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ヴァンパイア皇子の最愛  作者: 花宵
第三章 借りすぎた恩を返したい!

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23、今の私にできること

 山積みになっている書類の山を持てる分ずつデスクへ運び、必要事項を記入したり判子を押したりと必要な処置を施して処理していく。分からないところはその都度確認をとり、少しずつできる出来る仕事が増えていった。


「遅くなって申し訳ありません。ご確認をお願いします」

「逆だよ、アリシアちゃん! むしろ早いくらいだ、ありがとう!」


 提出期限が過ぎているにも関わらず、怒られるどころか、何故か逆に喜ばれる不思議な現象を前に、私は苦笑いするしかなかった。こうして各部署へ必要な書類を運んだりすることで、お城の中でも少しずつ顔見知りが増えていった。

 慌ただしくはあるけれど、仕事にやりがいを感じつつ日々頑張って働いた。そうして一ヶ月が経った頃、ようやく壁を埋め尽くしていた書類の山はなくなり、突貫工事でつけられたらしい不自然なカーテンも取り払われた。


「部屋が広く感じますね。それに……」


 視線は自然と、その隠されていた壁へと向けられる。なんの変哲もない壁のはずだが、なぜかそこに何かがあるような気がしてならない。そっと気になる部分に触れてみる。すると、壁に魔力を感じた。


「アリシア、そこに何かを感じるのか?」

「はい。優しくて温かな、魔力の流れを感じます」

「驚いたな。この扉を関知できる者はそうそういない。それだけアリシアの魔力が高まっている証拠だな」

「す、すみません!」

「謝ることはない。いづれは紹介しようと思っていた場所だ」


 フォルネウス様がその壁に触れると、幾何学模様の光る印が現れ扉になった。


「ついておいで」


 案内され、その扉の先に足を踏み入れる。そこには、大きな肖像画が飾られていた。立派な椅子に座る一人の男性の隣には、女性と男性が一人ずつ佇んでいた。


「とても綺麗な方々ですね」

「そうだな。こちらはすべての始まり、我々の先祖様にあたる方々だ」


 フォルネウス様の説明によると、中央に描かれているのは、吸血鬼の始祖であるネクロード様。そして両隣には、その弟子であった蒼の吸血鬼バルカス様と紅の吸血鬼シエラ様が描かれているそうだ。

 こちらに微笑みかけるように、柔らかな笑顔を浮かべている彼等の姿からは、とてもいがみ合うような邪気を感じない。


「どこで、歯車が狂ったのだろうな。少なくともこの頃はまだ、同族同士でいがみ合う事などなかったはずなのだがな……」

「フォルネウス様……」


 メルムから吸血鬼の歴史について学んでいた私は、少なからず彼等の抱える問題を理解していた。

 人間と吸血鬼の間にある深い溝は、そう簡単に埋まるものではない。表向きは平和協定を結んでいるとはいえ、それは引っ張ればすぐに千切れてしまう糸のようにもろいものだ。

 かつては同胞であった者達を手にかけてでも止めなければ、本当の意味で吸血鬼と人間の共存はない。そのためにフォルネウス様が尽力していることを、傍で働いてよく分かっていた。

 書類仕事が滞っていたのは、それだけフォルネウス様が、腰を落ち着ける暇がなかったということだ。リグレット王国から要請がある度に、現場を飛び回る。蒼の吸血鬼討伐を行うエリート部隊の隊長を務めながら、軍務を司る獅子院の長、皇太子としての職務もある。人材不足なことも重なり、あの書類の山が完成してしまったのだ。


「すまなかったな、アリシア。我々に関わることがなければ、普通の暮らしができたはずだ。君の運命を歪めてしまって、本当にすまない」

「どうか謝らないで下さい」


 これだけの重圧と職務の中で、日々頑張るフォルネウス様の姿を傍で拝見してきた。とても彼を責める気になどなれるはずがない。むしろ逆で、フォルネウス様がずっと私に引け目をおっていらっしゃるのを度々感じることが、とても心苦しかった。


「今の生活、私とても充実していて満足しています!」


 これ以上フォルネウス様に余計な心労をかけたくなくて、明るく言い切った。

 姉とフレディお兄ちゃんの結婚パーティの日に、人間としての私の一生は終わった。あのまま人として生きていたらと、想像しようとして止めた。二人を祝福したいと心から思えた今、考える必要のないことだから。それよりも今は、フォルネウス様の力になりたい。その気持ちの方が強かった。


「すまない。逆に余計な気をつかわせてしまったな……」

「そんなことありません! 逆に今は、吸血鬼になれてよかったとさえ思っています」

「アリシア、無理する必要はないのだぞ」

「無理なんてしてません! 色んなお勉強をさせて頂いて、知らなかった世界を知れて、温かい方々に支えられて、やりがいのある仕事もあって、尊敬できる方にお仕えできるのですから、とても恵まれ過ぎてます。むしろお礼を言いたいですよ、私を吸血鬼として迎えて下さって、ありがとうございます」


 心を込めて深々と頭を下げる。顔をあげると、そこには鳩が豆鉄砲をくらったかのように、ぽかーんとしているフォルネウス様の姿があった。


「そ、そんなに驚く事ですか?!」

「あ、いや、その……お礼を言われるなどとは思いもしなかったものでな、す、すまない!」


 そわそわした様子で、無意味に手を握ったり閉じたりしているフォルネウス様。いつも完璧でスマートな彼の焦った姿がおかしくて、思わず笑みがこぼれる。恥ずかしくなったのか、フォルネウス様の頬は赤く染まっていた。

 ご先祖様の肖像画に視線を戻して、私は話しかける。


「フォルネウス様、私も考えてみます。本当の意味で人と吸血鬼が仲良くなれる方法を。元人間だった私だからこそ、両者の気持ちを汲み取る事ができると思うんです。簡単ではないとは思いますが、頑張りますね!」


 吸血鬼と人間の共存。本当の意味でそれを実現するために出来ることはなにか。この肖像画のように、みんなが優しく笑って過ごせる世界を作りたい。それが今、私の目標になっていた。


「ありがとう、アリシア」

「まだなにもしてませんよ、フォルネウス様。お礼の言葉は、私が何かお役にたてた時に頂きたいです」

「ふっ、謙虚だな。でもいつか国境を超えて、自由にお互いの国を行き来できるようになるといいな。そうすればアリシアを含めこちらの国へ来てくれた元人間だった者達が、気軽に里帰りする事も出来るようになるだろう」

「確かに、そうなれたら素敵です!」


 その時、フォルネウス様のつけるピアスから大音量の声が響いた。


「若、リグレット王国から緊急要請だ!」


 それはガブリエル様からの伝令だった。


「わかった、すぐに準備を」

「部隊の調整は終わってる、後は若のゴーサインだけだぜ」

「では、まいろうか」


 通信を切ったフォルネウス様は、振り返って声をかける。


「すまないアリシア、後は頼んだぞ」

「はい、気をつけていってらっしゃいませ」


 心優しき皇太子様の力になりたい。たとえ自分にできることは微々たるものだとしても、この方のために、この方の夢を叶える力になりたい。遠ざかるフォルネウス様の背中を見つめながら、そう決意する。


 そのために今私が出来ることは、フォルネウス様が安心して帰ってこれる環境作りね!

 任務から帰ってきてあんなに貯まった書類の山を見たら、きっとげんなりしてしまう。だからもう、あんな光景は作らせない! 仕事をこなして執務室を綺麗に保つ事が、今の私の使命だわ!

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