Ep.84 ただの不死身
荒んだ廃教会から程近く、岩肌を露にした丘にぽっかりとくり貫かれた洞窟。篝火を手にした男を先頭に、盗賊達は次々と中へ入ってゆく。
後ろ手を縛られた薄紫色の髪の少女は暗がりをあちこち見回していた。盗賊の一人が急かすように後ろから軽く押すと、たどたどしい足取りで洞窟へと進むのであった。
「――お前らやっと戻ってきたか。今日はまともな成果があったんだろうな?」
意外にも広々とした洞窟の内部は、至るところに設置された燭台の灯りでとても明るい。乱雑に置かれた大きな机に足を乗せた男が口を開くと、盗賊達は背筋を伸ばすように強張った。
「は、はい。今回はとっても上物な馬車と食い物、それに……」
一人の賊が答えると、机をけり上げる長髪の男は苛立たしげに怒鳴る。
「――んなもんじゃなく、もっと金になるモノ盗ってこいッ!」
「ひ、ヒィッ……待って下さい……そ、それだけじゃあないんですッ。今回はボスが所望していた女を拐いました!」
手下の言葉に長髪の男の眉は僅かに動く。立ち上がり並び立つ盗賊達へ近寄る男はステゴロよりも随分恰幅が良い。特徴的な四角い顔を左右に動かすと、ボスと呼ばれたその男は声色を変えて尋ねる。
「なぁんだぁ、やりゃあ出来るんじゃねぇか。それで、女は何処だ?」
ボスの問いかけに一人の盗賊が手縄を引いて前に出る。二つ結びの長い髪を揺らし少女はボスの目の前へと歩かされるのであった。
「……あん? なんだよ、まだ少女じゃねぇかよ」
表情を曇らせたボスは舐めるように少女を見ると、何か納得のいかないように腕を組んで独り言た。
「まぁ、面は悪くはねぇか……女は女か……」
顔をしかめてぶつぶつと呟くボスを不思議そうに見る少女は人懐っこく笑うと尋ねた。
「盗賊さん達から聞いたけど、あなたが不死身のボスさん?」
「あん? おい、誰だ余計な事話した奴は?」
不機嫌そうに尋ねる男に少女は続けた。
「不死身の盗賊なんて、とってもカッコいいですね!」
「この嬢ちゃん可愛い事言うじゃねぇか? そうさ、俺は不死身の盗賊キャンザァ様だ」
満更でもない男の様子に、ダメ押しとばかりに少女はせがんだのである。
「私、一度でいいから生き返るところ見てみたいです……ダメですか?」
上目遣いに身体を捩る少女にキャンザァと名乗った盗賊のボスはいっそう胸をはる。取り巻きの手下に声をかけると、一丁の銃を受け取った。
「ふん。いいぜ、特別に見せてやるよ。しっかり見とけよ?」
キャンザァはそう言って銃口を自身のこめかみに押し付ける。四角い顔の上に半月に曲がる口元、薄ら笑いで引き金を引いた。乾いた発砲音が洞窟に反響する。
「キャッ……凄い!」
思わず目をつむる少女が目を開けると、こめかみを貫いたはずのキャンザァは得意気に肩を竦めて見せる。
「どうだ? これが、俺様の――」
「たったの一発じゃあ、足りないんじゃねぇか?」
少女の手縄を引いていた野盗の男は、彼女の前に出ると大型の拳銃を構えた。ほとんど同時に放たれた八発がキャンザァの顔面を抉る。
「タナトス、御者さんや他の盗賊達と一緒に離れてろッ」
野盗の着流したボロ布を剥いだ男は、次の玉を込めて叫ぶ。潰れたキャンザァの顔面は急速に元の形へと戻ってゆく。
「レバさんっ、いつでも呪術使える準備しておくね」
少女は手縄を簡単にほどくと盗賊達と共に出口へと駆け出した。
「……てめぇッ、何のつもりだあ?! 俺様に歯向かうとは、何処の命知らずだッ」
四角い顔は元に戻ると怒号を上げて叫ぶ。涼しげな顔で再び銃を構えた男は、不適に笑うと声をあげたのであった。
「不死身の盗賊を仕留めにきた、ただの用心棒さ」
銃声は再び轟いたのであった。
◆
「くっそがぁっ?! いい気になるなよぉッ」
キャンザァは怒りに任せて拳を降り廻す。
「悪いが種持ちは見逃せねぇ。お前らには随分世話になってるからな」
レヴァナントの構えた銃は何度もキャンザァの顔面を撃ち抜く。血飛沫が舞う洞窟に残響に変わる罵声が轟いた。
「こんなもんじゃあ死なねえんだろ。早くその力の本気を出しやがれよ?」
余裕の笑みを浮かべるレヴァナントは再生の間も与えず銃弾を打ち込み続けて言う。苦し紛れの怒声もいつしか息切れをするようにか細く変わるのである。
「お、お前は何者だぁ……な、なぜ俺達を、種をしって、いる……?」
「お前と同じ、ただの不死身さ」
止まることなく穿つ銃弾の嵐は悲鳴を掻き消すように続く。
「ま、ま、まってくれ……同族、なら、話し、あ、えば……」
途切れながらも続くキャンザァの声。残りの球を詰め込む一瞬、レヴァナントの手は異形のナニかに止められる。
「――馬鹿がぁッ、てめぇこそ油断してんじゃねぇぞぉッ?!」
弾を込めるレヴァナントの右手は何かに挟まれると血飛沫と共にはね上がった。引きちぎられる苦痛に顔色ひとつ変えないレヴァナントは、距離を置くようにその場から離れたのであった。
「ソイツがお前の種か? 随分弱っちそうだな?」
レヴァナントの背中から伸びた黒い蛇頭が切り落とされた右手と銃を引き寄せると、キャンザァの声が響く。
「お前のその腕こそいいセンスしてんな」
皮肉混じりに吐き捨てるレヴァナントの右手は元通りに繋がると再び銃を向ける。倒れた燭台の消えかけの薄い灯りに、キャンザァの異形の両手が垣間見えたのであった。




