Ep.80 新たな目的地
昨日と同じ広間に集まったレヴァナント達は、エレボス・リーパーが現れるのを待っていた。朝食を済ましめいめいに過ごす中、タナトスは旅の支度だと言って大ぶりな鞄いっぱいに荷物を詰め込んでいる。あまりにも大き過ぎる鞄を見てレヴァナントは呆れた顔で彼女を見ていた。
「えーっと、あとは何が必要かな……?」
「ちょっとタナトス、それは流石に要らないんじゃない?」
荷造りを手伝うミナーヴァも眉をひそめて助言する。
「バンシー君の荷物はそれだけなのかい?」
頬杖をつくレヴァナントにキルビートは尋ねた。薄汚れたボロ袋に壊れ掛けのガンホルダー、腰巻きのソードホルダーにはヒビの入った直剣が刺さっている。レヴァナントはそれを見て自嘲気味に笑って答えた。
「荷物ってほど良いものは無いけどな……まあ、丸腰よりはマシだろ?」
確かにとキルビートも苦笑いで頷く。これまで幾度となく激しい戦いを共にした武器は、不死身のレヴァナントと反比例するように深い傷を残していたのであった。レヴァナントは戦友に語り掛けるようにそれを持ち上げていると、扉を叩く音が聞こえた。
開かれた扉から入ってきたのは、皆が想像したエレボスではなくアイテルとステラの二人であった。
「あら、もう揃っていたのね」
「おはようございます。昨日はどうも」
欠伸を噛み殺す姉の姿を見たタナトスは、荷造りの手を止めて尋ねた。
「アイテル姉さん、お父さんは?」
「お父様なら朝早くから宝庫へ出向いているわ。もうすぐこっちに戻ってくるそうよ。それより何なのその大荷物……家出でもするつもり?」
アイテルは散らかった広間を見て呆れたように呟く。
「妹を探しに南へ向かう。タナトスも着いていくって聞かねぇんだよ」
「あなたまだそんな格好していたの? 信じられない、早くこれに着替えなさい」
口を挟むレヴァナントに一瞥をくれるアイテルは、目を細めて不機嫌にいい放つと何かを投げ渡した。急に投げ渡された黒い塊を受けとめるレヴァナント。よく見ればそれは以前レヴァナントが着用していた戦闘服であった。
「これって……前に俺が着ていた? いや、新品みたいに直ってる」
「北を出るとき念のため持ってきていたのよ。ボロボロで何度か捨てようか迷ったけれど……ステラに感謝しなさい? 祈祷で破れた箇所を縫い合わせてくれたんだから」
アイテルの後ろで小さく欠伸をしていたステラは、突然呼ばれた名前に恥ずかしそうに笑って口を開く。
「祈祷を施した糸で縫い合わせてあるから、少し位損傷して破れても服が勝手に再生してくれますよ」
「それはすげぇな……ありがとう、ステラ」
どういたしましてとステラは微笑んだ。
「さっさと着替えてきなさいよ。供物衣装が気に入っているのなら話は別だけど」
「ああ、遠慮なくそうさせてもらうよ。寝覚めの悪いようなセンスの衣服だったぜ?」
悪戯に笑って皮肉るアイテルに、レヴァナントもわざとらしく言い返すと広間を後にしたのであった。
◆
別室で着替えを終え広間に戻る途中、レヴァナントは確かめるように身体を動かす。そして改めて感心したように一人頷いたのであった。
「前より断然しっくりしてる。これも、祈祷の恩恵って事なのか?」
独り言ちる彼が広間への扉を開けると、部屋には既にエレボス・リーパーの姿があった。
「遅くなってすまなんだ。娘達から事情は聞いているよ。南へ向かうそうであるな」
昨日同様にただならぬ威厳を見せるリーパー家当主はレヴァナントを見据えて語り掛ける。
「ああ。お宅のお嬢さんも付いてくるそうだが、誤解しないでくれ。別に俺が唆した訳じゃないぜ?」
不躾なレヴァナントの口ぶりに、アイテルは一瞬その顔を曇らせた。それを制するかのように父親は咳払いをすると、再び口を開いた。
「ゴホン……わかっておる。レヴァナント・バンシーとやら、行き届かない愛娘をどうか守って貰えるとありがたい」
そう言って頭を下げる大呪士にの姿に、流石のレヴァナントも戸惑ってしまう。
「せめてもの力添えと云っては何だが……そなたにこれを渡そうと思ってな」
「これは……」
エレボスが弟子の呪士に声を掛けると、黒フードの一人がレヴァナントへ剣を手渡したのであった。見かけよりもズシリと重い歪な鞘に収まった曲剣。
