15、ヴァンパイアハンター(フォルネウス視点) ★
吸血鬼の住まうハイグランド帝国のある大陸と人間の住まうリグレット王国のある大陸は、大河を挟んで隣り合っている。
ハイグランド帝国は領土全体を囲むように魔法結界が施され、その周りは深い森で囲まれている。樹海のようなその森は迷い混んだら最後、生きては帰れない魔の森だ。
こうしてハイグランド帝国は、許可なき者の侵入を許さない。その鉄壁の守りの中へ入るには、正規の手続きを踏んで、大河に掛けられた橋の先にある正門を通る他ない。
魔法技術工学の進むハイグランド帝国と、機械技術工学の進むリグレット王国。互いの国が連絡を取り合うのは、リグレット王国の開発した高性能無線機が主な連絡手段だった。
『こちらは、リグレット王国特務部隊連絡司令部のレギオンです。王都の南西、ノウスブルー領にあるリールベリル村との連絡が途絶えました。蒼の吸血鬼の被害を受けたと思われます。至急協力要請をお願いしたく存じます』
リグレット王国からの協力要請から数刻後、俺は少数の部下を引き連れて蒼の吸血鬼討伐任務に来ていた。
身に纏うフードのついた黒い外套の背中には、銀の十字架が描かれている。それは混乱を招かないよう支給された、リグレット王国の吸血鬼討伐部隊と同じ制服だった。
蒼の吸血鬼討伐任務には基本、魔法や武術、機動力に優れている少数精鋭のエリート部隊であたる。それに加えリグレット王国での任務は夜間だけとは限らず、ある程度日光に耐性のある者でなければ務まらない。その点を考慮して、要請を受けてからメンバーの編成を行っている。
今回被害に遭ったのは王国の南西、ノウスブルー領にあるリールベリル村という辺境の村だった。
夕日が沈み三日月が空を優しく照らす。人々はまだ活動しているはずの時間だが、被害を受けた村はとても静かな上に暗すぎた。明かりのついた家が一つもないのだ。
「一体、どうなっている?」
村には建物の壊れた形跡が全くない。血の跡もない。襲われたにしては、あまりにも綺麗な状態だった。その上、人っ子一人見当たらない。残されたのは家畜のみで、廃墟と呼ぶには相応しくない生活感の残ったそんな奇妙な村の状態を見て、思わず漏れた声だった。
「村人全員、神隠しにでも遭っちまったのか? でもアイツ等がわざわざ死体を片付けるなんざするわけねぇし……」
俺の問いかけに側近の一人、ガブリエルが答える。
「ガブリエル、もし仮にだ。彼等が死体ではなく、俺達と同じ、吸血鬼になって動き回っていたとしたら?」
「もしそうなら今頃この近隣の村は……若、ちーっとばかし洒落にならねぇぞ」
「急ぐか」
「そうだな」
速やかに現場を鎮圧させるため、調査は別々に行い何かあれば各々が持つ魔道具ポータブルコールで連絡を取り合う。
上空と地上に別れ、移動スピードに優れた鳥や獣に変化した彼等は、各村へと急いだ。そうやって近隣の村の調査に向かった俺達の悪い予感は当たっていた。それぞれが向かった近隣の村で、蒼の吸血鬼が暴れまわっているとの連絡が入ってきたのだ。
俺は部下達に民家や人々への被害を最小限に抑えて討伐するよう指示をだし、自身も近くの村へと潜入した。
俺が向かった村では、先に駆けつけていたリグレット王国の吸血鬼討伐特別部隊、ヴァンパイアハンターの青年が戦っている最中だった。村人を守るために自身を囮にしたらしい青年は、見事に囲まれている。
強靭な爪で近接攻撃を仕掛ける敵に対し、青年の持つ武器は遠距離型の吸血鬼撃退用特殊銃。何とか攻撃を交わして間合いをとろうとしているが、武器の不利に加え人数の不利も重なり上手くいかないようだ。
「加勢しよう」
青年の元に振り下ろされた強靭な爪を腕ごと剣で切り伏せた俺は、庇うように青年の前に立った。
