Ep.69 七死霊門の秘密 禁足地
リーパー家の宝庫を目指す、タナトス、ミナーヴァ、キルビートの一行。立ち寄ったリーパー邸にて父エレボス・リーパーに云われ弟のネメシス・リーパーと共にリーパー家の宝庫を目指していた。
オルトロスと呼ばれるリーパー家の飼い獣。二つ頭の巨大な狼は四人を乗せ、休む事もなくひた走っている。
「ねぇ、そういえば先程あなたの父上は代理って言っていたわよね。そうなると本来のリーパー家当主は誰になるの?」
ミナーヴァは先刻居合わせたタナトスの父の話を思い返していた。圧倒的な威圧感を見せたエレボス・リーパー、彼は自身を当主の代理だと語っていた。
「ちょっと、いきなり失礼なんじゃないんですか?」
答えたのはネメシスだった。家を出てから彼はずっと不機嫌そうである。
「うん、そうだよ。本当の九十八代は私のお母さん」
「……ちょっと、タナトス姉さんッ!」
タナトスは屈託なく答えたが、その様子に弟はまた眉を寄せていた。
「お父さんもお母さんも健在だってバンシー君が前にリーパーちゃんから聞いたって言っていたけど。お母さんは今何処かに行っているのかい?」
横で聞いていたキルビートも興味を持ったらしく尋ねた。それを聞いたネメシスは一層怒りを露にしたのだ。
「いい加減にして下さい! 失礼にも程がある、勝手に人の家の都合を詮索しないでくれませんか?」
「ご……ごめんなさい」
「ごめんなさい……」
キルビートとミナーヴァはネメシスの怒声に頭を下げた。彼がそこまで怒る理由がわからない二人は渋々と口を紡いだのであった。
「こらっ! ネメちゃんの悪いところ出てる。歳上の人は敬わなきゃって、レバさんも言ってたよ?」
「誰だよレバさんって……だいたい、姉さんはもっと人を疑う事を覚えた方がいいんだよ!」
睨み合うリーパー姉弟。険悪な二人を止めようとキルビートは間に入った。
「まぁまぁ、無神経に聞いた僕らが悪いんだ。ネメシス君、申し訳なかった。ね? リーパーちゃんも抑えて抑えて……」
キルビートは慌てて姉弟を宥める。納得いかないといった様子で互いにそっぽを向いた。
「……ねぇ、もしかしてあの建物が宝庫?」
いつの間にか変化している景色に気がついたミナーヴァは、遠くに見えるナニカを指差し尋ねたのであった。
◆
リーパー家の宝庫と呼ばれる建造物は見るからに禍々しい。歪な形に曲がる屋根や外壁は、どう見ても普通の宝庫ではない事を物語っていた。
「さぁ、到着。オルトロスはここで待っててね」
飛び降りたタナトスが片手を伸ばすと、巨大な狼は頭を下げて服従の意を表す。彼女に続いて恐る恐る降りるミナーヴァとキルビート、ネメシスはすでに建物に歩み寄っている。
宝庫の扉の前で待つネメシスに三人が追い付くと、重厚な石扉がゆっくりと開いたのであった。
「おや? これはこれはネメシス坊っちゃん。宝庫に何かご用ですか」
「宝庫に入らせて下さい。父上からの許しは得ています」
石扉の向こうから出てきた人物をネメシスは知っている様である。黒いローブの男はネメシスと何かを話していた。
「あの人はたぶん、お父さんの御弟子さんだよ。宝庫の管理は弟子の呪士さん達が交代で見張ってくれてるの」
「ということはあのローブの人も呪士なのかい?」
「そうだと思うけど。私は初めて見る人だ……」
タナトスが首を傾げて見ていると、歓喜の声をあげたその男が近づいてきた。
「タナトスお嬢様、ついに当主に成られるのですね! これはめでたい、本当におめでとうございます」
男はタナトスに深く頭を下げると、両手を叩いて喜んだのであった。
「まだ当主に成れた訳じゃないよ? 私はまだまだ未熟者だし……」
「何を仰いますか。エレボス様から宝庫への入室許可が出たという事は、実質的に九十九代の継承でしょう? ……そんな瞬間に立ち会えるなんて、私は本当に嬉しく思います」
タナトスは困った様に笑う。ローブの男はさも嬉しそうに彼女を称えていた。突然のやり取りをミナーヴァとキルビートは訳もわからずに二人を見ている。ネメシスだけは何処かで不服そうな表情でいるのであった。
◆◆
「さぁどうぞ。タナトスお嬢様、足元にお気をつけ下さいね」
ローブの男の案内で四人は建物の中を進んでいた。わざとらしい程タナトスに気を遣うその男は、時折振り返りながら先頭を歩く。
「さっきの当主に成るって、宝庫に入る事が世代交代の儀式か何かなの?」
「うーん、私はそんな事聞いたことないけど。それにお母さんから聞いていた宝庫とは、ここはちょっと違うような……」
