Ep.88 剛剣騎士 ティデイナ・ラティナ
「いきなり何すんだよッ?!」
「レバさんっ!」
全身鎧の人物に後ろ手を取られたレヴァナントは苦痛に顔を歪ませて吐き捨てる。突然の出来事に驚くタナトスは慌てて鎧の腕を掴んだ。
「御嬢さんもう大丈夫ですよ。この悪漢はこの上級49席の【パーシバル】が退治いたしましょう! この悪漢め……白昼堂々の婦女暴行、恥を知れ!」
「じょ、上級……? それに悪漢て、俺のことか?! おい、ちょっと待てッ……あんた勘違いしてるぞ」
「誤解ですっ! レバさんを放して下さいっ」
鎧の人物は慌てる二人の声にようやく状況を理解したのか、捻りあげたレヴァナントの腕を放した。
『――なぁんだ、せっかく騎士様の働きが見れるかと思ったのに……』
『――なんだよ、ただの痴話喧嘩か……』
『――くだらねぇ、他所でやってくれよな……』
取り囲んでいた人々は残念そうに小言を溢しながら散っていった。往来の道の真ん中、取り残されたように二人は首を傾げる。
「た、大変失礼致しましたッ! 私としたことが、とんだ勘違いを……」
鎧の人物は深々と頭を下げた。ガチャガチャと耳障りな擦れる金属音にレヴァナントは顔をしかめるのであった。
◆
「ああ、もういいよ。こっちこそ紛らわしい真似して悪かったな」
「レバさんの目つきが悪いから勘違いされちゃうんだよ」
「お前なぁ……もとはと云えば強情なお前のせいだからな?!」
またもや始まった二人の口喧嘩に、重たげな兜を脱いだ鎧の人物が口を開く。兜の下から現れた意外なその顔に、二人は思わず呆然と見とれるのであった。
「申し遅れました、私はティデイナ・ラティナ。通名は上級騎士第49席【剛剣騎士パーシバル】」
赤毛の女性はそう名乗ると、二人に握手を促すように手を伸ばす。思わずその手を握り返す二人に彼女は自嘲気味に微笑んで続けた。
「騎士の行動信念で街道での迷惑事は必ず助力し、解決せよって言い付けられていまして。てっきり、そこの彼女が襲われているのかと勘違いしてしまって……」
丁寧に編み込まれた赤毛の頭を掻く彼女の表情には、先程までの凛とした佇まいとは真逆なあどけなさが垣間見える。
「もういいって、俺はレヴァナント・バンシー。で、コイツは……」
「タナトス・リーパーです! えっと、ティデ……ティ……?」
言い淀むタナトスを呆れ顔で見るレヴァナントに、彼女は可笑しそうに笑う。
「ティナでいいわ。知人からはそう呼ばれているの」
自らを騎士だと名乗るティナは見たこともない細長い剣を帯刀している。南についてほとんど未知なレヴァナントは、しめたとばかりに彼女に尋ねた。
「俺達、人を探してこの国に来たんだがまるっきり初めてでさ。良ければこの国の事を教えて……ってあんた大丈夫か?」
レヴァナントは彼女の顔を見て途中でやめた。兜を外したティナの顔をよく見れば異様なほどに赤くなっている。
「レバさん……私も何かクラクラする……」
額に手をあてたタナトスも同じようにのぼせたような表情で呟いた。
「大丈夫……少し、この暑さにやられて……」
「お、おいッ?!」
茹だるような炎天下に不釣り合いな厚着の二人はフラフラとよろめいた。レヴァナントは慌てて近場の店へと二人を引っ張るのであった。
◆◆
「プハァ、生き返ったぁ……重ねて迷惑を掛けてしまい面目ない。炎天下にこの格好は流石に無理があったわ」
「ふぅー……私もようやく落ち着いたぁ。やっぱり毛皮はしばらく脱いでおこうかな?」
街中の酒場を見つけたレヴァナントは真っ赤な顔の二人をすぐにそこへと誘導した。駆けつけに勢い良く水を飲み干す二人に呆れた顔で呟く。
「あのクソ暑い日差しの下で、そんな格好してりゃあ倒れるに決まってるだろ。騎士ってのは皆そんな重装備してんのか?」
ティナの横に並べて置かれる鎧に視線を投げる。彼女は恥ずかしそうに答えた。
「いいえ、これは私の師匠から下された鍛練の一つで……」
バツの悪そうに濁すティナを見て、尚更顔をしかめて言う。
「上級者だの通名だのって言ってたが、この国にはそんなに騎士がいるのか?」
「ええ。予科訓練生、下級、上級を含めてこの国には2000を越える騎士がいるの。その中で上級騎士には国を守る重大な責務が与えられる」
自信ありげにそう言った彼女であったが、すぐに言い淀む。今度は何やら恥ずかしそうに口を開いた。
「偉そうな事を言っても、私はついこのあいだ上級に成ったばかりの末席で……とんだ失態を晒してしまったわけだけどね……」
赤毛の頭を傾けて笑う自称上級騎士にレヴァナントは苦笑いで答える。隣ではすっかり興味が変わったタナトスが酒場の品書と睨みあっている。
「お礼と言ってはなんだけど、ここの支払いは任せて? 末席といってもそれなりの報酬は貰え……えっと、あれ……? あ、しまった……家に忘れてきちゃった……」
ティナは突然焦ったようにあちこちに手をやって何かを探していた。訝しげにそれを見る二人を見て、彼女はまた困った顔で笑うのであった。