Ep.73.5 襲撃と多弁な姉
Ep72とEp73の間の話になります。
レヴァナント達がブードゥーと交戦する少し前、その裏側で事態は進むのであった……
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リーパー邸に戻ったタナトス達は負傷したネメシスの手当てを給仕に頼んだ。幸いな事に邸宅にはエレボス・リーパーの弟子達が大勢集まっており、その中には医術の心得のある呪士も在中していた。一安心するタナトスは、ミナーヴァと共に身支度を整えるのであった。
「姉さん用に卸す下着があって良かった。黙って借りたら怒られちゃうし……姉さん結構細かいからなぁ」
姉の部屋で着替えを済ませたタナトスは、満足そうに鏡の前に立つ。
「まったく……多少身なりが変わっても、あなたらしいわ」
呆れ顔でミナーヴァは呟いた。まじまじと見るタナトスの姿はギオジンへやって来たばかりの頃とは別人に思えてしまう。
「そのローブ、少し短くなったんじゃない?」
ミナーヴァは彼女の羽織る純白のローブを指した。足首まですっぽりと覆っていた白狼のローブも、今では膝上までしか届いていない。
「……本当だ、でもいいの。これ西の国で友達に貰った宝物だから!」
屈託なく笑う顔には、幼い容姿の頃の彼女が少しだけ垣間見得る。ミナーヴァはそんな彼女につられて微笑んだ。
「さぁ着替えも済んだ事だし、私達も戻りましょう。キルビートも待ってるだろうし」
「そうだね。次はレバさん探さなくちゃ」
扉を開けるタナトスに、ミナーヴァは懐にしまっていた封書を取り出して告げる。
「それと五賢人からのこの書状を、【神人】とやらに渡さなければ。ねぇタナトス、その神人ってゆうのはどうゆう人物か知っている? 神人達って事は少なくとも一人ではないのよね?」
廊下へ出た二人はキルビートの待つ応接間へ歩きだした。エレボス・リーパーの口から語られた【神人】という存在は、話の流れからしてギオジンの政を取り仕切る人物に違いない。ミナーヴァは界雷の五賢人トールから預かった書状をその人物に渡すという使命が任されていたのである。
「知ってるよ。神人はこの国で力のある家元が集まった集団で、お父さんもその一人だよ」
「ギオジンの有力者の集まり……」
エレボス・リーパーの凄まじい迫力を思い出すと、ミナーヴァは息を呑んだ。万が一その神人達に国力を落とした北国の状況を知られてしまったら、間違いなく侵略を許すことになる。それだけにミナーヴァの大使としての交渉が試されるのであった。
『もう許してくださぁいーー』
応接間の扉に手を掛ける二人は、中から聞こえた悲痛な叫び声に足を止めた。声の主は間違いなくキルビート。顔を見合わせた二人は慌ててノブを回したのであった。
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「……もう勘弁してくださぁい」
応接間の中央で黒ローブの集団に囲まれるキルビートは、両手を挙げて懇願していた。思わぬ光景に二人は唖然としてそれを見る。ようやく戻ってきた二人を見つけた彼は、救世主に縋るが如く叫ぶのであった。
「リーパーちゃんっ、ミネルウァさん! この人達を何とかしてくれぇ――」
取り囲まれたキルビートは嘆く。彼を囲む呪士と思わしき集団は、見慣れぬ異国の奇人服に興味津々で観察を続けるのであった。
「道化師さんはここでも人気者なんだね!」
「ププッ……馬鹿言わないの。早く助けないとキルビートが気の毒よ?」
見せ物のようにあちらこちらをまさぐられるキルビート、二人は思わず笑いを堪えられなかった。
「お、もしかして……タナトスお嬢か?」
二人の後から応接間を訪れた男は、タナトスをまじまじと見つめてそういった。不意に現れたその男に咄嗟に反応するミナーヴァであったが、タナトスの様子を見てすぐに警戒を解く。
「あっ、ゲーさんだ! 久しぶりだね」
