Ep.67 姉の嫉妬
見るからに古めかしい異国の建物の中は、やはり見たこともないモノで溢れていた。不思議な屋内を案内されるがまま進むレヴァナントは、その不可思議な装飾に目を見張っていた。
「東国は、家の中まで本当に独特なんだな」
「この建物は家屋じゃないですよ。ここは私の家元が管理している社で、居宅は別にあります」
ステラ・アマナミと名乗った女性はレヴァナントに答えると、立ち止まり「見て下さい」と壁の装飾を指差した。天井近くの高い位置には祭壇のような小さな模型が幾つも並んでいた。
「社ってのは、北の国の教会みたいなものなのか?」
「まぁ、近からず遠からずといったところでしょうか。ネストリスとの大きな違いは、祀られている神がここには複数いますので」
そう言ってステラは両開きの引き戸を開けた。中には広々とした空間に一際大きな祭壇が据えられていた。
「どうぞ、腰を下ろして休んでいて下さい。お二人共、ギオジンに入らしてから何も食べていないのでは? なにか食事の用意をして参りますね」
「……そりゃ、どうも。だが俺は遠慮しておくよ」
「おや、バンシー氏は召し上がらないのですか? 某は頂戴致しますぞ。ご婦人のご配慮、恐縮の限りでございます」
バステトは喜んでいたが、レヴァナントは無意識に警戒していた。素性の知れないステラをまだ信用は出来ないと、あちこち目を配らせていたのであった。
「バカね、ステラが毒なんて盛るわけないじゃない。人の親切は素直に受け取りなさい?」
遅れてやって来たアイテルは警戒する彼を見るや、一言吐き捨てた。
「……お前にだけ言われたくない」
レヴァナントは不承不承にステラに答える。彼女は静かに微笑み頷いた。
「ステラ、私の分も頼むわよ」
「はいはい、今支度してくるから。あなたは少し遠慮する気持ちを持ったほうがいいかも知れないわね」
ステラはそう言って笑うと、その場を後にしたのであった。
◆
「あまり大したモノは用意できませんでしたが……どうぞ召し上がって下さい」
しばらくして戻って来たステラは、各々の目の前に並べ終えると遠慮がちにすすめる。
「これは何とも、大変なご馳走でございますな」
バステトは喜んで目の前の料理に手をつけ始めた。彼女は控えめに言っていたが、彩り鮮やかな品々はとても豪華で食欲をそそらせていた。レヴァナントも恐る恐る口に運ぶが、一口食べてその美味に驚いた。久しぶりに食べるまともな料理に、気付けば夢中になって食らいつくのであった。
「食べながらで良いので聞いてくださいね。ご覧の通り私はこの社で祈祷士をしています」
「祈祷士……? 呪士じゃないのか?」
レヴァナントは聞きなれない言葉に食べるのを止めて尋ねた。
「あんたってこの国の人、皆が皆呪士だとでも思っているの?」
横やりを入れるアイテルを宥めながら、ステラは再び語り出した。
「まぁまぁ、あなたも説明しなさすぎよ? この国には大まかに別けて三種類の術士がいるんですよ。一つはアイテルのような呪術を扱う【呪士】ですね」
ステラはレヴァナントに食事を促しながら続けた。
「二つめはこの国に溢れる様々な神の力を祈祷によって借りる【祈祷士】、私がそれですね。そして最後に……」
「冥界の力を現世に呼び起こす【冥道士】。今じゃ殆ど存在しないけど」
アイテルは手を合わせると、空の器に一礼しながら口を挟んだ。
「同じ祈祷士でもステラは特別よ? 彼女の祈祷ならさっき話した通り、あなた達の不死身を解除出来るはず」
「もう、アイテルは大袈裟なんだから……私の家元は【剥がし】と【降ろし】に特化した祈祷を得意としているんです。ですので、あなた方二人の不死も取り除く手助けが出来るかもしれません」
「本当か?!」
レヴァナントは思わず大きな声をあげた。不機嫌そうにアイテルはまた口を開く。
「うるっさいわね……食べながら喋らないでほしいわ。まったく……マナーまで悪いの?」
「あぁんッ?」
睨み合う二人をステラは慌てて宥める。
「ちょっと落ち着いて、まだ出来ると決まった訳ではないのだから。まず二人の不死の力に【剥がし】が使えるか試して見ない事には、それに……」
「剥がした種の力を一時的に移しておくための【祠】が必要って話でしょ? そっちの用意はこれから私がやっておくわ」
そう言ってアイテルは立ち上がる。
「いいこと? 私は野暮用で出掛けるから、あなた達二人はステラの言う事に素直に従いなさい」
「承知致しましたっ!」
無心に食事を続けていたバステトは、アイテルの命令に即答した。レヴァナントの困惑する表情を見たステラは小さく呟く。
「大丈夫です、後で私からちゃんと説明しますから……」
困り顔の彼女はそう言って、また頭を下げるのであった。
◆◆
食事を済ませたアイテルは何処かへ出ていった。彼女の勝手自由な所は、妹のタナトスと同じだなと、レヴァナントは呆れて見ていたのであった。
「レヴァナントさんでしたっけ……あんな態度ですけど、あの子はたぶんあなたに感謝していると思いますよ」
「アイテルが? まさか、ずっと皮肉と暴言しか吐かれてないぜ」
ステラの言葉にレヴァナントは自嘲気味に笑ってみせた。
「あの子、小さい頃から不器用だから。妹のタナトスちゃんの話は聞きましたよね?」
レヴァナントは森の中でアイテルから語られたリーパー家の真実を思い出した。非情な現実に彼の表情は曇る。
「……タナトスの呪いの事か」
「ええ。アイテルも他の家族も、本当ならあんな事したくないんです。その中でもタナトスちゃんを思って彼女の成長を止めている事……姉であるあの子は、すごく責任を感じているはずです」
タナトスの力を抑え込む呪いの一つ。リーパー家の人達は、彼女の肉体と精神の成長を止めていた。彼女が成熟した後、真の七死霊門を手にしてしまう事をアイテルは何としても止めたいのだ。
「だから、あなたと過ごす事で成長した妹の姿が嬉しかったのでしょう。まぁ、半分はただの嫉妬かもしれませんけどね」
レヴァナントに対するアイテルの態度は、妹を思う彼女なりの愛情表現だったのかも知れない。
「……あの性格、きっと素直には言えないだろうな」
呆れ笑いのレヴァナントは、溜め息ながらに呟いた。
「さぁ、私達もさっそく祈祷の準備に取りかかりましょうか」
ステラは手を叩くと、二人に祈祷の手筈を告げたのであった。
登場人物紹介9
ステラ・アマナミ
東国の祈祷士。アマナミ家の次期当主候補で、多彩な実力を持つ人格者。アイテル・リーパーとは幼少の頃からの付き合いで、成人した今も交友を深めている。
【剥がし】と【降ろし】というアマナミ家の秘祈祷を扱える唯一の人物。
好きなものは料理。朗らかな性格で家庭的な才能にも溢れた好人物。アイテルとは同い年である。