「リーパー家に眠る呪剣が一振り、瞋の剣だ」
無骨に布切れを巻き付けられただけの柄を握ると、不思議なほど手に馴染む気がする。
「その呪剣は怒りや憎しみ、そして苦しみ……人の持つ業を力に変える。不死者のそなたならきっと使いこなせるであろう」
「抜かなくても、握っただけでもこの剣のヤバさがわかる……ありがたく使わせてもらうよ」
レヴァナントは剣を両手で掲げると深く頭を下げた。
「それと、昨晩そなたらが口にした終焉王についてであるが……残念ながらまだハッキリと目星が付いておらぬのだ……しかし心当たりが無いわけでもない」
「教えてくれよ、一体どんな心当たりがあるんだ?!」
静かに目を閉じると、何処かで躊躇うようにエレボスは口を開いた。
「先の大戦……その始まりと終結には一つの国が深く関わっていた。これは各国の極々一部の者にしか知り得ない秘匿事項だ」
「そのある国とは?」
エレボスはまた深く息をつく。
「西国を知っているだろう。あの国は元々内部に2つの国が政権を争っていたのだ。大戦の終結により今のヴァルハラと成り得たが、それには多くの血が流れた。軍人も市民も、あの国は余りに非情な決断を取った……いや、それは他のどの国も同罪だろうか」
心なしか震えるその声に先程までの威厳は感じられない。その代わりに強い負の感情のような、じっとりとしたモノを感じてしまう。
「滅びた国の名は[ヴィシュヌ]。戦争の元凶とされ、諸国から悪酷の生贄に祭り上げられ消されたのだ」
「ヴィシュヌ……終焉の王……」
思わず誰かが呟いていた。滅亡した国ヴィシュヌと終焉王、無関係とは思えない2つの名前に誰もが表情を曇らせたのであった。困惑する皆を一瞥するとエレボスは再び口を開いた。
「……そして、その国の主要な幹部にはこの東国出身の者もいた。私は其奴と見知った中であった」
「まさか、その人物が終焉王なのかッ?!」
レヴァナントの言葉にエレボスは静かに首を横に振った。
「そこまではわからぬ。だが、其奴は間違いなくこの世にはいない。なぜなら先代の……我が妻であるユクスの七死霊門によって葬られたのだ」
エレボスは殊更深い皺を、老年の顔にきざむのであった。
◆◆
「とにかく、こちらのほうでも終焉王については詳しく探る必要がある。数日後に開かれる神人達との会談で協力をあおぐ次第だ」
「私とキルビートはエレボス殿とその会談に臨む。その後は一度北国に戻る事にする。五賢人様達にも事情を知っている人がいるかもしれない」
ミナーヴァとキルビートの二人はレヴァナントへ片手を差し出した。二人の顔を見返すレヴァナントは、黙ったまま頷いてその手を取った。
「バンシー君、僕達はいつでも二人の力になれるよう準備しておく。だからいつでも頼ってくれ……憤怒の道化師は何処へだって必ず駆けつける!」
キルビートは何度も頷くと、いつもの通り道化師の仮面を着けてそう言い放った。思わず苦笑いになるレヴァナントであったが、どこか嬉しそうな色が浮かぶ。
「私の妹を危険な目に遭わせたら今度こそ供物に変えるわよ? しっかり守りなさい、レバーなんとか・バンシー」
アイテルはわざとらしい悪態で笑う。レヴァナントも彼女の扱いにも慣れた様子で皮肉を返す。
「妹さんが見つかったら東国へ戻って来てください。今度こそ完璧に祈祷が行える準備をしておきますね」
ステラは微笑んで彼に告げた。改めて修繕してくれた戦闘服の礼を告げる。
「南の国へは一度北国を経由して陸づたいに向かうといい。遠回りにはなるが東国から向かうより安全に入国できるであろう」
北国行きの船の手配は任せろとエレボスは言う。皆の顔を見返すレヴァナントは礼を言うと、まだ荷造りを続けていた彼女に声を掛ける。
「よし、それじゃあそろそろ向かうとしようぜ。南の騎士大国【デュランドール】へ」
立ち上がる彼女は大きな荷物を持ち上げようとするのだが、重すぎてびくともしない。呆れた笑いを向けるレヴァナントに彼女は照れたように笑って言った。
「うん、また旅が始まるね!」
不死身の男と災厄呪士の少女。二人の旅は新たな局面を迎えるのであった。




