54、行方不明の女帝
「王都エルシークが、陥落しただと?! 一体誰の仕業だ!」
「落ち着かれて下さい、フォルネウス様。頭に血を上らせていては、正しい真実を見失ってしまいますよ」
冷静にファントムさんが諭す。驚いた事に、あれからファントムさんは異例のスピートでこちらのマナーや知識を習得され、現在はリフィエル様の下で秘書官補佐見習いとして働かれている。
元々彼は人間だった頃、当時リグレット王国で王子の側近として働かれていたようで、リフィエル様がその才能を発掘された。フォルネウス様は反対されていたが、「仕事に私情を挟むのは褒められたものではありませんね」と諭され、お認めになられた経緯があったりする。
「アリシア様、パメラ様と連絡はとれませんか? 彼女に上空から王都の様子を確認してもらえたら、少しは状況が把握できると思うのですが……」
「分かりました、連絡してみます」
私はポータブルコールでお姉ちゃんに連絡した。けれど何度コールしても、お姉ちゃんは出ない。
「何度コールしても、繋がりません……」
お姉ちゃん、どうしちゃったの!?
不安がこみ上げじとりと背中に嫌な汗を感じたその時、お母さんからポータブルコールが掛かってきた。
『アリシア、大変なの! フレデリックが、反逆罪で王都に連行されてしまったの……っ! 冤罪だって訴えてレイラも出て行ってしまって、どうしたらいいのか……』
『え、お兄ちゃんが!? お母さん、そっちで一体何があったの!?』
『夕方突然…………』
突然通話が途切れてしまった。かけ直しても、うんともすんとも言わない。
「お母さんとの通話も切れてしまいました……お兄ちゃんが、反逆罪で王都に連行されてしまったらしいんです。冤罪だってお姉ちゃんも王都に向かったらしいんですが、詳しく聞こうとしたら通信が途絶えてしまって、かけ直してもかかりません」
「リグレット王国はここ一週間ほど悪天候が続いている。きっと充電が切れてしまったのだろう」
「フレディお兄ちゃんがそんな事をするわけありません! きっと何かの間違いです!」
「大丈夫だ、アリシア。フレデリックさんが、理由もなくそのような事をするわけがない。きっと何か事件に巻き込まれたのだろう」
「助けに向かったパメラ様と連絡が取れないのもおかしいですね。彼女が並の王国兵に負けるわけがありませんし、奪還するのは容易なはずです。フレデリックさんを囮に、王都へおびき出されたのかもしれません。そう考えると、裏に潜んでいるのは間違いなく残された蒼の吸血鬼の仕業でしょう」
「ファントム、誰か心当たりがあるのか?」
「僕の記憶は百年以上前のものしかないので、確かなことは言えませんが、一つ気がかりな事があります」
「何でもいいから、教えてくれ」
「パメラ様を崇拝していた彼がまだ、ここに居ないのです。この百年で絶命してしまった可能性もないとは言えませんが、誰よりも生にしがみついていた彼が亡くなったとは思えないのです」
ファントムさんの言葉に胸がざわつき、ドクドクと異様な鼓動の乱れを感じた。当たって欲しくない、けれど聞かないわけにはいかない。
「その方はもしかして、ノアさんですか?」
「アリシア様、よくご存知ですね」
「お姉ちゃんから聞いていたんです。実は一週間前……」
私は皆に一週間前の出来事を話した。
◇
リグレット王国の王都エルシークが陥落する一週間前、お姉ちゃんは私にとある物を預けていった。
「アリシア、少しいいかしら?」
「うん、どうしたの? お姉ちゃん」
「実は一人、貴方に紹介しておきたい子が居るの。私にとって弟……のような存在だった子なんだけど……」
「お姉ちゃん、弟が居たの!?」
「本当の弟ではないわ。ただ私が昔、唯一吸血鬼にしてしまった子なのよ」
「じゃあ、私にとってはお兄ちゃんだね! 新しいお兄ちゃんが出来るなんて楽しみ!」
「そうね。アリシアなら、あの子の抱える闇を晴らしてくれるかもしれない。私には無理だったから……」
抱える闇?!
どんなお兄ちゃんなの?!
