57、予知夢
「母上!」
「ソフィー様!」
「二人とも、よく来てくれたのじゃ!」
トリー様が出迎えてくれて、ベッドに横たわるソフィー様の元へ案内してくれた。私達に気付き起き上がろうとしたソフィー様に慌てて駆け寄って介助する。
「大丈夫ですか? 無理はなさらないで下さい!」
「ありがとう、シアちゃん。予知夢を見た後は身体が怠くて力が入りづらいのよ。少し休んでたら治るから安心してね」
ソフィー様の手は震えていた。それだけ恐ろしい予知夢をご覧になったという事なのだろう。
「母上、何が見えたのですか?」
「世界が、滅びる夢を見たの」
「なんじゃと?!」
世界が滅びる……!?
「父上、声のボリュームを少し落として下さい」
「すまぬ、つい驚いてしまったのじゃ。これから何が起こるのじゃ?」
動揺を隠しきれない様子でトリー様がお尋ねになった。
「死霊と化したリグレット王国民達がハイグランド帝国に攻めてきて、陥落したわ。閑散としたリグレット王国の玉座には、虚ろな眼差しの女王が居て、その傍らにはアンデッドを操る青年の吸血鬼が佇んでいた。世界をアンデッドで埋め尽くした青年は、女王と自分だけの世界を作ってしまったの。私が見た断片はここまでよ」
虚ろな眼差しの女王ってまさか、お姉ちゃんの事?!
そうなるとアンデッドを操る青年というのはノアお兄ちゃんの事だろう……
「アリシア。俺達は今、分岐点に立たされているのかもしれない。ノアさんを上手く説得して仲間に出来れば、母上の予知夢は回避できるだろう。しかし失敗すれば、最悪世界が滅びるかもしれない」
「フォルネウス、それはどういう事じゃ?」
「リグレット王国の王都エルシークが陥落しました。そして先程、新生リグレット王国の側近ノアと名乗る方から連絡が来たのです。三日後俺とアリシアを、新生リグレット王国の建国パーティーへ招待すると。拒否すればフレデリックさんの命はないと思えと」
「なんじゃと?!」
「ソフィー様がご覧になった虚ろな眼差しの女王とは、蒼の吸血鬼の女帝である私のお姉ちゃんの事だと思います。そしてその傍らでアンデッド魔法を使っていたのは、かつてお姉ちゃんが過去に一人だけ吸血鬼にしてしまった弟分、ノアお兄ちゃんの事だと思います。一週間前に、お姉ちゃんが言っていたのです。『もしノアが私の言う事さえ聞けなくなってしまったら、リグレット王国は再び大変な事態に陥るかもしれない』と。『その時は、私が責任をもって止めなければならない』と。そして今、お姉ちゃんとの連絡が途絶えてしまったのです……」
「シアちゃん、大丈夫。今ならまだ間に合うわ。私の予知夢は、百年後の未来を映すものだから。それまでに何とかして、大切なお姉さんとお兄さんを助けてあげましょう」
ソフィー様は私の手を取って、勇気づけてくれた。
「そうじゃ! 蒼の吸血鬼達も我が国に馴染み、皆楽しそうに暮らしておる。そんな悲しい未来に、シアの大切な家族を向かわせはせぬぞ!」
「ソフィー様、トリー様、ありがとうございます」
「五帝院を呼び集め、緊急作戦会議じゃ!」
帝国が一丸となって協力し合い、まずはリグレット王国の置かれている状況把握に努めた。
諜報や工作を担う天蛇院の偵察部隊の話によると、各主要都市や王都エルシークの城下には何も変化は訪れておらず、人々は以前と変わらない生活をしているという。ただ王城だけが、異様に静かな様子だったらしい。
ソフィー様がご覧になった恐ろしい未来は百年後の出来事。現状まだノアお兄ちゃんの力は、そこまで支配できるほど強くはないのだろう。城下の人々が異常に気付いてないという事は、表向きは今までと同じように機能させている可能性が高いのではないかとリフィエル様が仰っていた。
「こちらをご覧下さい」
翌日、ファントムさんに渡されたのはノアお兄ちゃんについて調べた資料だった。こちらに来てくれた蒼の吸血鬼全員に聞き取り調査を行い、当時から現代に至るまでのノアお兄ちゃんの動向を出来る限り調査してくれたらしい。
資料に目を通すと、驚くべき事が書いてあった。ノアお兄ちゃんは吸血鬼になってから、ある目的のためにずっと水面下で実験を繰り返していた。その目的こそが、ソフィー様がご覧になった予知夢の内容。
お姉ちゃんを王とした国を作るために、わざと自分の持つ本当の力を隠し、お姉ちゃんに従ってきたと書かれていた。驚くことに、その気になればアザゼルを倒すのでさえ余裕だったんじゃないかとも。
