Ep.75下 呪われ不死者の選択
75は上下でわかれてます。
ブードゥーによって作り出された屍の巨人は、ようやくその拳を止めていた。巨大な拳によって巻き上げられた土煙は、意図せず標的の存在を見失わせていたのであった。
「レバさん、早く七死霊門でやっつけよう!」
レヴァナントへと手を差し伸べる彼女は、嬉々とした表情で急かしていた。その手を取ることを躊躇うように、レヴァナントは眉を寄せ視線を反らす。
「どうしたの? 急がないと、また暴れ始めちゃうよ」
「……ああ、わかってる」
表情を曇らせる彼の姿にタナトスは困惑していた。傍らで二人を見守るミナーヴァには、躊躇する彼の感情が読み取れていたのであった。
「レヴァナント……あなたまた、北国の時のように暴走してしまう事を恐れているのね」
ミナーヴァの問いかけに彼は無言で頷く。
「……あの時の事はうろ覚えだ、また同じことが起こらないなんて保証はない。万が一にでも俺が種に飲み込まれたら、その時はまた……」
レヴァナントは思い悩むように頭を抱えた。城での暴走をアイテルから聞いていた彼は、ずっと自責を胸の隅に抱えていたのである。
「……正直に言って、ビビってんだよ。今度こそ誰も止められない本物の化物になるんじゃないかって。お前も、ミナーヴァも、ここにいる奴等全員を手に掛けるなんて事だって――」
彼の脳裏には先刻のバステトの姿が何度も繰り返されるのであった。思い出す度にその手をきつく握り締める。
「レバさん……」
タナトスは項垂れた彼に近づくと、固く握り締められたその手を取る。
「なんだ、そんな事か……てっきりこの前の敗けで私の七死霊門が信用されてないのかと思って心配した」
思いがけない彼女の言葉に、レヴァナントは呆気にとられて顔を上げてしまう。
「そんな事……? バカな事言ってんなよッ、俺の暴走がなければネストリスの王様も死ぬことはなかったッ! それにお前だって――」
声を荒げるレヴァナント、それでも彼女は困ったように笑って続けた。
「うん、確かにこの前は敗けたよ。だけどあれはレバさんのせいじゃない。きっと私の心が弱かったから」
タナトスはわざとらしく自分の頭を叩く真似を見せる。
「呪術の力ってね、呪士の精神に由来するんだ。あの時、姉さんに簡単に呪詛返しされたのも、レバさんに掛けた呪術が暴走したのもきっと私のせいなんだよ」
「何の……話しだよ?」
今度は彼女が潮らしく頭を下げていた。レヴァナントは訳もわからず聞き返してしまう。
「私ね、あの時は呪術を……ううん、七死霊門をちゃんと使えていなかったと思うの……」
ミナーヴァは初めて目にするタナトスの表情と戸惑うレヴァナントに、声をかけられずただ傍観してした。
「本当はもっと前から上手く扱えなくなっていたんだ。もしも扉から出た怨霊に、皆を巻き込んだらって心のどこかで思ってた……初めて出来た失いたくない人達に、無意識に扉を開く事を拒んでたのかもしれないね」
レヴァナントの握り締めた拳は、いつの間にかゆっくり力が抜けていた。
「だけどネストリスで王様に……ついさっき扉の向こうでもお母さんにも言われて、ようやくわかったんだ。何かを守りたいって思う気持ちは決して間違ってない。それが私の願いなら、必ず七死霊門答えてくれるって」
タナトスはそれまで見せたことのない真剣な眼差しで二人を見つめると、すぐまた幸せそうに顔を崩した。
「大丈夫。私を信じて?」
真っ直ぐな彼女は目をそらさない。レヴァナントはその答えを探しながら、言葉を選ぶのであった。
「……アイテルから詳しく聞いた。九死霊門の呪いも、お前が背負わされた呪いも」
並大抵の覚悟では背負いきれない程の不幸を生まれながら持つタナトス。そんな彼女を守りたい一心で呪いを掛けた悲しき家族達。それでも笑って手を差し伸べる彼女の姿に、レヴァナントの胸は締め付けられていた。
「お前……出会った頃から、随分成長したんだな」
「見ての通りだけど? 背もこんなに伸びたしね!」
自慢気に両手を広げて見せるタナトス。乾いた笑いを吐き出したレヴァナントは首振った。
「俺が言ってんのは中身の方だよ。無茶苦茶で、無鉄砲で、あのちびっ子呪士が立派になったもんだ……」
「あー、レバさん酷い! 今のは悪口だよ、今度暴れたら八番目の怨霊になって貰うからね?」
二人はどちらともなく笑いあっていた。話が見えないミナーヴァには、不思議な光景に映る。
「仕方がない、久しぶりに半人前呪士の手助けでもしてやるか」
レヴァナントは憎まれ口で彼女に手を差し出した。
「酷い言い方だなぁ。目つきと口の悪い不死者さん? 宜しくお願い致します」
タナトスはそう言って彼に短剣を差し出すのであった。