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呪われ不死者の七つの死因【セブンデスコード】  作者: 夏野ツバメ
東の大国 【神の国ギオジン】編

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Ep.68 不死身の解除 下

 再び大広間へと案内されたレヴァナント達は、アイテルの帰還を待っていたのであった。ステラ曰く、彼女が用意する品物がこれから行う祈祷の【祠】には必要らしい。種の力を一時的に保管する祠とは一体どんな代物なのかレヴァナントが考えを巡らせていると、広間の引戸が開かれた。


「まったく……想像以上にぼったくられたわ」


「アイテル、お帰りなさい。品物は手に入ったの?」


 不機嫌そうなアイテルを笑顔で出迎えるステラ。アイテルは包みを彼女に手渡すと、フンと鼻を鳴らした。包み袋の中を見るステラは、中身を確かめて頷いている。


「祈祷に使う品物って、一体なんなんだ?」


 レヴァナントは包みの中を覗き見ようと身を捩った。


「これは呪術の触媒に使うモノですね。私の祈祷でお二人の力を取り除くのですが、一時的に封印するのには呪術が必要なので」


 そう言ってステラはアイテルへと視線を投げる。彼女はまだ苛立った様に鼻を鳴らしていた。


「毛髪と人骨と爪と歯で金貨8枚よ? 本っ当、ぼったくりも良いとこね」


「骨……爪……」


 ゾッとした表情で顔を引いたレヴァナントに、ステラが口を開く。


「ギオジンの闇市では呪術の触媒も取引されているんですよ。……確かに、8枚は少し値上げし過ぎね」


「ステラもそう思うでしょ? 半値でも高すぎるわ」


 値段の基準がわからないレヴァナントは、二人の会話に顔をひきつらせて聞いていた。改めて東国(ギオジン)の異様さを見せつけられているようであった。




「ところで、あなたの方はどうなの?」


「うん。見たところベースは呪術みたい、ただし複雑な仕掛けが幾つか組み込まれていたわ」


「複雑な仕掛けって?」


 ステラとアイテルの会話はすっかり話題が変わっていた。


「はっきり断定は出来ないけれど、たぶん【冥道術】だと思う」


「冥道術? つまり、終焉王(ラ・ファンビシュヌ)の正体は冥道士って事?」


「そこまではわからない。冥道術なんて文献で目にした事があるくらいで、私自身この目で見るのは初めてだから……」


 二人の会話に取り残されるレヴァナントは、辛うじて聞き取れた単語に反応した。


「何があったんだよ、終焉王(ラ・ファンビシュヌ)について何かわかったのか?」


 二人の視線がレヴァナントに集まる。ステラは軽く顔を横に振ると、残念そうにアイテルに再び語りかけた。


「バステトさんの方は【剥がし】が可能だと思うの。けれどもレヴァナントさんに関しては、正直に言って難しい状況かもしれない……」


「ちょっとステラ、それどういう事?」


「おい待てよ、俺の種は解除出来ないのか!?」


 何事か考えを巡らせる様にステラは目を瞑る、しばらくして再び口を開いた。


「口で説明するより、直接見て貰ったほうが早いかもしれないわね。……お二人とも祭壇の鏡の前に入らして下さい」


 不死者の二人は彼女に従い立ち上がる、アイテルは眉根を寄せてそれを見つめていたのであった。


◆◆


「それではまず、【写身の儀】から始めます」


 祭壇の中央には二人が滝行を行っている間にステラが用意したのか、大きな丸鏡が据えられていた。レヴァナントとバステトは鏡に向かい並び立つ。


「……『天つ神の恩情を、身姿と成りて写し頼もへ』」


 ステラはぶつぶつと長い言葉を呟きながら握り締めた錫杖を左右に動かした。先端に結び付けられた無数の鈴が揺れる度、透き通る音を奏でた。

 暫くして二人は、鏡に写し出された自分達の変化に気がついて声をあげる。


「これはッ?!」


「おおお、まさしくブードゥーの身姿……」


 鏡の中に立つ二人に重なりあうように、【カーリーの子種】はその真実の姿を表していた。バステトに並び立つネクロマンサー【ブードゥー】、レヴァナントの前には見覚えのある黒い蛇頭が数本蠢いている。


「これはどうゆう事なの? 確か『反逆者(テュホニウス)』は上体は獣人、足は毒蛇の怪物でしょ。それがこの男(レヴァナント)の中には下半身の大蛇しかいない」


 アイテルは険しい表情で声をあげた。鏡に写るレヴァナントに重なる蛇達は、天地が逆さまになっているかのように、床を這い廻っているのである。


「やはりそうでしたか……」


「ステラ、あなた何か気がついていたの?」


 詰め寄るアイテルにステラは難しい顔で答えた。


「陰と陽、生と死、そして昼と夜の様にこの世の理は二分される。レヴァナントさんの夜の不死はその片割れなのかもしれない。残りの半身、本体(テュホニウス)は彼の中にはいない」