「すまない。助かる……って、あ、アンタは!」
何故か青年はひどく驚いた様子でこちらを見ていた。その時、青年の背後から別の敵が襲い掛かる。剣で一刺し、敵を撃退してから口を開く。
「話は後だ。その油断が命取りになるぞ」
「……っ! わ、分かってるよ!」
体制を立て直した青年は、銃を構えなおす。照準をしっかりと合わせ、見事な正確さで前方の敵の急所を討ち取った。その青年の後ろで、俺は双剣で周囲の敵を薙ぎ払い切り伏せていた。スムーズな連携が取れた事で、思いのほか被害を拡大させる事なく討伐に成功した。
「本当にありがとうございました!」
「お礼なら、一人でこの場を受け持ってくれていた彼に言うと良い」
ヴァンパイアハンターの青年に視線を送りながら言うと、青年はフードを深く被りなおして顔を背けた。
「アンタが来なかったら、守りきれたか分からない。だからアンタがもらっとけよ」
そんなこちらを見て、村人達は俺達二人にお礼を述べたのだった。
次の村へ向かおうとした俺は、青年のウズウズとした視線に気付く。そういえば、何かを聞きたそうにしていたなと思い出し声をかけた。
「それで、俺の顔に何かついているのか?」
「なぁ、アンタ。一年以上前、ベリーヒルズ村でアリシアを助けてくれた吸血鬼だろ? 俺はジル、アイツの幼馴染なんだ」
アリシアという言葉に反射的に反応てしまった俺は、思わず青年をマジマジと見てしまった。
「アリシアは、どうなった? 無事なのか? それとも……」
「……彼女は吸血鬼となった。今はハイグランド帝国で暮らしている」
「そっか、生きてたんだな……よかった……」
ジルと名乗った青年は、心からの安堵のため息を漏らした。その瞳には、うっすらと光るものさえ見える。俺は悟ってしまった。まるでもう一人の自分を見ているかのような青年の反応に、彼も少なからずアリシアに想いを寄せていた相手なのだろうと。
「あの時は救助が間に合わず、本当にすまなかった」
「アンタのせいじゃない。それなら俺だって、近くに居たのに守れなかった……それよりも、アリシアは今元気にしてるか?」
「ああ、それは勿論だ。こちらの国で不自由しないよう、生活はしっかりと保障している。言付けがあるなら預かるが?」
「元気にしてるなら、それでいいさ。今更俺に言える事なんて、何もない。ただアンタに一つ、頼みがある」
「何だ?」
「アリシアを守ってやってくれ。強いアンタなら余裕だろ?」
「もとからそのつもりだ」
「そうか、なら頼んだぜ。呼び止めて悪かったな」
こちらに人懐っこい笑顔で話しかけてくるジルを前に、俺は少し戸惑っていた。
ヴァンパイアハンターになった人間の多くは吸血鬼に恨みを抱き、その敵討ちのために志した者が多いと聞く。現場で一緒になった彼等は大抵、こちらを快く思っていないのが、その視線や空気で伝わってくる。中には事故に見せかけ攻撃してくる者も居た。
平和協定を結んだ後も、人間と吸血鬼の間にはまだ、根深い溝が残っているのが現状だった。その溝を埋めるために、俺は皇太子という身分にも関わらず、自ら前線に出て指揮を執り討伐任務に携わってきた。一人でも多くの人間を助けるために。これ以上同胞に、悲しみしか生まない殺戮を止めさせるために。
「あ! そういえばアンタ、名前は何ていうんだ?」
「フォルネウスだ」
「フォルネウスか……長いからフォルスでいいか?」
「構わない」
「じゃあ、フォルス。またどこかで会ったらよろしくな!」
遠ざかるジルの背中に描かれた十字架を眺める。
幼い頃から『若様』と呼ばれる事の多かった俺にとって、名前で呼んでくれるのは、両親とアリシアぐらいだった。
気が付くと、俺の頬は自然と緩んでいた。
存外悪い気はしないものだな。ジルか、覚えておこう。