Ep.87 白昼の暴漢
世界の1/3を占める巨大な大陸は長い時間をかけて二つの国に別れた。この二ヶ国は陸続きであるが故に古くから文化や宗教等の交流が盛んに行われていたものの、その発展においては互いに独自の成長を見せたのである。
信仰を高め崇拝の極みへと昇華させた北と、純然たる武の極致へと辿り着いた南。先に世界大戦において両国は一時敵対した。しかし列強諸国の猛攻に耐えうる為、大戦末期には同盟国となり再び強固な結び付きが復活したのであった。
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「思ったより簡単に通れたな……」
拍子抜けした表情で振り返るレヴァナント。北と南の国境線を越えた彼らは、目的地デュランドールへ足を踏み入れていたのであった。
「ミーネちゃんのくれたこの証、見せたら頭まで下げられちゃったね」
タナトスは首から下げた小さなペンダントを右手で掬う。ミナーヴァから貰った国選魔導士の認可証は、同盟国でもかなりの効力があるようだ。
「だけど、御者さん大丈夫かな?」
振り返るタナトスは国境の街まで送り届けてくれた馬車を探すように目を凝らす。
「まぁ、なんとかするだろ。たぶん……」
レヴァナントは思い出したように苦笑いで答えた。野盗から物々交換で手に入れた神獣【麒麟】。その驚異的な脚力により予定より二日間も早くこの街に着いたのであったが、事件は二人を馬車から降ろした直後に起こったのである。
「麒麟もきっと、お前の中の呪術に恐れをなして大人しく従っていたんだろう。ありゃ、文字通り暴れ馬……いや、暴れ麒麟か」
「とっても大人しかったのにね」
レヴァナントとタナトスが馬車を降り、御者の男に礼を伝えようとした間際。それまで大人しく手綱を委ねていた麒麟は猛烈な勢いで暴れ初めた。必死に静止を試みるがその勢いは収まることを知らず、暴走するように馬車はそのまま走り去ったのであった。
「渋っていたステゴロが交換に納得したのも、おおかた盗賊達じゃあ手に負えなかったとかそんな理由だろう」
あの時、一人の盗賊の耳打ちによってステゴロの態度は急変した。ステゴロは厄介事から逃げるように売買という言葉を用いたのである。
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「それよりも……南に入った途端、なんでこんなに暑いんだよ」
レヴァナントは上着を脱ぐと額に溜まる汗を腕で拭う。国境線を越えた瞬間、周囲はそれまで感じなかった熱波に包み込まれていた。
「確かに、すっごく暑いですねぇ……」
薄紫色の前髪は汗で一塊になり、拭っても拭いきれない汗をかくタナトスは真っ赤な顔で答える。
「お前はなんでそんな暑苦しいもん着こんでんだよ?! ほら、顔真っ赤じゃねぇか、早く脱げ」
「や、やだよっ! ローブは気に入ってるんだから、絶対脱がないっ」
白狼の毛皮を纏う彼女にレヴァナントは猛攻する。気候にまったく似つかわない毛皮のローブは、彼女の着込んだ黒い修道服と相まって余計に暑苦しく見えた。
「レバさんやめてっ、女の子に乱暴はダメだよ!」
「うるせぇっ、見てるだけで暑苦しくなんだよ!」
頑なに嫌がるタナトスに、レヴァナントは無理矢理ローブの裾を引っ張る。彼女の叫び声も合わさって、端から見れば追い剥ぎに合っている様な状況。道行く人々はそんな二人を不審な眼差しで見てゆく。いつしか揉み合いになる二人を取り囲むように人々が集まっていた。
『――そこの暴漢ッ、今すぐ少女から手を放せッ!』
足を止めて見つめる人々は突然の大きな声に振り返る。すぐさま人波は左右に別れると、開かれた花道の中を全身鎧を纏った人物が二人に近付くのであった。
「白昼堂々の蛮行……恥を知れッ、この下賎め!」
鎧の人物はレヴァナントの手を掴むと捻りあげた。突然の出来事に驚く二人をよそに、野次馬から歓声が上がる。
「いたッ、痛たッ! 一体、なんだぁ……?」
後ろ手を取られたレヴァナントは苦痛に表情を曇らせながら、突然の状況に目を丸くするのであった。