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呪われ不死者の七つの死因【セブンデスコード】  作者: 夏野ツバメ
東の大国 【神の国ギオジン】編

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Ep.71 九死霊門 

 見覚えのある大きな扉を開いて姿を表した女性は薄紫色の短い髪を耳に掛けると、タナトスを迎えるように両手を伸ばした。

 見間違いではないと確信してタナトスはその腕の中へと飛び込むのであった。


「やっぱりお母さんだ! 会いたかった……ずっと何処に行ってたの?」


「寂しくさせてごめんね。……あなた、しばらく見ない間にこんなに大きくなって。そっか、最後に見たのはまだ十歳位だったものね」


 タナトスの母、ユクス・リーパーは優しく彼女の頭を撫でる。暫く会わない間に自分と背丈が変わらない程成長した娘の姿に、とても喜んでいるようであった。


「どうしてお母さんがこんな所にいるの? ううん、他にも沢山聞きたいことがあって……」


久しぶりの再開にタナトスの頭の中は喜びと驚きで混乱していたのである。何から話せば良いのか、母の胸に顔を埋めて必死で考えていた。


「やだ、あなた髪がボサボサじゃない。それに何よその服、全然サイズも合ってない。こんなの着てたら苦しいでしょ? ちょっと待ってなさい、ええっと……何かあるかしら……」


 ユクスはタナトスの姿をまじまじと見るや、慌ただしく扉の中へ戻ってしまった。

 突然の出来事にタナトスは母の言いつけ通り呆然と待つのであった。すぐにまた重厚な音を立てて扉が開くと、ユクスは何やら両手に抱えて姿を表した。


「良かったわ、ちょうど良さそうな物があって……ほら、早くこれに着替えなさい! 私の修道服だけど、背丈も殆ど変わらないし入るわよね」


「え、ちょっ、ちょっとお母さん。ここで着替えるの?」


「当たり前じゃない? そんな寸足らずな格好恥ずかしくて外歩けないでしょ?! ほら、ちょうどいい感じのブーツもあったから……あなた足も私と同じ位よね?」


 母ユクスの猛烈な勢いに娘のタナトスは圧倒されるのであった。



「ほらやっぱり! ピッタリじゃない、似合うわよ。お母さんの若い時そっくりね」


 ユクスの言いつけに従い手渡された母の修道服を着たタナトスは、困ったように笑う。若き日のユクスが着ていたであろうその服は、幼い記憶の中で見覚えがあった。


「さてと、次は……こっち着て座って。髪も結ってあげる」


「う、うん。あ、あのね、お母さん……」


「うん、何? あ、ほらちょっと動かないで!」


 手早くタナトスの長い髪を二つに結わくと、ユクスは角度を変えそれを見ては手直しを繰り返した。


「……そういえば、お母さんって昔から髪結ってくれるの苦手だったよね」


「えっ、何か言った?」


 手こずる母の姿に幼少期の出来事を思い出す。もともと短い髪型の母は、いつもアイテルとタナトスの髪を結うのに異様に時間が掛かっていたのだ。


「うーん、まぁ、こんなもんか! ほら、素敵になったじゃない」


 ようやく納得したユクスはそう言ってまた彼女の頭を撫でる。懐かしい感情でタナトスの胸はいっぱいになっていた。


「それにしても本当に大きくなって。ここに来たって事は、お父さんから色々聞いたの?」


「ううん、なんにも聞いてないよ。私、宝庫(ここ)には新しい死柱を探しに来ただけで……あ、そうだった……あの、その、お母さんから貰った死柱……実は……」


 タナトスはバツの悪そうな様子で口ごもる。そんな彼女を見てユクスはすぐに理解したように口を開いた。


「どうせ死柱壊したとかでしょ? 良いのよあんなの私が使ってる頃からずっとオンボロなんだから」


どうやら怒っていない様子の母を見てタナトスはほっと胸を撫で下ろした。


「そんな事より何でお父さんは何も話していないのよ!? ほんっと信じられない……そういう所がいつも気が利かないのよね。全く話しづらい事は全部人任せなんだから」


 ユクスは腹立たしそうに不満を漏らしていた。一体何の話をしているのか、タナトスには全く検討がつかないのであった。


「何が『九十八代』代理よ? 全然役に立たないんだから……はぁー……仕方ない、私から話すか」


「お、お母さん、何の話をしてるの?」


 タナトスは途端に疲れた表情に変わる母に尋ねた。一呼吸おいてユクスは娘の目を見て口を開いたのであった。


◆◆

 

「今私達がいるこの空間が何かわかる?」


 突然の母の問いにタナトスは首を横に振って答えた。


「そこからの話ね……タナトス、ここにある複数の扉に見覚えない?」


「見覚えって……あ!」


 何かに気がついたタナトスは確かめるように指で扉を数え始めた。


「裂傷門に罹病門、それに水禍門と……」


「そうよ。あれは七死霊門(セブンホーンテッド)の反対にある扉。怨霊達はね呪術によって自由に暴れた後、ここにお礼の財宝を残すの。それがリーパー家に代々続く財産になる」