 目の前の真実に落胆したアイテルは頭を垂れる。彼女を支えるステラは肩に手をやると、レヴァナントに尋ねた。


「レヴァナントさん、失礼ですが貴方は過去に身体の移植をした経験があるのではないでしょうか? 例えば、臓物や血液とか……」


「そんな事あるわけ……いや、待て……確か子供(ガキ)の頃、疫病を患って、その治療の為に……」


レヴァナントは古い記憶を思い出していた。


 両親を失くしたバンシー兄妹の暮らす孤児院で、流行り病が蔓延した事。


 血液を壊すその疫病を罹った(レヴァナント)は、唯一の肉親である(レイス)から血を貰った事。


 ……そしてその施術を施してくれた聖職者が後に、妹を養子に迎え入れてくれた事。


「馬鹿な事言うな、妹は……レイスは人間で、それに今は……」


「あくまでも可能性です。ただ現状では、それが最も有力でしょう」


 ステラは全てを語らなかった。彼女の意図している意味を、レヴァナントは必死に心の中で否定していた。


「バステトが言っていた事を忘れたの? 終焉王(ラ・ファンビシュヌ)には人智を越えた力がある。あなたが私の妹(タナトス)と引き合わされた様に、あなたの妹も……」


「ふっざけんなッ!? レイスはそんなんじゃねぇ、どうしてアイツが、そんな事あるわけッ――」


「レヴァナントさん落ち着いて。妹さんの事はまだ確定したわけではありません。けれども、あなた力の本体は今この場には無い。それは紛れもない事実で、あなたはその半分の力を何処から与えられている」


 レヴァナントは膝から崩れ落ちる。感情が掻き回される事を必死で抵抗していた。アイテルは踞る彼の前に立ち、一瞥して口を開いたのであった。


「……ふん。弟妹の心配なんて、私はずっと昔からやってきたわよ。まぁ少なくとも私は、そんな情けない姿を二人の前で晒したことないけどね」


「……ッるせぇ、お前に、お前なんかに解るわけないだろ。(レイス)はたった一人で、昔から苦労ばかりで……」


「そんなに心配なら、すぐにでも連れ戻しに行きなさい。メソメソ腐ってるだけの、気持ちの悪い兄なんて行っても無駄でしょうけど……」


「……ざけんなッ! 俺は――」


襟元に掴み掛かってくる彼を、アイテルは静かに見据えていた。静かな彼女の瞳に、レヴァナントの手は思わず弛む。


「やる事は一緒でしょ。あんたの妹の種も解除する。……ただそれだけの事」


 彼女の隣でステラも頷いていた。二人の表情を見てレヴァナントは再び、音もなく崩れ落ちたのであった。



◆◆◆


 崩れ落ちたレヴァナントを、心配そうに見ていたもう一人の不死者バステト。彼はずっと何かを感じ取っていた。胸の奥に沸き立つ焦燥感、時折背中に感じる恐怖のような悪寒。口に出すことを躊躇う彼は、鏡に写るブードゥーからずっと目を背けていたのであった。


「……気を取り直して、今はバステトさんの解除に戻りましょうか」


「そうね。テュホニウスが手に入らなかったからには、七死霊門(セブンホーンテッド)にはせめてブードゥーで試して見るしかない……」


 ステラとアイテルは再び祈祷の道具を手にしていた。

 踞るレヴァナントはゆっくり立ち上がると、二人に小さく詫びの言葉を投げ掛ける。


「……取り乱して悪かった。バステトの祈祷を続けてくれ」


 鼻を鳴らすアイテルは小さな壺を抱えた。中には先程の触媒が詰め込まれている。


「解りました。バステトさん、此方へ」


 ステラが再び錫杖を構えてバステトを呼んだ。震えるバステトは小さく漏らす。


「某、い、嫌な予感が……」


 彼の異常な怯えようを二人は気にする事もなく、祝詞の詠唱が始まったのであった。鏡の中に写るブードゥーと立ち尽くすバステトの間に二人は立つ。ステラは不死者と向かい、アイテルは鏡の中のブードゥーと向かい合った。いよいよ祈祷士ステラによる【剥がし】が始まるのである。


「『カクリヨに在りしその身を、トコヨの祠に移し頼もへ』」


 バステトの身体から蒸気のような何かが溢れる。やがて鏡に写るブードゥーも同じように霧と変わっていった。


「アイテル、お願いね」


「任せなさい」


 吹き上がる湯気のようなモノは、アイテルの持つ壺の中へ次々と吸い込まれてゆく。それと同時に広間は大きく揺れ動き、祭壇に飾られた品々は音を立てて倒れ始めたのであった。


「呪縛術完了。一先ずこれで……」


「……アイテル様ッ! 危険です――」


 バステトの声が響いたほんの一瞬、静寂が社の中を包み込んだ。


「――バステトッ?!」


 レヴァナントはその光景を見て叫んでいた。


 アイテルが抱えた壺から飛び出した長い腕は彼女の脇腹を貫き、背後に立つバステトの胸に突き刺さったのである。


「アイテル様、早く離れ……て……」


「――痛ッ、一体……何が……」


刺された箇所を捻り切り逃れるアイテルは、呆然とするステラの手を掴んでその場を離れた。滴る鮮血が広間の床に広がっている。


「あがぁ、あぁぁぁあ――」


 壺の中からさらにもう一本伸びた腕がバステトの胸を貫いくと、まるで観音開きの様に彼の身体を引き裂いてゆく。扉のように開かれたバステトの身体は強い光を放つ。


「これはッ……伏せろッ!」


 レヴァナントは咄嗟に叫んでいた。


 それはまるで起爆直前の榴弾を前にした時の様な、危機回避の本能が激しく声を挙げさせていたのだ。


 閃光は周囲に広がる。遅れて聴こえた轟音は、辺りを巻き込んで激しく弾け飛んだのであった。






 

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