「やっぱりタナトスお嬢だったか。しばらく見ないうちに随分べっぴんになったな! それにその修道服……まるっきり先代の生き写しみたいだ」
タナトスに話しかける白髪混じりの壮年男は、嬉しそうに彼女を見る。柔和な表情のその男から明らかに部屋に集まった呪士とは異なる圧を感じるミナーヴァは、親しげに話す二人を交互に見据えた。
「珍しいね、どうしてゲーさんがここにいるの?」
「ああ。エレボス師から、ちと用事でな。市街の方で騒動が起こってるらしいのさ」
「市街で騒動?」
タナトスは尋ねる。男は困ったような複雑な表情で答えた。
「さぁな、俺も詳しくはまだ聞かされていないんだが。なんでも得体の知れない奴らが暴れまわってるらしいのさ」
「ゲーさん達が呼ばれる程、手強い相手なの?」
壮年男は額に深い皺を浮かぶほど顔を歪ませると続けた。
「俺も半信半疑なんだけどな……なんでもソイツらいくら殺しても死なないらしい。突然沸いて出てきた不死の軍団に今、神人達は躍起になって策を考えてる。念の為、俺達にまでお呼びがかかった次第さ」
「不死の軍団?!」
黙って二人の会話を聞いていたミナーヴァは思わず口を挟んだ。不思議そうに彼女を見る壮年男にタナトスが口を開く。
「彼女はミーネちゃん。北国から来た私の友達だよ! ……で、この人はゲーさん。お父さんの古くからのお弟子さんだよ!」
「おいおい、お嬢……説明が簡素すぎるだろ。俺はゲーラス。リーパー家の呪士をしている者だ、宜しくなお嬢さん」
ゲーラスと名乗る男は気さくに片手を伸ばす。ミナーヴァはまだ警戒をしているようで、その手を取るまで少し間が空いたのであった。
「お初に御目にかかります。私はミナーヴァ、北の使者として東国へやって参りました。先程のお話ですが不死の軍団とは……」
ゲーラスの握手に応えるミナーヴァは、挨拶もそこそこに尋ねる。彼は首を傾げてそれに答えた。
「さっきも言ったが俺達もまだ詳しくは聞かされていないんだ。ただおよそ人間離れした外見の奴等ってのは呼び出された時に言われたよ」
ミナーヴァは思い当たる不死身の姿を連想してしまう。アマルフで邪教と呼ばれ、ネストリア城を襲撃した悪魔と呼ばれた存在。そしてそれを束ねる終焉王。嫌な予感が彼女の脳裏を掠めたのであった。
「それより、お嬢さんなかなかの腕だね。流石ネストリスの使者というだけあるな。あっちの奇人さんもお仲間なのかい?」
ローブの集団に囲まれる男を指してゲーラスは笑って尋ねた。両手を挙げ白旗をあげるキルビートの姿を見て、ミナーヴァは恥ずかしそうに頷くのであった。
◆◆
『――エレボス師がご帰還された。皆集まれ!』
蜘蛛の子を散らすような一声で、黒ローブの集団はキルビートから離れていった。困惑するミナーヴァとキルビートをタナトスが手招いたのであった。ふと見渡すとローブ姿の集団は扉に向かい合う様に並び、姿勢を正している。
「皆の者、良く集まってくれた」
扉を開けて現れたエレボス・リーパーが一声発すると、一同の緊張感はさらに高まった。
「エレボス師、状況を説明してほしい。神人達の判断はどうなっているんだ?」
緊張する他の呪士を他所に、ゲーラスは物怖じせずにエレボスに尋ねる。
「ゲーラスか、良く来てくれた。事態は殊の外深刻だな。市街に現れた賊は十名にも満たない数で、術士ではない一般人を無作為に殺めている」
「他の術士や牛頭馬頭はどうしたんだ? 不審な輩が入れば即動いてるはずだろ」
「既に何人かの呪士や祈祷士が駆けつけたが、賊の使う奇妙な術によって殺られている。その中にはアマナミ家の祈祷士もいたのだが、一人も仕留めきれなかったそうだ」
エレボスは険しい顔で息をついた。
「アマナミの祈祷士でも歯が立たない?! まさか賊は本当に不死身だなんて言わないよな?」
動揺するゲーラスの問いに、エレボスはわからないといった風に首を振った。
「転生変換術……」
ミナーヴァは思わずその術の名を口走ってしまう。
「北のお嬢さん、何か知っているのか?」