「ファントムさん、ノアお兄ちゃんはお姉ちゃんを女帝にするためにわざと力を隠してたのですか?!」
「僕も驚きましたが、その可能性が高いと思われます。複数人の証言を得ました。中には、アザゼルがノアに頭を垂れて許しを乞う姿を見たという者も居たのです。彼にとってパメラ様は絶対的な英雄であり、そんな彼女が王として君臨する世界を作る事こそが、彼の夢だったのでしょう」
でも裏を返せば、それだけノアお兄ちゃんはお姉ちゃんの事を大切に思っているって事だ。お姉ちゃんに預かったこのアイテムを使って、何とか説得できればよいのだけど。
「ノアの行っていた実験というのが、アンデッド魔法の精度を高める実験です」
「まさか辺境の村で凶暴化した蒼の吸血鬼が増えていた事や、王都付近で獣の凶暴化が問題になっていた事は、彼の仕業なのか?」
フォルネウス様が焦りを滲ませた様子でお尋ねになった。
「全てがそうとは言えませんが、かなりの高確率で彼の実験の残骸だったのではないかと思われます。アンデッド魔法を使うには、死体が必要ですから」
「おそらく、シオンがあの時交戦したのは彼で間違いないだろう。まさか、アザゼルやパメラさんをも越える蒼の吸血鬼が潜んでいたとはな……」
「こちらの資料はリフィエル様と一緒に調べたのですが、アンデッド魔法には弱点があります」
「何が弱点なのだ?」
「アンデッドは強い聖気に弱いのです。だからアリシア様の聖獣ブレイヴの力があれば、彼の魔法を無効化できる可能性があります」
「クゥン?」
一斉に皆の視線が集まったから、ブレイヴは小首を傾げている。
「ただもう少し成長しないと、あまり期待出来ないのが難点ではありますね……」
「よし、ブレイヴ! 走り込みに行くぞ!」
「ワフ!」
最近では、少しフォルネウス様とも仲良くなったのよね。まだ抱っこまでは出来ないけど、遊んでもらえるのが楽しいみたいで、構って欲しい時は後をついていくようになった。
「ちょっと、お待ちください! フォルネウス様!」
バルコニーから外に出ていこうとしたフォルネウス様を、ファントムさんが慌てて止めに入る。
「もしかすると、魔の森にブレイヴに効果的なアイテムが眠っている可能性があるのです」
「効果的なアイテム?」
「始祖ネクロード様は聖獣王フェンリルの死後、彼の遺言通り彼の骨を使って守護聖獣像を作りました。そして次の聖獣に引き継がれるこれまでの記憶を記したクリスタルを、彼のお墓に埋葬したと言われています。そのクリスタルでブレイヴが次の聖獣として覚醒すれば、アンデッド魔法に対抗し得る力を手に入れる事が出来るはずです」
「魔の森に、そのお墓があるのですか?」
「きっと魔の森全体が、聖獣王フェンリルのお墓なんですよ」
「そうなのか?!」
「足を踏み入れたら迷うのは、非業の死を遂げた彼を悼み、もう二度と誰もその地を踏み荒らすことがないようかけられた誓約の効果です。普通の者が入ればきっと二度と生きては出れないでしょう。しかしブレイヴとアリシア様なら、魔の森が拒むことはないと思うのです。聖獣の覚醒には契約者の存在が不可欠です。ブレイヴが深く信頼したアリシア様が共に行って試練をクリア出来れば、クリスタルを手に入れる事が出来るはずです」
「俺は共に行けないのか!?」
「途中までなら可能かもしれませんが、クリスタルが埋葬されている試練の洞窟内部までは入れないかと思います」
「フォルネウス様、私行ってきます」
「危険だから、それは駄目だ! 一人で行かせるわけにはいかない!」
「このままノアお兄ちゃんを止めることが出来なければ、世界が滅びる危険があります。何としてでもそれは阻止せねばなりません。だからどうか、行かせて下さい」
「ワフ!」
私に同意してくれるかのように、ブレイヴが吠えた。
「それに一人ではありません、ブレイヴもついてます!」
「アリシア……分かった。ただし、その試練の洞窟までは、俺もついて行くからな」
「はい、ありがとうございます!」
「僕もお供させて下さい」
「え、ファントムさんも!?」
「僕の探索魔法があれば、最短ルートで試練の洞窟までご案内出来ると思います」
「ありがとうございます!」
こうしてブレイヴの覚醒アイテムを求めて、私達は魔の森へ向かった。










