Ep.78 おかしな面子
壁に飾られた装飾品の数々、広々とした室内には客人用と思われる椅子が無造作に並んでいる。思い思いの場所へ腰を下ろす姿を見て彼は呟く。
「それにしても良くもまぁ、おかしな面子が揃ったもんだ……」
壁際に寄りかかり一歩引いた場所で、レヴァナントは呆れたような溜め息を溢した。
「レヴァナントって本当に口の減らない男ね? せっかく好意で招き入れてあげてるのだから、感謝しなさい……痛ッちょっと、ステラッ?! もう少し優しく出来ないのないかしら?」
苦戦の末にブードゥーを退けた一行は、アイテルの手配した使いにより一度リーパー邸へと戻っていた。
「はいはい。アイテルも怪我人なんだから、もっとしおらしくして欲しいわね」
悪戯に微笑みながら包帯をきつく縛るステラに、アイテルの顔が歪む。
「――失礼します」
ノックを鳴らし扉を開けて入って来たネメシスは、両手で持った何かに注意を払いながら皆に近づいた。
「ネメシス君、もう怪我は平気なのかい? ああ、危ないっ、僕も手を貸そう!」
キルビートは彼の持つトレイから幾つかのグラスを手に取ると、一つずつ配り始めた。
「ネメちゃんありがとう!」
弟から手渡されたグラスを受けとると、タナトスは部屋の中をぐるっと見回して笑った。
「ハァー、久しぶりに賑やかだなぁ。姉弟で揃う事もあんまりないし……それに友達まで一緒なんて、なんだか今日はすごく楽しいな!」
笑顔のタナトスに皆は曖昧な表情でグラスを口に運ぶ。そんな中ミナーヴァだけは神妙な面持ちで、ただ一人を見つめていた。
「そんなに見つめて、何か私にご用かしら国選魔導士さん?」
視線に気づいたアイテルが口元に薄く笑みを浮かべて尋ねると、ミナーヴァの顔はさらに曇る。隣で座るタナトスは不思議そうに彼女の顔を覗き込むのであった。
「……あなたがネストリスに、魔導士に掛けた呪術。何かしらの訳があったとしても、やはり許す事は出来ません」
ミナーヴァは眉を寄せて上目遣いでアイテルを睨む。彼女は今にも飛び出しそうになるのを必死で戒めるように、胸元の十字架を掴んだ右手を左手で固く抑えていた。
「あら? あれでもかなり情けをかけていたのだけれど……だって本気の呪術なら、魔導士全員が即死してるもの?」
途端に張り詰めた空気が部屋を流れる。一触即発の状況で先に声を上げたのはアイテルの方であった。
「――キャッ、い、痛ッ! ちょっと、何するのよステラッ?!」
わざときつく結び上げた包帯に意外な悲鳴を上げるアイテル。意地らしい微笑みでそれを見るステラは、ミナーヴァに向けて頭を下げると口を開いた。
「ごめんなさい。この子昔から不器用で意図せず人を傷付けるような事言ってしまうところがあるの。でも本当は優しい子なのよ、ネストリスで犯した蛮行は私から代わりに謝罪します」
ステラは立ち上がると深々と頭を下げた。一瞬呆気にとられたミナーヴァであったが、すぐにまた険しい表情へと変わる。そんなやり取りに水を差すように、拍子抜けするような笑い声が聞こえた。
「ククッ……ハハハッ……ステラはまるでアイテルの保護者だな」
笑い声を上げるレヴァナントにつられるようにタナトスも笑いだしていた。アイテルは二人の笑い声にムキになって言い返す。
「ミーネちゃん。アイテル姉さんがやったことは悪い事だけど、たぶん私のせいでもあるんだ。ごめんなさい、私も謝るよ。だから全部じゃなくていい、少しだけでも許してあげて?」
真っ直ぐな瞳で見つめてくるタナトスに、ミナーヴァの毒気はすっかり抜かれてしまう。息をついて肩を落とす彼女は、無理やり笑みを作ると短く「ええ」と答えたのであった。
「とにかく皆無事で助かったんだから、今はいいじゃないですか。バンシー君にも無事に会えたことだし……ようし、祝杯の音頭はこの憤怒の道化師にお任せ下さいッ!」
一際明るい声を上げるキルビートは嬉しそうに手を叩いた。隣にいたネメシスに手拍子を強要するキルビート。うんざりした表情で渋々と応じるネメシスに、再び笑い声が起こるのであった。
◆
「……着いたみたいね」
暫しの休息をとる中、アイテルは不意に呟いた。すぐに扉を叩く音が聞こえたかと思うと、返事をする間もなく開け放たれた向こうから白髪交じりの壮年男が現れるのであった。すぐに反応したタナトスはつい先刻同様に男に手を振る。
「ゲーさん、お父さんも帰ってきたの?」
「おお、タナトスお嬢。エレボス師も当然無事にお帰りになられたぞ。おや? こりゃあ、いつの間にか団体さんだな」
リーパー家の高弟ゲーラスは広間に入るや、集まった一行を見てわざとらしく驚いて見せた。唯一ゲーラスを知らないレヴァナントだけは、首をかしげる。
「おお、アイテルお嬢にアマナミの当主候補まで。久しいな……おや、ネメシス坊。もう怪我は平気なのか?」
親しげに話すゲーラスに、レヴァナントは静かにタナトスに近付いて尋ねた。
「……おい、タナトス。誰なんだこのオッサン?」
