Ep.83 ほのかな罪悪感
灰だらけになったかまどに再び火を灯すと、野盗の五人は並びだって正座をした。
「……で、何で俺達がお前らの話をきかなきゃならないんだよ?」
レヴァナントは眉をつり上げて口を曲げた。タナトスは男達の装いを首を傾げて見ている。
「そんなこと言わず聞いてくれよ。実は俺達の盗賊団が今とんでもねぇ奴に目をつけられてて、皆稼ぎを巻き上げられてんだ。このままじゃあ皆そいつに殺されかねない。頼むッ、人助けと思って力を貸してくれないか?」
頭を下げる一人の盗賊に、レヴァナントはことさら眉間に深い皺を浮かべていい放つ。
「そんなもんしるかよ。大体、散々好き放題暴れてるお前らみたいな野盗を助ける理由がない。人助けと言うなら、それこそ見捨てるほうが筋が通ってるだろ」
「そ、それは確かに仰る通りだが……俺達だってこのままじゃあ……」
呆れを通り越して不機嫌そうなレヴァナントの肩をタナトスが叩く。彼女の方を見ると何やら指を指していた。
「ああああ……馬達が逃げてしまった……一体この先どうすればいいんだぁ……」
指し示した先で頭を抱える御者の姿に、レヴァナントはさらに語気を強めていい放つ。
「ほらみろよ、お前らのせいで大切な馬が逃げちまったんだッ!」
「……逃げちゃった原因はレバさんだけどね」
タナトスの的確な小言に咳払いをするレヴァナント。野盗達はしめたとばかりに顔を見合わせて口を揃えた。
「馬なら俺達が手配できる。その代わり力を貸してくれ、大蛇のアニキ!」
難しい顔で唸るレヴァナントは、しばらくして溜め息混じりに口を開く。
「……はぁ、その大蛇のアニキってのはやめろ。俺はレヴァナント・バンシーだ……本当に馬は手配出来るんだろうな?」
渋々といった表情の彼に喜ぶ野盗達は、三人をアジトまで案内すると言って持て囃したのであった。
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「さぁ到着だ。そのへん適当に座って待っててくれ」
朽ち掛けた大きな教会の廃屋へ案内された三人は、乱雑に置かれたベンチに腰を下ろした。盗賊団のアジトとあって流石に無法地帯といった様子の屋内に、タナトスは興味津々で見渡している。
「もうすぐ話してた仲間達が帰ってきますんで。バンシーのアニキ、宜しく頼みますよ? へへへ」
野盗の男達にすっかり気に入られてしまったレヴァナントは不機嫌そうに舌を打つ。
アジトまでの道中簡単に聞かされた話では、数ヶ月前に突然現れた一人の男によって彼等の盗賊団の環境は激変したのだという。その人物は圧倒的な力で元々のボスからその地位を奪い取ると、手下の盗賊達に厳しい責務を命じた。反抗する者はもちろん鉄拳制裁を加えられ、まるで恐怖政治のような悪循環が生まれているらしい。
「いくらソイツが腕っぷしがあったとしても、お前ら仮にも盗賊なんだろ? 全員でかかれば勝機はあるんじゃねえのかよ」
レヴァナントはまた不服そうな顔で尋ねるが、盗賊の男達は震え声で答えた。
「そ、それがあの野郎は死なねえんだよ……奇襲をかけても、全員でかかっても……何度も何度も蘇って、しまいには手を出した奴等全員……」
一人の盗賊があまりの恐怖に頭を抱えて塞ぎ込む。彼の話に反応を示したレヴァナントとタナトスは詳しく聞き出そうとするのだが、間近で不死身を見たという盗賊は身震いだけで何も語ろうとしないのであった。
「レバさん、そのボスって人もしかして……」
「……不死ってことは、種が絡んでる事に間違いないだろう」
思わぬ場所で巡り合う種持ちの不死者に、レヴァナントの顔つきはいつの間にか変わっていた。
『――おぅお前ら、ご苦労だったな。今日の取り分はあのデカイ馬車か?』
