Ep.9 毒
Ep.10は11月8日更新予定です!
獣の遠吠えのような叫び声がすり鉢状の広場に響いている。突如現れた侵入者に警戒する兵士達は、武器を握りしめて走り回っている。
あちこちで閃光が上がり、破裂音が鳴り響く。
レヴァナントが投げ込む簡易爆竹の音である。耳をつんざくような音に誘われて、兵士達は侵入者を探し回るのであった。
「リジェさん、こっちです」
タナトスは身を屈めてリジェの腕を引いた。大きな岩で囲まれた広場の出入口を目指し進んでゆく。
広場の中では捕虜達が突然の襲撃に混乱した様子で身を屈め、兵士達もそれを見張る余裕さえ失くしている。レヴァナントの予想通り、非常時に対しての実戦経験は乏しい様子だ。
激しい陽動に気を取られている隙をみて、タナトスとリジェは広場の中に潜り込んだのであった。
リジェは崖の上で見つけた男を目指し、一目散で駆け出していた。
「アイザックッ! 私よ! 早くこっちへ」
「り、リジェ!……お前なのか……?」
痩せ細った男を抱きしめるリジェは堪えられない涙を流しながら、他の捕虜達にも声をかける。
「みんな、今のうちに早くッ!」
襲撃に固まる捕虜達は2人の姿を見ると、一瞬にして歓声をあげた。生気を取り戻したように、皆一斉に耕具を放り投げて走り出したのであった。
「こっちです!」
タナトスは広場の入り口付近で大きく手をふって呼び掛ける。反撃の狼煙に気付いた捕虜達は、途中迫り来る兵士も押し返す勢いであった。
「ーーコイツらッ、絶対に逃がすなッ!」
兵士達は逃げ惑う男達に向け発砲しようと構えるのだが、刹那に背後から何者かが斬りつけて邪魔をされる。
「早く逃げろ! こっちはなんとかする」
レヴァナントは兵士達の取り乱した陣形の中で剣を振るっていた。
当然のように数では圧倒される、彼は身体のあちこちに幾つもの傷を負っていた。しかし、鬼気迫るレヴァナントの猛攻は、兵士達の統率はさらに乱れてゆくのであった。
……夜明けまで時間はあるッ! このままならなんとか押しきれる
不死身の身体があってこそのアドバンテージ。
レヴァナントは幾度も致命傷を負いながらも、徐々に戦局を押していたのであった。
苦境から光明が見えたと思われたその時、指揮官と思われる重厚な鎧を纏った兵士が叫んだ。
「ーー怯むな、毒を使えッ!」
「ーー捕虜を逃がすな! 逃げる者は殺しても構わん」
一声の内に取り乱していた兵士達は銃を持ち替え、逃げる捕虜達に狙いを定める。集落の民達は一心不乱に巨岩に囲まれた出口を目指すのであった。
◆
「こっちへ! 早く、急いでください」
タナトスは必死に呼び掛けていた。人質となっていた集落の民達は、その声を目指して駆けて来る。突然の襲撃は功を奏したのか、広場に捕らわれていた大半がすでに出口のすぐそこまでたどり着いていた。残るのはあと数人ほど、必死に走る男達をタナトスは再び声をあげて誘導する。
ーー侵入者はあそこだッ!
「え?」
タナトスの死角から敵の怒号が響いた。声に振り向く彼女の視界に、銃を構える兵士が映る。
「危ないッーー!」
誰かに突き飛ばされて後ろに倒れる。
すぐ後を発砲音が追いかけるように響いた。
「ぐ、グゥぅ……」
彼女の目の前でリジェの夫、アイザックが苦悶の表情を浮かべて倒れている。タナトスを狙う兵士の姿を視界に捕らえた彼は、身を呈して守ったのである。
「このッーークソヤロウッ!」
怒りに任せたリジェがスコップで兵士を殴り倒す。すぐさまアイザックの元へと駆け寄り、必死に声を掛けた。
「アイザックッ! しっかりして!」
涙ながらに声をかける妻の腕を掴み、アイザックは苦痛に悶えながら何かを訴えている。
「早く……この手を……きっ……てくれ、毒が……」
弱々しく右手をあげると、撃たれた肘から下は黒色に腐り始めている。毒の仕込まれた銃弾は傷口からアイザックの身体を蝕み始めていた。リジェは必死でその願いを拒んだ。
「ダメよッ!きっと治る、腕を切るなんて……」
「リジェさん、どいてッ!」
倒れた兵士から剣を抜き取るとタナトスは2人の前に駆け寄る。泣き叫ぶリジェを引き離すと躊躇いなく刃を振り落とした。
「ぐぁァァァッーー……!」
アイザックの悲痛な叫び声をあがる、彼の右腕は肘からバックリと切断された。タナトスはすぐさま着ていたピンクのローブを破り、彼の右腕に巻き付けるとキツく締め上げた。そして叫び声をあげて泣きわめくリジェに向け、声を張り上げた。
「旦那さんを連れて橋の向こうまで逃げて! 向こうに渡ったらなんでもいいから橋を落として!」
2人を引き起こして背中を強く押すと、タナトスは二本の棒を抱えながら走り出した。その顔にはいつもの笑顔は消えていたのであった。
◆
「ーー侵入者を囲め! 一斉に毒を放て!」
すっかり士気を取り戻した兵士達は、毒を仕込んだ銃でレヴァナントを追い詰めてゆく。
「くっそ……傷は大したことないのに、あちこち痺れてきやがる」
レヴァナントに対して毒は致命傷を与えられないと見た兵士達は、致死には至らない麻痺毒を用いて身体の自由を奪いつつあった。
それでもレヴァナントは、奪った小銃で出口に向かう兵士達の足止めを何度も試みる。
「向こうには行かせねぇッ」
次々に撃ち込まれる麻痺毒の弾が彼の両手足を射ぬく、振り向いて反撃を試みるレヴァナントは何かに気がついた。
駆け寄る足音をレヴァナントの耳が捕らえると、不意に笑みを溢したのである。
「レバさん。皆、無事に逃げました」
駆けつけた彼女の不愉快そうな表情からは、明らかに怒りの色が伺えた。
「よし。これで邪魔者はコイツらだけだな」
レヴァナントの言葉に黒い修道服姿のタナトスは、二本の死柱を地面に突き立てる。
「いつでも、準備できてます」
彼女の声を合図にレヴァナントは小銃を乱射して牽制すると、兵士達は怯み距離を置いた。
レヴァナントは侮蔑を込めた笑い顔を向けて叫ぶのであった。
「これで終いだ。お前らの作った毒で後悔させてやるよ」
レヴァナントは取り出した小瓶の中身を一気に飲み干すと、橋の入り口で手にいれた注射針の付いた銃を構える。兵士達を一瞥して不敵に笑うと、針の先を自身の首に突き刺したのであった。
「痛ッーー」
引き金を引いた瞬間、首から黒い斑点が全身に広がる。短い声を発した後、レヴァナントは口から血を流して倒れた。
「バッチリです」
タナトスを挟むように立てられた死柱が赤く光を発つと、不気味なシルエットが夜闇に浮かび上がる。すり鉢状に囲まれた広場の壁よりも遥かに巨大な、錆び付いた扉が現れた。
「七死霊門、罹病門。開きます」
タナトスの声と共に巨大な扉は開かれたのであった。