「あの人はゲーさんだよ。リーパー家の古くからのお弟子さんで――」
「おいおい、だからタナトスお嬢の説明は要約しすぎなんだって。お前さんが噂の不死者さんか? ゲーラスだ、宜しくな」
差し出されたゲーラスの手を取ることもなく、「宜しく」とだけ告げるレヴァナント。彼は自身の情報をどこまで知っているのかわからない相手に警戒するのであった。
「まったく、揃いも揃って皆ピリピリするなよ。リーパー邸にいる客人に俺達は手を出す事なんてないぜ?」
「どうでもいい世間話はその辺にしてくれる? 市街で暴れていたのは、どんな相手だったのかしら」
参ったとばかりに頭を掻くゲーラスは、アイテルの質問に素直に答えた。
「……まったくアイテルお嬢には敵わないな。市街で暴れていた奴等はどれも人ならざる化物だった。それも……そこの兄さんと同じような不死身のな?」
ゲーラスは心底疲れたといった声色で語る。不死相手の戦いを嫌と云うほどに対峙してきたレヴァナントは、壮年男の辛苦を慮ってしまう。不死身との戦いはとても正常な精神を保っていられない事。いかに歴戦の呪士といえど、かなり消耗しているように映るのであった。
「まぁ、エレボス師や他の神人が助力してくれたお蔭で俺達は命拾いしたけどなぁ。お嬢達のその怪我見るに、そっちも似たような相手だったんだろ?」
「ええ、私のドジでとんだ手間を掛けてしまったわ」
不機嫌に鼻を鳴らすアイテルにゲーラスは微かに笑ったのであった。
◆◆
「――何を謙遜しているゲーラス。そなたの助けも我等の勝因の一つであろう」
低い威圧感のある声が聞こえたかと思うと、広間の扉が開いた。圧倒的な威圧感を感じとるレヴァナントは思わず身構える。先刻顔を合わせたばかりのミナーヴァとキルビートでさえ、背筋を伸ばして反応していたのであった。
「皆、よくぞ無事で。北の御客人、愛娘二人をよくぞ守ってくれた。心から礼を申し上げる……」
「いえ、私達ではまるで歯が立ちませんでした」
「そうです。リーパーちゃん……いえ、お嬢さん達のお蔭で助かりました」
いきなり頭を下げるエレボス・リーパーに、ミナーヴァとキルビートは恐縮したように畏まって答えた。
「最後は二人の力で倒したんだよ!」
タナトスは嬉しそうに父の元へと掛ける。エレボスは娘の喜ぶ顔を見て「そうか」と頷くと、視線を二人へ戻す。
「先刻の約束は私から他の神人達に取り付けてきた。しかしながら今回の被害ですぐには集会を開ける状況ではない。早くとも3日は待って貰う事になるかもしれぬが、如何かな?」
「いいえ、国が大変な状況にも関わらずお手数を掛けてしまい申し訳ありません。僭越ながら待たせて頂きます」
ミナーヴァとキルビートは深く頭を下げた。神人と呼ばれるギオジンの有力者との約束を取り付ける大義を成したミナーヴァは、ホッとしたように笑みを浮かべたのであった。
「……悪いが俺はそんなに長居は出来ない。なんなら今すぐにでも発ちたいくらいだ」
やり取りを黙って見ていたレヴァナントは口を開くと、壊れ掛けのガンホルダーを腰に巻き付けた。
「そなたが娘の話していた不死者か。かように急ぐ理由を聞いても良いか?」
エレボスはレヴァナントを見据えて尋ねる。初めこそ警戒したものの、微塵の敵意も感じないエレボスに対し彼は素直に答える。
「妹の身に危険が迫っている……いや、ずっと危険に晒していたのかもしれない。これ以上、終焉王の思い通りにさせてたまるかよ」
「何……そなた、今なんと申した? 終焉王だと……?」
「ああ、不死者の生みの親で奴等を束ねる親玉だ」
エレボスの表情はこれまでにない緊張を映していた。師の少し後ろに立つゲーラスでさえ、動揺を隠せないといった顔で咥えていた煙草を落としていた。
「あ、そうだ。北国で私達その人に会ったんだよ。それでその人にお父さんに宜しくって言ってた……だよね? アイテル姉さん」
「ええ。お父様なら正体を知っていると語っていました」
あからさまに狼狽えるエレボスの姿に、心配そうに弟子は声を掛ける。終焉王の名を出した途端に彼等の顔色は明らかに陰りを見せたのであった。
「エレボス・リーパーさん、あんた奴等について何かを知っているのか?」
「あ、ああ。すまんが少しだけ休ませてくれんか? そう待たせはしない……明朝、またこの場所にて伝えよう……今日は皆、ゆっくりと身体を休めると良い」
エレボスはそう言って扉に手を掛ける。納得のいかないレヴァナントを宥めるように、ゲーラスは静かに首を降った。
「エレボス師も大変にお疲れだ。今日のところは勘弁してくれないか。ギオジンを発つのは朝を待ってからでも遅くはないだろう?」
そう言ってゲーラスはおもむろに下の弟子達を呼ぶ。
「彼等の食事と寝床を用意してやってくれ。リーパー家の大事なお客さんだ、丁重に頼むぜ?」
黒いローブを纏う呪士見習いは数人現れると、ゲーラスに言われた通りに働き始める。いまだ納得のいかない顔で渋々頷くレヴァナントを、タナトスは茫然と見つめるのであった。