Ep.76 呪印と死柱
彼女の雑な説明を聞き終えたレヴァナントは、当然のように首を傾げて尋ねるのであった。
「つまり、その短剣が新しい呪いの印? まぁ、あの気持ちの悪い印を飲まさなくて良いが……一体これ、どう使うんだよ?」
「えっとね……実は私にも、わからなかったりして……」
笑って誤魔化す彼女にレヴァナントは苛立たしそうに声を荒げた。
「はあッ?! 使い方もわからないで突っ込んで来たのかッ? 前言撤回だッ、やっぱり中身はガキのまんまだった」
「だって初めて使うんだもん。わかるわけないじゃんか! 自分だって知らないくせに……」
口喧嘩を始める二人に、ミナーヴァが見かねて口を挟む。
「ちょっと、二人とも落ち着いて――」
その声を掻き消すような爆発音が聞こえると、熱を帯びた突風が三人を吹きすさんだのであった。
「あっちはアイテル姉さん達がいるほうだ! どうしよう、レバさん、早く印を付けてッ!」
「んなこと言ったってどうすりゃあいいんだよッ?! 仕方がない、とにかくその短剣を貸せ――」
タナトスの持つ短剣サイフォスの柄を掴むと、レヴァナントは一気に引き抜く。抜き身の刃は怪しい模様を光らせた。その瞬間、それを持つレヴァナントは思いもよらない行動を取るのであった。
「何しているの、レヴァナント?!」
「レバさん!」
刃を自身へ向けて握り締めたレヴァナントの右手は、左の胸のあたりへ切っ先をあてがう。彼の左手は反対にその刃を止めようと必死に抑えているように見えた。
「お、俺じゃねぇよ……クソッ、なんだこの短剣?! 右手が勝手に――」
顔を歪めて抵抗するレヴァナントの胸部に、短剣の切っ先はついに突き刺さる。ズブズブという鈍い音と、滴り落ちる赤い雫。レヴァナントの顔には油汗が滴り落ちる。やがて不気味な装飾はレヴァナントの鮮血で紅く塗り潰されると、その刃は完全に彼の左胸を貫いたのであった。。叫声を洩らし白目を剥いた不死身の男は、再び意識を取り戻すと短剣を引き抜いた。
「――ッ、痛ッてぇなッ!? ――って、何だこれ?!」
「ああっ、私の短剣がっ!」
握り締めた短剣の柄からはその刀身が消え失せていた。目を疑うような事態にレヴァナントは血で汚れた傷痕を何度も触れて確かめる。
「どうゆう事なの、刃は確かにレヴァナントを貫いていたはず……」
「もしかして、あの刃自体が印って事なのか? 普通の人間なら今ので死んでる、となると……タナトスッ、これで七死霊門が使える筈だ」
レヴァナントとミナーヴァの二人は羨望の眼差しで、少女を見る。
「せっかくお母さんに貰った私の短剣がぁ……」
等の本人は全く別の事柄に、項垂れてすっかり意気消沈しているのであった。
◆
「いいから早く呪術を使ってくれよ?! アイテル達が危ないんだろッ」
「そんな事言っても……死柱が一本が失くなったし、もともと使い方わからないし。残った短剣だけでどうしたらいいんだろう……」
タナトスは残ったもう一本の短剣を見つめて戸惑うような表情を浮かべている。尚も続く爆発の音に焦るレヴァナントは、つい大声で叫んでしまうのであった。
「いいからやるだけやってみろッ! これまでどうやって七死霊門使ってたか、覚えてるだろ?!」
「だって、いつもならレバさんが死んだら勝手に死柱が光ってて……それで……えぇっと……」
それまでほとんど無意識のうちに七死霊門を扱っていたタナトスには、呪術の正しい使い方がわからないのであった。レヴァナントの大声に気がついたのか、屍の巨人は再び動き始める。
「まずい、気付かれたッ! 二人は一先ず逃げてッ」
動き出す巨人に気がついたミナーヴァは、再び雷撃を周囲に放つ。彼女の目配せの意図を汲み取るレヴァナントは、タナトスの手を引き駆け出す。
「うわっ、急に走り出さないでよレバさん――」
「ミナーヴァが囮になってる今がチャンスなんだ。タナトスッ、とにかく呪術を試してくれ!」
稲光と爆発音が周囲に轟く。激しい戦場に変わる荒野は夜の闇を掻き消す閃光で照らされる。
「頼むッ! このまじゃあ、全員奴の手に……」
二人は一時の安息地に足を止める。タナトスは燃え盛る二つの戦場を見据えて、歯がゆそうに顔を歪めたのであった。
「……皆を助けてっ、七死霊門、お母さん……!」
跪く様に短剣クシフォスを地面に突き立てると、タナトスは叫んだ。同時に離れた場所でこれまでにない程の激しい爆発が巻き起こる。少し遅れて届く突風に吹き飛ばされそうなる二人。
「そんな……アイテル姉さん達が……」
爆発はアイテル達が襲われていた方角。遠目で見る限りブードゥーの攻撃は辺り一帯を焼き払っていた。
「間に合わなかった……」
タナトスは茫然と顔を落とす。隣に立つレヴァナントは項垂れる彼女の肩を何度も揺り動かした。
「タナトス、見てみろ……やっぱりお前、とんでもねぇ呪士だ……」
「え……?」
彼の呼び掛けにタナトスは顔を上げた。焼け焦げた匂いに包まれる荒野の先には、不自然な二枚扉が佇んでいる。
「……あれって、私の裂傷門だっ! 私、間に合ったんだっ。やった、やったよ、レバさんっ!」
「ああ、この距離で見てもあの大きさ……前より相当デカい扉が出たもんだな。さぁ、次はそろそろ俺たちの反撃と行こうぜ?」
レヴァナントは座り込むタナトスを立たせると静かに頷く。彼の力強い笑みに頷いて返すと、タナトスは叫んだ。
「七死霊門、裂傷門。開きます――」
遠くで開く巨大な扉から、金切り声が広がってゆくのであった。
◆◆
ブードゥーによる無差別な爆発が静まると、身を屈めて二人を守る半獣の男は恐る恐る目を開ける。
「あ、あれ? 僕ら無事だ……一体どうして……?」
「……なによあの子、ちゃんと出来るんじゃない」
キルビートの後ろからアイテルは小さく呟いた。振り返ろうとする彼は違和感に気がつく、いくら夜とは言えここまで圧迫感のある暗闇は感じたことがない。
「タナトスちゃん上手くいったみたいね。それにしても初めて見たわ……それもこんなに間近で」
ステラの視線をずっと上の方まで動かす。彼女に連れて見るキルビートは、ようやく眼前の存在に気がついたのであった。
「こ、これは?! 巨大な、扉……?」
キルビートは初めて見る巨大な二枚扉に目を丸くして驚く。
「あの子がさっき短剣を突き立ててたこの場所……ギリギリで扉が盾に成ってくれたって訳ね」
「リーパーちゃんの仕業なんですね?! やった、これで僕らも助かる――」
「いえ、事はそんなに甘くないです。このまま私達が留まれば、彼女の呪術で即死でしょう。さあ、早くこの場を離れましょう!」
ステラは立ち上がるとアイテルに肩を貸した。キルビートは慌てて二人を背にのせると、巨大な扉に一瞥を投げる。
「リーパーちゃん、後は頼んだよ……!」
踵を返すキルビートが駆け出すと、不気味な金切り声が後ろから木霊するのであった。




