勝負だ!」
「ええ、受けてたちましょう」
男同士の真剣勝負――世界の命運を賭けたカードゲームが、こうして始まった。
「少しルールを変更しない?」
「ルールを?」
「最初に抜くオールドメイドのカードをランダムにしない?」
「確かに、何が最後の一枚なのか分からないと面白いかも」
「ええ、構いませんよ」
「アリシア、この中から一枚だけ抜いて見えないように中央に置いておいて」
「わかった」
言われた通りに、オールドメイドとなるカードを抜いてテーブルに置いた。公平にするため、残ったカードを皆で回してシャッフルする。それを私が二等分して、好きなカードの束をそれぞれ選んでもらった。ペアのカードを捨てて整理したらゲームスタートだ。
「順番は君からいいよ」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
フォルネウス様はノアお兄ちゃんの手札から一枚引いて、三のハートとスペードのペアを捨てた。
「どうぞ」
ノアお兄ちゃんが引きやすいように、フォルネウス様は手札を前に差し出す。二人が順調にカードを、引き合って手札を減らしていく。
カードを引くノアお兄ちゃんを見てたら、ある事が気になった。前髪邪魔そうだなと。動く度に落ちてくる前髪を何度も手で寄せてて、面倒そうだ。
そうだ、魔法が使える今ならキューブから良いものを取り出せる!
キューブに魔力を通して、目的のものを取り出して、ノアお兄ちゃんに声をかける。
「ノアお兄ちゃん、前髪落ちてきて邪魔そうだね。いいものがあるんだ」
ささっと前髪をピンで留めてあげた。
「ちょっと、急に何するの!」
露になったオッドアイを見て、フォルネウス様の目が輝き出した。
「ノアさん、とても神秘的で綺麗な瞳をお持ちだったのですね! 英雄アスタールみたいで格好いいです」
「…………は? 英雄アスタール?」
「ハイグランド帝国で子供に大人気の絵本のヒーローです。私も子供の頃よく読んでまして、ノアさんの瞳がその英雄アスタールみたいで格好いいと思ったのですよ」
「僕の瞳が、格好いい……?」
「ええ。子供達に見つかったらきっと、一瞬のうちに囲まれると思いますよ」
「僕が、子供達に囲まれる……?」
信じられないといった様子でノアお兄ちゃんは驚いている。
「さぁ、ノアさんの番です」
「あ、うん」
少し慌てた様子でノアお兄ちゃんはフォルネウス様のカードを引いて、ペアを捨てた。
「だから言ったでしょ、ノアお兄ちゃん。ハイグランド帝国では、誰も悪く言う人は居ないって。一緒に帰ろうよ」
「でも僕は、パメラ様の希望を叶えるために……」
「お姉ちゃんが、一言でも王様になりたいって言った?」
「…………言ってない」
「じゃあどうして、お姉ちゃんに王様になって欲しいの?」
「僕を救ってくれたパメラ様は英雄のようだった。孤高に咲く一輪の美しい花。僕はそれを、ただ守りたかったんだ」
やっとノアお兄ちゃんの本音を聞けた。やっぱり根本はにあるのは、お姉ちゃんを守りたいって気持ちだった。その方向性を、少し間違えちゃっただけなんだね。
「今のお姉ちゃん、とっても綺麗だと思わない?」
「そうだね。久しぶりに会ったパメラ様はとても美しくなられていた」
「それが何故だか分かる?」
「分からない」
「幸せだからだよ。愛する人と一緒に、幸せに暮らしているから。そんな美しいお姉ちゃんを守りたいなら、ノアお兄ちゃんも幸せにならないとダメだよ」
「僕が幸せに?」
「大切な家族が落ち込んでいたり、悲しい思いをしていると、とても悲しいもの。だからお姉ちゃんに美しい花で居て欲しいなら、ノアお兄ちゃんも幸せにならないと。だってお姉ちゃんにとって、ノアお兄ちゃんは唯一自分の血を与えて吸血鬼にした大切な弟なんだから」
そんな話をしていたら、フォルネウス様の残りカードは二枚、ノアお兄ちゃんの残りカードが一枚になっていた。
「さぁ、ノアさんの番です」
フォルネウス様は、分かりやすく一枚を上にしてノアお兄ちゃんに差し出した。
「上のカードはハートのキング、下のカードがスペードのエースです。オールドメイドはおそらく下のスペードのエースでしょう」
え、フォルネウス様?!
自分でカードをばらしちゃったよ?!
「僕を試してるのかい? そんな手にはのらないよ…………なにっ!?」
フォルネウス様が仰ったのと逆のカードを引いたノアお兄ちゃんは、悔しそうに声をあげた。どうやら自分から、ハズレのオールドメイドを引いてしまったらしい。
「折角教えて差し上げたのに、どうして……」
ノアお兄ちゃんはカードをシャッフルして、フォルネウス様の前に差し出した。
「君から向かって右がスペードのエース、左がハートのキングだよ。さぁ、君の番だ」
不敵に笑うノアお兄ちゃんに、フォルネウス様は爽やかな笑顔を浮かべて仰った。
「ご丁寧に教えて頂き、ありがとうございます」
そして何の迷いもなく右のカードを引かれた。
「な、信じたの?!」
「はい。だって自分を信じていない者の言葉なんて、相手には届かないでしょう?」
二枚のカードを見せながらフォルネウス様は口を開かれた。
「私の勝ちです。ノアさん、約束通りハイグランド帝国へお越しください。貴方の幸せを見つけるお手伝いを、私達にさせて頂けませんか?」
フォルネウス様は立ち上がって、ノアお兄ちゃんに手を差し出された。
「僕にそんな権利なんて……」
「あるよ! だから遠慮しないで、この手をとればいいんだよ」
フォルネウス様の手に、ノアお兄ちゃんの手を重ねた。
「だって私達は家族になるんだから!」
その時、天井から派手な爆発音が聞こえた。
「アリシア!」
咄嗟にフォルネウス様が防御壁を作ってくれて、何とか瓦礫の下敷きにならずにすんだ。
「ノア! やっと見つけたわ、もうこんな馬鹿げた事は止めなさい!」
瓦礫の上には、異様な空気を身に纏ったお姉ちゃんが立っていた。
「今まで独りで寂しかったのよね。辛かったのよね。貴方の悲しみは全部私が受け止めてあげる。だから一緒に、死になさい!」
殺気を放つ暴走状態のお姉ちゃんは、手に持った剣を真っ直ぐにノアお兄ちゃんに向けて突き出した。