 ユクスは百雷門を指差した。扉の前にはアマルフで対峙した大牛(カトブレパス)の目玉が大きな水晶玉に成って転がっていた。


「あれ? でも扉の数がおかしいよ、八つ目の扉は私知らない」


 タナトスが指で数えた巨大な扉は全部で八つ存在していた。『七死』のはずの霊門に、何故かもう一つ見たこともない一際大きな扉が佇んでいたのである。


「あれは八門、最後の扉よ。あれが完成すれば七死霊門(セブンホーンテッド)は真の力に戻る……それが『九死霊門』」


「きゅ、『九死霊門』……?」


七死霊門(セブンホーンテッド)はいわば未完成。本来のこの呪術は八体の怨霊と一人の門番によって開かれる、その威力は単純に単体の霊門の九倍って所ね……例えば、大陸なんて軽く一つは消し飛ぶ位よ」


 初めて聞かされる七死霊門(セブンホーンテッド)の真実にタナトスは驚いていた。たった一つの呪術で大陸が消滅するなど、どう考えてもあり得ない話を母は真面目な顔で語っていた。


「お母さんはその九死霊門が使えたの?」


「まさか? 私は受け取らなかった。ただ、もしかしたらあなたはその力を手にするかも知れない」


 ユクスの表情は途端に冷たく変わっていた。


「いずれ選択を迫られる。お父さん達があなたに祝詞を仕掛けていたのは、少しでもその時間を伸ばしてあげる為よ。皆あなたの事を思っての事だから、決して怨んだりしたら駄目よ」


「私に……祝詞……?」


 タナトスはようやく気がついたのか、自身の身体を見た。ユクスの声は一段と暗くなる。


「成長を止めていたのよ。あと数年であなたも大人になる、呪術期限はもうすぐそこまで来ているの」


「それならどうしてお母さんは平気だったの? だって昔は普通に、一緒に暮らしていて……」


  言い終える前にタナトスは気がついてしまっていた。母が門の内側にいた理由、そして自分が門の外に存在する理由。タナトスが初めて七死霊門(セブンホーンテッド)を使えた十歳の頃、それから暫くして母は居なくなったのであった。


「……そこまでは考えなくていいの」


 ユクスはタナトスを抱き締めると、泣き出しそうな娘に囁いたのであった。


「私は自分で決めた。あなたも自分で決めなさい」


「だって、それってわたしの……」


「私の母親も、そのずっと前の先祖からしてきた事。親だったらなんて事ない普通の事よ」


 ユクスは泣き出した娘の頬を優しく撫でると、優しく微笑むのであった。



◆◆◆


 どれくらいの時間が経過したのだろう。タナトスはしばらく母と過ごしていた。初めはただ泣きじゃくるばかりのタナトスであったが、母の頼みに渋々口を開いていた。

 ユクスは自分の知らない娘の話を聞かせてくれと頼むと、それを嬉しそうに聞いていたのであった。


「それでね、アイテル姉さんも酷いんだよ? 妹に呪詛返しまで使ってくるし……」


「アイテルは相変わらずしっかりしているのね。お父さんもネメシスも元気にしている?」


 久しぶりに過ごす親子の時間には終わりが来ることを、タナトスは理解していた。ひとしきり娘の話を聞き終えると、ユクスはまた少し待っていてと扉の中へ消える。すぐに戻って来たユクスは持ってきたモノを娘に渡す。


「これは……?」


 母から渡されたそれは、二本の短剣だった。


「クシフォスとサイフォス。あなたの新しい死柱にしなさい。これね、私が初めて裂傷門を開いた時に怨霊から貰った財宝なの」


 タナトスはその内の一本を鞘から抜いてみる。装飾の施された刀身は角度を変えると不思議な色彩を輝かせていた。


「すごく綺麗……お母さん、ありがとう」


「どういたしまして。さぁ、そろそろあなたも戻りなさい」


 ユクスは娘を立ち上がらせると、出口の扉へと連れて歩んだ。


「お母さん……また会えるよね?」


 涙を堪えるタナトスは譲り受けた二本の短剣を胸に抱いて尋ねる。


「当たり前じゃない? いつでも会えるわよ」


 ユクスは笑顔を絶やさず扉に手をやる。巨大な扉はゆっくりと開き始めた。


「……タナトス、きっとあなたなら大丈夫よ。お母さん、こんなに才能のある呪士は見た事ない!」


「お母さん……私、他の呪術はまったく駄目だよ」


「あら? 私だってそうだったよ」


「そうなの?!」


 タナトスとユクスは互いを見て笑いあった。そして開かれた扉の向こうに先程の地底湖が見えてきたのである。


「いってらっしゃい! 皆に宜しくね」


 ユクスは優しく娘の背中を押すと、手を振って見送った。


「……お母さん、またね。いってきます!」



 タナトスは必死にいつもの笑顔で答える。扉を出た彼女の頭を赤黒い巨大な腕が優しく撫でるのであった。





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