60、遠征準備
「……っ!」
試練の洞窟で見たおぞましいアンデッド魔法を思い出し、目が覚めた。もし止めることが出来なかったら、百年後には皆操られたあの黒い影――アンデッドになってしまう。私に、ノアお兄ちゃんを止めることが出来るのだろうか。
お姉ちゃんとお兄ちゃんが無事かどうかも気になるし、早く助けに行かなければ。
「アリシア、眠れないの?」
隣で寝ていたブレイヴが、目を擦りながら上体を起こした。
「ブレイヴ、ごめんなさい。起こしてしまいましたね」
「震えてる……怖い夢でも見たの?」
「試練の洞窟内で見た光景を思い出してしまって。もし失敗したら、世界があの黒い影で覆い尽くされてしまうかもしれないと不安になってしまって……」
「安心して、悪い魔法はぜーんぶ、僕の聖域で綺麗にしちゃうから」
そう言ってブレイヴは、胸にトンと手をあてた。
「ありがとう、頼りにしていますね」
「そうだ! アリシアに秘密の言葉を教えてあげる」
「秘密の言葉、ですか?」
「僕とアリシアが近くにいる時にしか使えないけど、僕達の魔力を合わせることでその効果をとーっても大きくできるの」
「協力して行う必殺技のようなものですか?」
「うん、必殺技! 僕に触れながら『ホーリーレイン』って唱えて。そうしたら、聖なる雨が降るの。皆の心を綺麗に浄化してくれる優しい光の雨が降るんだよ。試しにやってみて」
ブレイヴが差し出してくれた手を握って「ホーリーレイン」と唱えた。
すると温かな光の雨が降り注ぎ、辺りを明るく照らしてくれた。心の中にあった不安がすっと溶けたように無くなって、希望が満ち溢れてくる感覚で満たされた。
「悪しき心も、操られた心も、歪んでしまった心も、不安で弱ってしまった心も、綺麗に浄化してくれるんだ。だからきっと大丈夫!」
私の不安を取り除くように、ブレイヴは明るい笑顔を浮かべてそう言ってくれた。
「ええ、そうですね。心の底から希望が湧いてきました。この力があれば、きっとノアお兄ちゃんを説得する事が出来るはずです!」
「悪い魔法使いは、アリシアのお兄ちゃんなの?」
「本当の兄ではありません。ですが、私の大切なお姉ちゃんの弟のような存在の方なのです。だから、仲良くなれたらいいなと思っています」
「アリシアが大切に思う人達は、僕にとっても大切。だから、頑張って仲良くなろうね!」
屈託のない笑顔でそう言ってくれるブレイヴの言葉が嬉しくて、私はぎゅっと抱き締めてお礼を言った。
「ありがとうございます、ブレイヴ」
「わわっ! アリシア、急にどうしたの?」
「貴方がとても可愛いから、抱き締めたくなっただけです」
「えへへ、アリシアにぎゅってしてもらうの、僕大好き!」
小さな手を伸ばして、私の背中に回してくれるブレイヴが可愛すぎる。
「それじゃあ、このまま寝ましょうか。まだ起きるには早すぎますし」
「うん、やった!」
ブレイヴのおかげで、悪夢に苛まれる事なく二度寝が出来た。
◇
リグレット王国へ行く準備にと、フォルネウス様に収納用キューブを頂いたけど、何を積めて持っていったらいいんだろう。着替えなんかはメルムが用意してくれたものがある。
「アリシア、何をしてるの?」
机の上に置いたキューブを眺めてたらブレイヴに声をかけられた。
「リグレット王国へ行く準備をしているのですよ。何を持っていけばいいのかなと考えていたのです」
「だったら、これ!」
ブレイヴはチェストからあるものを取り出すと、瞳を輝かせて差し出してきた。
「暇な時間に、これで遊ぼう! じぃじとやったら面白かったんだよ!」
そういえば、トリー様がブレイヴにカードゲームを教えて一緒に遊んであげてくださっていたわね。暇な時間があるかどうかは分からないけど、期待に溢れた子供の思いを断わるのは良心が痛む。
「はい、持っていきましょうね!」
「やった! ありがとう、アリシア! 後はね、お土産なんてどう? お兄ちゃんと仲良くなりたいなら、何かプレゼントしてあげたら喜ぶと思う!」
「確かに、それはいい考えですね!」
お姉ちゃんから預かってるプレゼントは切り札だから、その前に少しでも仲良くなれるプレゼントを用意しとこう!
まずはこっちの文化を知ってもらうのに、ブラッドボトルは欠かせないよね。こちらに来てくれた蒼の吸血鬼の皆さんは、携帯食がいつでも気軽に手に入る事に、すごく感銘を受けていた。どのブラッドボトルが美味しくて人気なのか、フィズさんとランカさんに聞きに行ってみよう。
彼女達はあれから蒼の吸血鬼の住まう区画で、気軽に美味しく楽しめる携帯食専門店『リュミエール』をオープンさせた。
美食に目覚めた二人は色々商品開発にも余念がなくて、ブラッドボトル以外にも人気の商品を次々と産み出しているとメルムが言っていたわね。今では紅の吸血鬼達も、それが欲しくてお店に通っている人も多いんだとか。
皇城からも近いし、お店に行ってみよう!
