59、ブレイヴの覚醒
丘の上に、一匹の大きな狼の姿があった。額には金色に輝くクリスタルがあり、白く美しい毛並みは風に靡いている。覇者の風格を纏った美しいその獣は、真っ直ぐに黒い影を操る男性を捉えている。きっとあれが、ブレイヴの昔の姿なのね。
「やっと聖獣王フェンリルのお出ましか。残念だったな、お前の仲間は全て寝返った。さぁ、その聖獣王の証を寄越せ! お前等、やってしまえ!」
黒い影の獣や鳥達が陸と空から一斉に攻撃を仕掛ける。
「聖域展開」
フェンリルがそう唱えると、辺り一面に聖なる光の魔方陣が広がり、黒い影の動物達は次々と倒れていく。
「よくも我の仲間達を……」
フェンリルは怒りを滲ませた様子で男性の前に降り立った。
「おっと、それ以上近付くなよ。こいつがどうなってもいいのか?」
男性の後ろから現れた黒い影の獣の背中には、後ろ手を縄で縛られた女性の姿があった。男性はその女性の髪の毛を掴むと、首元に短剣を突きつける。
「アリーシャ、どうしてここに……」
「この女の命が惜しければ、聖域展開を解いてそこから動くな! さもなくば今ここで殺してアンデッドに変えてやるよ」
「くっ、アリーシャには手を出すな」
フェンリルは言われた通りに聖域展開を解いた。光の魔方陣は消え、黒い影の獣達が襲いかかる。
「リル、私の事は気にしなくて良い! 聖域展開を解いてはだめ! はやくこの男を倒して!」
「我には出来ぬ……お前を失う事など……」
「私以外にも聖女は居るわ、でも聖獣王は貴方だけなのよ!」
「我が認めたのはお前だけだ」
その場から一歩も動けず、避けることも出来ない。黒い影の獣達の攻撃を受け続けたフェンリルの真っ白だった体は、全身真っ赤に染まっていく。それでも彼はアリーシャという女性を守るために、そこから一歩も動かなかった。
「リル! バカな真似はやめなさい! 泣いているわ。皆、貴方を攻撃したくないって泣いているのよ! 貴方は聖獣王なの! この森を守る偉大な王様なのよ! 自分の使命を、きちんと全うしなさい!」
アリーシャはそう言って、自ら男性の持つ短剣に向かって身を付き出した。黒い影の獣の背から落ちたアリーシャの胸には、男性の短剣が深く突き刺さる。
「いい、リル。生まれ変わったら、また貴方を見つけてあげる。だからそれまで、待ってなさい」
そう言い残して、アリーシャは動かなくなった。その亡骸に男性が魔法を使う寸前、最後の力を振り絞ったフェンリルは素早い動きで男性の身体を引き裂いた。
黒い影の獣達はその場でバタバタと倒れだし、やがて姿を消した。
「すまない、アリーシャ。我ももう、限界のようだ……」
フェンリルはアリーシャの傍に寄り添い、そのまま息を引き取った。
これが過去のブレイヴの最期だというの!?
森の仲間達を皆殺しにされて、無理やり操られた仲間達の攻撃を一身に受けて亡くなっただなんて。大切な女性は彼に使命を全うさせるために、自ら命を絶っただなんて、あんまりじゃないか。
ブレイヴがフェンリルの亡骸の前に立って、私を呼んだ。
「アリシア。こちらへ来て、このクリスタルに触れて欲しい」
言われた通りに、フェンリルの額にあるクリスタルにそっと触れた。すると、クリスタルから光が溢れ出す。
走馬灯のように、過去のフェンリルとアリーシャの歩んだ軌跡が私の中に流れ込んできた。
罠にかけられたフェンリルの仲間を、アリーシャが助けてあげた事がきっかけで、二人が仲良くなったこと。
どこまでも真っ直ぐで勝ち気なアリーシャは、時に人々と対立する事も多くて、そんな危なっかしい彼女を陰ながらフェンリルが守り続けていたこと。
教会で裏切られて窮地に陥ったアリーシャを救うために、フェンリルは人々の前に姿を表し、彼女は紛うことなき聖女であると誓約を交わし証明したこと。
聖獣王と聖女の間には、種族を越えて互いを大切に思い合う強い絆があった。そんな深い絆で繋がった彼等の記憶に感化され、私の瞳からは涙が溢れてくる。
「君の悲願は、僕達が叶えてあげる。だから僕達に力を貸して。今度こそ、君の大切なアリーシャを守ってみせるよ」
その言葉で、光はブレイヴの額のクリスタルに吸収されていく。
「ぐっ……」
苦しそうに、ブレイヴが声をあげた。
「ブレイヴ!」
「大丈夫。そのまま手を離さないで」
全ての光を吸収し終えた後、フェンリルとアリーシャの亡骸はパラパラと崩れ出し、天に上って消えていった。
「泣かないで、アリシア」
「だって、こんなの、あんまりです……っ!」
「アリーシャは、言葉通り僕を見つけてくれた。だから僕は、寂しくないよ」
「え……」
「初めて君を見た時、僕は何であんなに嬉しかったのか分からなかった。でも記憶を思い出してすぐに分かったよ。アリシア、君はアリーシャの生まれ変わりなんだ」
「私が、アリーシャさんの生まれ変わり!?」
「そう。だから今度は決してこのような悲しい最期は迎えさせない。君が幸せに暮らせるよう、僕が必ず守るよ」
「ブレイヴ……ありがとうございます。でも私だって、貴方を守りたいです」
「だったらまた僕と、誓約を交わしてくれる? フェンリルとアリーシャの記憶はいつまでも僕の中に残ってる。だけど彼は僕であって僕ではない。僕は生まれ変わったブレイヴとして、アリシアと新たな絆を結びたいんだ。ダメかな?」
「ダメではないですよ。どうすればよろしいのですか?」
「ここのクリスタルに、ちゅってしてくれる?」
「分かりました」
ブレイヴを抱えて、額のクリスタルにキスをした。すると次の瞬間、小さな手が私の身体にぎゅっと抱きついてきた。
「ありがとう、アリシア! これで僕は今日から聖獣ブレイヴだ! 使えるスキルも増えたんだよ!」
目の前には、満面の笑みを浮かべた三歳くらいの小さな男の子が居る。サラサラの銀髪に青いぱっちりとした瞳の美少年の額には、ブレイヴの額にあったのと同じクリスタルがある。
「本当に、ブレイヴなのですか?」
「うん、そうだよ! 聖獣は誓約を交わした相手と同じ種族の姿に変身できるんだ! だから今の僕は、君と同じ吸血鬼だよ!」
か、可愛い!