タナトスは珍しく眉を寄せて何かを思い出していた。
「本来、宝庫はリーパー当主しか立ち入る事が出来ない場所。父上からその許しが出たと言うことは、姉さんを次期当主に認めたって事と同意だよ」
ネメシスは難しい顔で唸る姉に声をかけた。何故かキルビートまで喜んで相槌をうっている。
「そうなのかなぁ……私は新しい死柱を取りに来ただけなのになぁ……」
納得のいかない表情でタナトスはぶつぶつと呟いていると、先導していたローブの男は足を止めるのであった。
「タナトスお嬢様こちらへどうぞ。ここから先の進み方は当主しか知り得ませんので……」
行き止まりの大きな壁を背にして、 男は深々と頭を下げるとタナトスを呼んだのであった。
「え……っと。そんなの私にはわからないよ?」
ローブ男に云われるまま、戸惑うタナトスは壁際へ歩み寄った。すると行き止まり間際の床は音を立て動き出す、タナトスの足元に地下へと続く階段が姿を表したのである。
「おお、確かに当主様しか進めないはずだ。さすがはタナトスお嬢様……ささ、中へと進みましょう。念のため私が先を歩きます」
そう言ってローブ男は再びタナトスの前に立つと、前方を注意深く眺めた。地下へと下る階段には灯りに成りそうなモノもなく、深淵がずっと奥へと続いている。
「うわぁ、真っ暗……」
「待って、灯りなら私が……」
後方から見ていたミナーヴァは首をから下げていた十字架を手に取り階段に近付く。彼女が何かを呟くと十字架は光に包まれて輝いた。
「私が照らしながら先を進むわ」
「さすがミーネちゃんっ!」
ミナーヴァは十字架を掲げてタナトスに微笑んだ。
「あれは……北の魔法? ネメシス坊っちゃん、あの御二人は一体何者なのですか?」
ローブ男は慌てた様に尋ねた。
「あの人達はタナトス姉さんの味方ですよ。……今の所はね」
ネメシスは目を細めて答える。楽しそうな笑い声を上げて進む三人の後を、ネメシスとローブ男は続いたのであった。
◆◆◆
ミナーヴァの灯りを頼りに深淵の階段を進む。一向に下の見えない階段は、五人に何処までも続くような錯覚を覚えさせていた。
「一体何処まで深く続いているのかしら?」
「先が全く見えないね、ミネルウァさん、リーパーちゃん、転ばない様に足元に気をつけてね」
「道化師さんありがとう。ミーネちゃんもずっと魔法使い続けて平気?」
三人は互いを確認するように声を掛け合っていた。その様子を面白くないといった表情で見るネメシスは、思い出した様に口を開いた。
「ところで……ここへ来るまで誰にも会わなかった。まさか守衛が一人だけなんて事ないだろうし、他の呪士はどこへ行ったのですか?」
ネメシスはローブの男に尋ねる。突然の彼の問い掛けに、男は慌てて答えた。
「そ、それがあいにく今日は私一人なのです。他の呪士達はエレボス様に呼ばれこの場に居りません。なんでも神人様達の会合準備をしているとかで……」
父の名を聞いて納得するネメシスは、北の二人の話を思い返した。父の言う厄災とは何事を指すのか、彼の心中にはそれとは別の不安が広がっていた。
「……見て! ようやく終わりが見えたわ」
ミナーヴァは微かに見えた階段の終わりを見つけた。彼女の言葉を聞いて身をのり出すタナトスは、ようやく見えたゴールに喜んでいる。肩越しで喜ぶ彼女にミナーヴァは違和感を覚える。
「タナトス……あなた、背が伸びた?」
「え? あ、本当だ。私いつの間にかミーネちゃんと同じ目線になってる!」
二人のやり取りを見ていたキルビートは呑気に口を開く。
「あれぇ? わっ、本当だ。いつの間にかミネルウァさんと変わらない位に伸びてるよ。成長期って凄いなぁ!」
「全然気が付かなかった。私もちょっとは大人っぽくなってきたのかなぁ」
タナトスとキルビートは楽しそうに笑う。ミナーヴァは急激な彼女の変化に胸騒ぎのような不安を覚えていたが、今はともかく進むしかないと足を動かすのであった。最後の階段を降りきると、途端に開けた空間が拡がった。
「ようやくついた、ってこれは……」
「うわぁ、凄い!」
「ここがリーパー家の当主だけが入れる宝庫なの……」
三人は目の前に望む光景に言葉を失くすのであった。長い階段の下、地下深くには想像を越える大きさの地底湖が拡がっていた。
「姉さん、あの先が宝庫……いや、七死霊門の秘密の禁域だよ」
ネメシスが指差す方を皆は見る。大きな湖の中央には確かに小島のような陸地が見て取れる。その島の中央には、不自然に聳え立つ両開きの扉が静かに佇むのであった