「ブレイヴ、お土産を探しに城下へ行こうと思いますが……」
「僕も行きたい!」
「では、一緒に行きましょう」
護衛騎士の方が一緒についてきてくれて、ブレイヴと一緒にフィズさん達のお店に向かった。
「こんばんは」
お店の中は大盛況で、お客さんで賑わっていた。
「アリシア様! 来てくださったんですね、ありがとうございます!」
「フィズさん、ご無沙汰してます。実はお土産にいくつか携帯食を探しているのですが……」
「それでしたら、当店で今大人気のブラッドスイーツなんていかがでしょう?」
フィズさんは、ブラッドスイーツのコーナーに案内してくれた。
「ここにあるスイーツは、栄養もとれるように血液を練り込んで作ったものなんです。食べやすいように一口サイズで、見た目も可愛らしいんですよ」
栄養もとれるスイーツ?!
「確かにどれも可愛くて、食べるのが勿体ないくらいですね!」
「わー美味しそう!」
「アリシア様、その子が今噂のブレイヴ様ですか?!」
「噂?」
「とても可愛らしい聖獣様の話題で、城下は大盛り上がりですよ!」
そうだったの?!
「はじめまして、ブレイヴです」
ブレイヴはそう言って、綺麗なボウアンドスクレープのお辞儀を披露して見せた。いつの間に覚えたの!?
「ああ! なんて可愛らしいのかしら!」
皇城内だけではなく、お店に来ていたお客さんまでをもブレイヴは虜にしてしまった。
何故だろう、少しだけブレイヴの将来が心配になってしまった。ここままプレイボーイになってしまったらどうしよう! いやでも、この可愛さに罪はない。ブレイヴが変な方向に成長しないように、私がちゃんと導いてあげなければ!
「ねぇ、皆。どれがいちばん美味しいの? 日持ちがして、男性の吸血鬼の人でも美味しく食べられるものを教えて欲しいな」
「ブレイヴ様、それならこの一口クッキー詰め合わせがお薦めです! 上品な甘さには癖がなく、甘過ぎるのが苦手な男性にもオススメなんです! 一口ずつ違う味を味わえるので、飽きないのもいいんです!」
「こちらの一口キャンディもオススメです! 日持ちしますし、出先で少し小腹が空いたなって時に手軽に食べられるので、男性にも人気なんですよ!」
私がそんな使命感に駆り立てられていた時、ブレイヴはノアお兄ちゃんにオススメのお土産情報をゲットしてくれていた。なんていい子なの!
「アリシア、このクッキーとこのキャンディがオススメなんだって!」
「よかったら試食あるので、食べてみませんか?」
フィズさんが私とブレイヴに試食用の一口クッキーとキャンディをくれた。
「ありがとうございます」
「アリシア、これすっごく美味しいよ! 食べてみて!」
まずは一口クッキーを食べてみた。サクサクとした食感とイチゴジャムの甘さと酸味がマッチして、とても美味しかった。
「とても美味しいです! イチゴの味をここまで感じられるなんて、本当に久しぶりで感動しました!」
こっちに来て、スイーツを食べても甘味しか感じなかったから、イチゴ独特の酸味を感じられたのが衝撃的だった。
「元お医者様だったケルヴィン先生と、元学者だったエルガー先生が今、吸血鬼の味覚の研究をされているんです。実はそのお手伝いをさせて頂いていて、それを商品開発にも生かしてるのです!」
こちらではティータイムを取る文化はあっても喉を潤すのが目的で、あまりお菓子にはこだわりがなかった。栄養もとれて、美味しくて、しかも見た目も可愛くて、ブラッドボトルよりも軽食を取るのに優れている。
人気がでない要素がないわ!
こちらに来てくれた蒼の吸血鬼の皆がやりたい事を見つけて、こうして頑張ってくれていると分かってとても嬉しくなった。
「フィズさん。私、このお店のファンになりました!」
「気に入って頂けて嬉しいです!」
「ブレイヴ、好きなものを選んでいいですよ」
「わーい、やったー! 帰ってから一緒に食べようね!」
瞳を輝かせながらお菓子を選んでかごに入れているブレイヴが、可愛い!
ノアお兄ちゃんやお姉ちゃんへのお土産と、お城に帰って皆にお裾分けする分と、ブレイヴが選んでくれたお菓子を買った。
「アリシア様! たくさんお買い上げ頂きありがとうございます!」
「とても美味しかったので、皆にもお薦めしておきますね! 綺麗に包んでくださりありがとうございました」
レジでランカさんにも挨拶して帰った。美味しいものは皆を笑顔にしてくれる。ノアお兄ちゃんも、気に入ってくれるといいな。