狼の姿も可愛かったけど、擬人化した姿も可愛すぎる!
「身体はまだ生まれたてだから小さいけど、ちゃんと聖域展開も出来るよ! 見てて」
トコトコと私から少し離れた所で止まったブレイヴはくるっとこちらを向いて呪文を唱えた。
「聖域展開」
ブレイヴの足元から光の魔方陣が広がった。すると洞窟だと思っていた場所は、緑の生い茂った美しい森へと変化した。
「アリシア!」
「アリシア様!」
後ろから声をかけられ振り返ると、驚いた様子のフォルネウス様とファントムさんの姿があった。
「あ、アリシア。その子は一体誰だ!?」
「ブレイヴですよ」
「な、何だってー?!」
「ね? うまく出来たでしょ? ほめてほめて」
「良くできましたね。偉いですよ、ブレイヴ」
やったー! と嬉しそうに喜ぶ姿は、普通の三歳児の子供にしか見えなくて可愛い。
「どうやら、上手くクリスタルを回収する事が出来たようですね」
「はい! ブレイヴが頑張ってくれたおかげです」
「僕とアリシアの絆の強さのおかげだよ!」
「擬人化に言語まで話せるようになるとは、これは期待以上です! 二人とも、よく頑張りましたね」
「えっへん!」
「ほ、本当にブレイヴなのか……?」
フォルネウス様の問いかけに、ブレイヴは答えた。
「あ! 玉転がしおじさんだ!」
「た、玉転がしおじさんだと!?」
「僕、あの玉すごく気に入ったんだ! おじさん、またあれで遊んでよ!」
見たところ、過去の記憶や知識はブレイヴの中にあるんだろうけど、彼の自我事態は今までのまま変わっていないように見える。
「玉転がしおじさんではないぞ。俺の名前はフォルネウスだ」
「ふるねんす」
「違うぞ、フォルネウスだ」
「ふぉるねうすん」
「ブレイヴ、難しいならこう呼ぶと良いですよ」
皆に聞こえないようにそっと耳打ちすると、ブレイヴは「分かった!」と大きく頷いた。フォルネウス様の方を向き直り、私が教えた言葉を口にする。
「パパ!」
その呼び方の効果は偉大だったようで、フォルネウス様の顔がふにゃりと蕩けた。
「そうだ、君のパパだぞ。帰ってからまたあのボールで一緒に遊ぼうか」
「うん、やったー!」
やっぱりフォルネウス様は良いパパになりそうね。
「ま、まるで俺達の子供みたいだな……」
「記憶を継承しても、ブレイヴの自我はきっと、まだ生まれたての子供なんです。だからフォルネウス様、一緒に可愛がってくれますか?」
「ああ、勿論だ!」
フォルネウス様が優しい方で本当に良かった。
「それでは、帰ろうか。皆、俺の背中に乗ってくれ」
再びドラゴンに変身してくれたフォルネウス様の背中に乗って、私達は無事帰宅した。
擬人化したブレイヴの可愛さに、皇城内はしまりのない顔のオンパレードだった。
お店も閉まっている時間で小さい子用の生活用品が足りないだろうからと、トリー様とソフィー様が、昔フォルネウス様がお召しになっていたお洋服や遊ばれていた玩具などを急遽持ってきてくださった。
「ありがとう。トリー? ソフィー?」
「おお、なんて愛らしいんじゃ!」
「本当に、可愛いわね!」
ブレイヴの可愛さにメロメロな二人の前で、フォルネウス様が仰った。
「違うぞ、ブレイヴ。じぃじとばぁばで充分だ」
「じぃじ? ばぁば?」
「こら、フォルネウス! 余計なことを教えなくていいの!」
「我はじぃじでもよいぞ!」
こうして、何とかブレイヴの覚醒は無事に終了した。










