Ep.68 不死身の解除 上
長くなりましたので、二話に分けます!
【不死の種】解除の祈祷を行う為、レヴァナント達は祈祷士ステラから告げられた準備に取りかかっていた。彼女が行う祈祷には相応の段取りが必要らしい。
「なぁ……本当に、この中に入るのか?」
「ええ。祈祷を執り行うに当たり、まずお二人には身を清めて頂かないと……」
ステラは申し訳なさそうに微笑んで言った。社を出て案内されたその場所は、大きな滝が流れる切り立った崖の麓だった。遥か高みから勢い良く打ち付ける水流は大きな飛沫を辺りに飛び散らせ、轟音と共に冷やりとした風を巻き上げている。
「さ、流石にこれは人が入っちゃいけないヤツじゃないか……?」
タナトスの為、自分自身の為……不死解除に意欲を見せていたレヴァナントだが、圧倒的な自然の猛威に顔をひきつらせてしまう。
「最低でも30分はこの滝に打たれて貰わないと。穢は祈祷の妨げになりますし、万が一でも不安要素は取り除きたいので」
ステラはさも当然と言った表情で述べた。
「いや、たしかにそうかも知れないが……これは、なんというか最悪死ぬだろ……」
「何を迷っているのですレヴァナント氏。さぁ、いざ浄めに参りましょう!」
躊躇するレヴァナントは背中をおされた。彼の背を押すバステトは意気揚々と轟音の中へと進む。
「ちょっ、待てっ心の準備が……うわぁぁぁぁ――」
「さぁ、滝よ某達の穢を浄めたまへ――」
叫び声に掻き消されそうなステラの細い声が、レヴァナントの耳に聞こえた。
「――時間になったら社に戻って来て下さいね!」
猛烈な水流に二人は押し潰されるのであった。
◆
「ぶえっくしッ……くそ、とんでもない目に遭った」
レヴァナント大きなくしゃみを何度も繰り返す。無事に滝行を終えた不死者の二人はステラの言われで、再び社へと戻っていた。ずぶ濡れになった異国の衣服はずっしりと重く、歩く度にびちゃびちゃ水溜まりの足跡を残している。
「レヴァナント氏どうかなさったのですか? 某、何やら今、とても晴れやかな心持ちですぞ」
軽快な足取りで先を歩くバステトは、溌剌とした顔で振り返った。驚くことに不気味なほど血色の悪かった彼の顔は別人のように明るく変わっていた。
「お前はなんでそんな元気なんだよ……ああ、そういや俺と違って昼間でも不死だったな」
レヴァナントは溜め息ながらに眉根を寄せた。
「なんの、不死身でなくともあのような高貴な滝に打たれれば自然と生命力が溢れて来ませぬか?」
不思議そうに首をかしげるバステト。呆れたようにレヴァナントは再び足を動かす。
「なぁバステト、そういやなんでお前まで不死を解除するんだ。やっぱり終焉王とかいうヤツの追っ手から逃げるためか?」
ネストリア地下牢獄から共に逃げ出したバステトという男。元々は終焉王に命じられ城を襲撃した、悪魔と呼ばる賊の一派であった。
「それもありますが……恥ずかしながら某、生きる糧が見出だせそうなのです」
「生きる糧?」
バステトは恥じらうように頭を掻いて続けた。
「アイテル様や貴殿と過ごしたこの数日ばかり、某はこれまでにない程に【生】を実感しているのです。思い返せば不死身の身体になってからと云うもの、恐れるモノを失くした某はただ己の欲望の為だけに蛮行を繰り返しておりました。快楽に溺れる毎日はとても心地良いものでした、ですが次第に精神は渇いていった。死ねない身体は枯れた精神を終わらせる事もない、死を奪われるという事は同時に確かな生をも奪うのでしょうなぁ」
永遠に死が訪れる事のないバステトは自嘲気味に呟く。レヴァナントは黙って彼の話を聞いていた。
「……しかしそれがどうした事でしょう。アイテル様や貴殿と過ごしたこの数日余り、某は本当に充実している。それはこれまでずっと探していたもなのかもしれませぬ。某、このところ何かにあてられたように、少々の欲が生まれたのです」
「どんな欲なんだ?」
相槌を入れるレヴァナントを見ると、バステトは一層バツの悪そうな表情で口を紡いだ。無言で問い続ける彼に負けて、躊躇いながらも再び語りだした。
「夢を見てみたくなったのですよ。いや、思い出したと言うべきか……不死身になる前、あの戦争に参加する前に描いていた医師になる夢を。しかし、散々虐殺を行ってきた某には、その資格はないかも知れません。それでも真っ当な人間に戻る事ができるのならば、せめて今度は生を奪う側ではなく生を与える側に成りたい。……至極、勝手な戯れ言でございますよ」
レヴァナントは言い終えて顔を伏せる彼を見つめて口を開いた。
「いいんじゃねえか。俺だってあの大戦じゃあ散々人殺しをやってきた、そういう意味じゃお前らと対して変わらない」
「レヴァナント氏……」
「それにさ、どんな悪行も許される都合の良い贖罪なんてある訳ないだろ。どんな出来事も見方を変えれば正義にも悪にも簡単に変わっちまう、それならせめて自分自身が許してやらなきゃ辛いだけだぜ?」
ずぶ濡れだった衣服はいつの間にか乾きはじめていた。レヴァナントは乾いて固くなった襟首を緩めるように開く。
「……犯した罪は背負うしかねぇんだ。だけどそうすりゃあ両手が空になる、それを使わない手はないだろ?」
「レヴァナント氏、貴殿はなかなか良い事を云ってくれるな……少々、説教臭い気もするが」
「うるせぇなッ、さっさとこの不死身を解除しに行くぞ!」
そう言って急に照れ臭くなったレヴァナントは駆け出したのであった。
◆◆
「お二人ともお帰りなさい。こちらで着替えがあります」
社にたどり着くとステラはまた別の装束に着替えていた。白と赤の羽織を揺らして彼女は二人を別の部屋へと案内した。
「すぐに祈祷をはじめるのか?」
「はい。アイテルの方も用意が出来たようなので、時期に帰ってくるはずです。到着次第さっそくはじめましょう」
ほどなくして不死の種を剥がす為の祈祷が始まるのであった。