「どんな人なの?」
「誰よりも生きることに必死な子……かしらね。昔、死にかけていた子供の奴隷が居てね、その子に懇願されたの。『死にたくない、こんな惨めな人生のまま死にたくない、どうか僕を吸血鬼にして下さい』って。本当はすべきではなかった。けれどその瞳に宿った強い生への渇望を見ていたら、アザゼルを倒してくれるかもしれないと思ってしまったの。だから私はその子を吸血鬼にして、弱っていたその子に少しだけ自分の血を与えたの」
「それなら正しい自我を持った吸血鬼になれたんじゃないのかな? フォルネウス様が仰ってたよ、人間の血を取り込んでその混ざり合った血を与える事で正しい自我を持った吸血鬼に出来るって」
それにファントムさんも言っていた。アザゼルは気に入った下僕を吸血鬼にした際、自分の血を一滴与えて自我を芽生えさせた上で恐怖で支配して傀儡のようにしていたと。お姉ちゃんの血をもらってるなら、正しい自我を持っているはずだ。
「私達が世間一般的に感じている正しい自我っていうのは、きちんとした生活基盤があって愛情を受けて育ってきてこそ同じ共通認識の元発揮されるものなの。虐げられ誰からも愛を受けずに育ってきた子に、私達と同じような普通の自我は芽生えなかった。人間への激しい恨みから猟奇的殺人鬼へと化していくあの子に、私はやむを得ず生きるために必要な命以外は奪うなと命令したの」
絶句した。私はバカだ。皆が皆、普通の生活をしているわけじゃない。どんな環境で生きてきたかは、人それぞれ違うのに。
「幸い私の言うことは聞いてくれたから、それ以降あの子がそのような事をする事はなかったんだけど、ひとつ気がかりな事があって」
「気がかりなこと?」
「ハイグランド帝国に行くよう薦めたら、初めて反抗されたのよ。いつもなら即答で私の言う事を聞いてくれるんだけど、『考えておきます』って」
「それが反抗なの?」
いきなり知らない所へ行くのに戸惑いもあるだろうし、考えるぐらい普通の事のように思うんだけど、違うのかな?
「あの子の中じゃ新しい命を与えた私は、憧れの英雄らしいのよ。そんな私の意見に、考えるという疑問を持った。そして連絡がつかなくなってしまった。良からぬ事をしてないといいんだけど……」
「最近はリグレット王国からの協力要請も来てないよ? 被害がでてるなら連絡が来ると思う」
「杞憂ならいいんだけど。もしあの子が私の言うことさえ聞けなくなった時、リグレット王国は再び大変な事態に陥るかもしれない。その時は、私が責任を持ってあの子を止めなければならないと思ってる」
「お姉ちゃん……」
「愛情を知らずに育ったあの子に、今さら遅いかもしれないけれど、私は喜びと安らぎを与えてあげたい。名前のなかったあの子に、そういう希望を託してノアと名付けたのよ」
「ノアお兄ちゃん、素敵な名前だね!」
「けれどもし止められなかった時はアリシア、貴方に希望を託しておきたいの。これを預かっていてもらえるかしら」
渡されたのは収納用魔道具の小型キューブだった。
「何が入ってるの?」
「フォルネウスに便利な魔道具をもらったから、ここに詰めておいたの。中身は、ノアが新生活を始める時に役立てて欲しいものがいっぱい入ってるわ。手作りの洋服とか、マフラーとか、ハイグランド帝国は寒い日が多いでしょ? だから風邪引かないようにね」
「お姉ちゃんの愛情がいっぱい詰まった引っ越し用品だね! でもそれなら、お姉ちゃんが直接渡した方が嬉しいんじゃないかな?」
「私がノアに教えたのは、吸血鬼として生きる術だけ。あの時は余裕もなかったから、優しくしてあげる事も出来なかった。だから今さら私が優しくしても、あの子は極端に怖がるのよ。温もりも優しさも知らない子だから。でも折角用意したから渡したくて……」
「そういう事なら分かった。私に任せて! もしノアお兄ちゃんがこっちに来てくれたら、きちんと渡すね」
「ええ、お願いするわ」
杞憂であって欲しい。けれど、嫌な胸騒ぎを感じた。