「私達の国に現れた敵と、ギオジンで暴れている賊は恐らく同一かも知れない。もしそうなら、不死身は本当です」
ミナーヴァの言葉にざわめく呪士達。彼女の言葉に続くようにキルビートが口を開いた。
「奴等は転生変換術という一種の変身を行って、神話に出てくるような怪物の力を操るんです」
一際ざわつく弟子達に、エレボスは咳払いで静めた。
「神話の怪物か……そこに不死身の身体となれば確かに厄介。こちらは手数で勝る他あるまい。他の神人達も精鋭を率いて既に市街地へ向かっている、我も戦場へ赴こう、リーパーの誇りに掛けて賊を葬ってやれ」
師の一声は弟子達を奮い立たせたのであった。勇み立つリーパーの呪士達は一様に武器を手にして応接間を後にして行く。そんな中、タナトスは父に声を掛けるのであった。
「お父さん、私達も手伝うよ」
「タナトスか……無事に祝詞は解けたようだな。かような祝詞を掛けてしまった父を許してくれとはいわぬ、ただ……すまなかった」
エレボスは深々と頭を下げた。
「私ね、宝庫でお母さんに会ったよ。そこで全部聞いたんだ……皆の思ってた事、ちゃんと理解できた。今までありがとう、だから顔を挙げて」
「タナトス……すまない」
エレボスはそれまでとは違う、父親の表情に変わっていた。照れ臭そうに笑うタナトスにつられて、口元を弛ませるエレボス。
「それでね、私達もその不死の人達とちょっとした関わりがあるの。だから私達も市街へ――」
タナトスの言葉は世話しなく応接間へ駆けつけた、一人の呪士に遮られたのであった。
◆◆◆
『エレボス師、申し上げます! 只今緊急の連絡が入りました、此方を――』
弟子の呪士はエレボスへ一枚の紙を仰々しく手渡すと、一礼をして去っていった。エレボスは手渡されたその紙を見て眉を寄せた。
「お父さん、どうしたの?」
「……タナトス。お前にはアマナミ家の社へと向かってほしい」
エレボスは読み終えた紙切れをタナトスへと渡す。そこには姉からの急を要する事柄が綴られていたのであった。
「アマナミの社にて、ブードゥーと交戦中……? 勝ち筋は薄い、至急応援を求む……アイテル姉さんが誰かに襲われてるの?!」
「ああ。多弁なアイテルがこんなにも簡素な連絡を送るということは、状況はかなり逼迫しているのであろう」
エレボスは険しい表情で告げる。タナトスはその顔を見るや、取り乱していた。
「今すぐいかなきゃ! お父さん、アイテル姉さんが弱音を吐くなんて普通じゃないよ!?」
ミナーヴァとキルビートは、彼女の慌てる姿に言葉を掛けられないでいた。
「……北の御客人よ。重ねての願い大変心苦しいのだが、またこの子の力を貸してくれないか? もちろん、その代わりといってはなんだが謁見の場に置いて我はそなたら側に付こう。神人の一人として必ず守ると誓う」
「かような配慮ありがたく受け入れます。ですが、私達は元より彼女の力になるべくこの地へ出向いています。ご心配には預かりません」
ミナーヴァはエレボスを見据えて言いはなった。
「もちろん、僕らはリーパーちゃんの願いのためにここにいますから!」
キルビートは精一杯の強がりで答えた。二人の姿を見つめるエレボスは、いっそう深く頭を下げるのであった。
「不遇な娘をお頼み申す。貴殿らの勇姿は我が必ず神人達に伝える。娘をどうか御願い致す」
エレボスは重たい一言をのべると、歴戦の勇姿さながらの笑みを浮かべた。訳もわからないタナトスはすぐに口を開く。
「どうゆうこと? 私……結構強くなったよ、お父さんは信用してないの?」
困り顔のエレボスは、全てを語る事のなく話した。
「ああ。そうだな。タナトス、今のお前ならばきっとアイテルを救えるだろう」
エレボスは彼女に掛けられた祝詞の全てを告げることはなかった。
「ミーネちゃん、道化師さん! 早く行こう。レバさんもきっとそこにいるよ!」
「……ええ。向かいましょう、レヴァナントの処へ」
「バンシー君ならきっと平気さ」
二人の言葉はタナトスを勇気づけるのであった。