廃屋の入り口から野太い声が聞こえたかと思うと、五人の野盗と同じような格好をした数人を引き連れて体格の良い男が現れた。どこかで聞いたことのあるその声に、レヴァナントはまた何かが引っ掛かる。目に飛び込んできたのは意外な人物の姿なのであった。
◆◆
「気のせいか……? あの太った男、前にどこかで……」
またもや既視感を覚えるレヴァナントに、因縁をつけるように太った男はすごむ。
「……あん? お前ら何者だ。おい!? 誰だぁこんな部外者連れてきた馬鹿は」
男は偉そうに盗賊達に怒声を飛ばす。三人を廃屋まで案内した盗賊が待ってましたとばかりに答えた。
「ステゴロのアニキ、この方は腕利きの用心棒さ。あの野郎をぶっ殺すのに手を貸してくれるってよ」
「用心棒ぉ?」
ステゴロと呼ばれた体格の良い男はまじまじとレヴァナントを睨み付ける。何故か罪悪感のような感情が沸き上がっているレヴァナントは、無意識に視線を逃がすのであった。そんな彼の肩を軽く小突くタナトスは、そっと耳打ちをしたのであった。
「……レバさん、レバさん。この人ってさ、前にどこかで会ったことあるよね?」
「……ああ。確かに見覚えはあるんだが、一体どこでか……思い出せない」
コソコソと話す二人の姿はステゴロの癇癪に触れた。
「何コソコソ話してんだ、このガキ共ッ!」
怒鳴り散らす男の姿に同時に「あ!」っと声をあげた二人の頭の中には、とある記憶が浮かんでいた。西の牢獄、囚人達を買う野盗の男……タナトスに大金を勝手に支払われた哀れな男の姿。
「い、いや、なんでもない。あんた達に手は貸す、その代わり約束は守って貰いたいだけさ」
「なに、約束ぅ?」
平静を装うレヴァナントは野盗の一人に目配せする。その盗賊に耳打ちされるステゴロは、また不機嫌そうに眉をつり上げてた。
「……お前ら、大口を叩くのならそれなりに腕はたつんだろうな?」
「ああ。こう見えても国選魔導士のお墨付きだぜ?」
レヴァナントの言葉にタナトスは得意げに何かを取り出して見せる。以前ミナーヴァから渡された国選魔導士の通行証、小さな十字架のペンダントであった。
「ほぅ、そりゃあ確かに【界雷の証】じゃねぇか……お前ら一体何者だ?」
ステゴロは表情を変え二人に問う。レヴァナントはまた苦し紛れに答える。
「俺は傭兵、いや違うな……えぇっと……そ、そう、魔法剣士だ! コイツは弟子で、あっちは助手!」
そう言ってタナトスと御者の男を順に指差した。当の二人は困惑してレヴァナントの話を聞いていたのであった。
◆◆◆
苦し紛れに答えたレヴァナント。取り囲む野盗達の視線を集めていた。
「魔法剣士? そんなもん聞いたこともねぇな……しかし、盗賊団の魔法が使える輩共を五人同時に手玉にとれるとは……まぁ、なんでもいい。俺は力のある奴しか信用しねぇ主義なんでな」
ステゴロは手近な剣を握りしめると、レヴァナントへとその切っ先を向けた。睨み返す様にそれを見るレヴァナントは、すぐに大袈裟な溜め息をついて口を開く。
「はぁ……そう言うと思った。全員、黙って足元をよく見てみろよ」
彼の言葉に一斉に視線を足元へ向ける。盗賊達の両足にはレヴァナントの背後から伸びた黒蛇がガッチリと巻き付いていたのであった。
「そんなに実力が見たけりゃ見せてやるよ。ただし鉛玉のおまけ付きだけどな?」
立ち上がり銃口をステゴロの額へと押し付けると、レヴァナントは得意気にいい放つ。悲鳴を上げる仲間達を見てステゴロは剣を手放して参ったとばかりに両手を広げた。
「なかなかやるじゃねぇか。肝の座った野郎だ、気に入ったぜ」
「レヴァナント・バンシーだ。さっさとその標的まで案内してくれ」
若干の罪悪感を覚えながら、レヴァナントは固くステゴロと握手を交わすのであった。




