Ep.7 この森の侵略者
「アイツ、勝手にどこ行ったんだよ……」
水場を探して離れていたレヴァナントが戻ると、そこにタナトスの姿はなかった。彼女を探して歩くうちにすっかり陽は落ちて、夜闇が森に広がっていたのであった。
「あれは、建物か?」
あてもなく、森を進むレヴァナントは遠くに浮かぶ小さな灯りを見つけた。
灯りの数から、どうやら山の中にある集落のようだ。もしかしたら、タナトスはすでにそこにたどり着いているかもしれない。早る気持ちの中、レヴァナントは灯りを目指して走り出した。
途中、近くを流れる小川で補給をとる。川の水は口に入れた瞬間、妙な痺れを感じたが不死者の彼にとっては問題のない事であった。
暗闇の中を足早に進むと、建物と思わしきシルエットが複数棟見てとれる。
「すまない! 誰かいるか、聞きたいことがあるんだ」
点々と建てられる家の扉を次々に叩き、声をかけてみる。しかし、固く閉ざされた扉の向こうからは一向に返事はない。
灯りは付いているところを見るに、中に人がいる事は間違いない。こんな夜半に来客とあれば誰しもが怪しむのであろうか。
「怪しい者じゃないッ!人を探してる」
声を張り上げるレヴァナントは諦めず、しらみ潰しに扉を叩いて回る。すると根負けしたのか、離れた場所に建てられた一軒の小屋の扉が開いた。
「あんた何者だ? 野盗だったらただじゃおかないよ」
扉の向こうから出てきた女性は手にした鉈を構えて注意深く睨み付けてくる。
「待ってくれ! 俺は野盗じゃない、旅の者だ。ツレとはぐれて探してる。妙な格好をした長い棒を担いだ女の子を見なかったか?」
慌てたレヴァナントは敵意の無いことを必死に身振りで表す。夜の静寂に響きわたる彼の弁明と、疑いの色を見せる女性の声。誘い出てきたように他の建物からも、覗き込む人影が見えた。
「うす紫の髪をした背の低い女の子だ、森で見失って……」
眉根をあげた女性は小屋の扉を半分ほど開ける。そのまま後ろを向くと、目線でレヴァナントに何か訴えかけたのであった。
女性のすぐ後ろ、小屋の中にはテーブルが見える。視線の先には口の中をモゴモゴと動かしたタナトスが箸をもった手を振っていた。
「レバさん! おかえりなさい」
「お前ッ…… なにしてんだ?」
途端に広がる安堵と疲労感に、レヴァナントはその場に塞ぎこむのであった。
◆
「で……結局あんた達は何者なの? 旅をしてるってこの子から聞いたけど」
タナトスからのおざなりな紹介で聞いたリジェという女性は、テーブルを挟んで座る二人を交互に見て尋ねる。
「俺達はワケあって北の大国を目指して旅をしてる。この山を抜けた先にある村から船に乗る予定なんだ」
「そうです! 北を目指してるんでした」
レヴァナントの説明に相槌を入れるタナトス。リジェはまた不思議そうに目を細めて尋ねてくる。
「北の大国なら海路で行くべきでしょ? 回り道の山越えよりもまっすぐ港に行けばいいじゃない。あなた達何か……後ろめたい事でもしたの?」
リジェの的確な推測に同様するレヴァナントは「まさか」と苦笑いで返すことしかできなかった。
「……まぁ、いいわ。どっちにしろ、この山は越えられない。諦めて港を目指した方がいい」
「山を越えられない?」
二人の声が重なると、リジェは大きく頷いた。
「あなた達、何も知らないでこの山に入ったの?」
顔を見合わせた二人は首をかしげたのであった。
「ほんの2、3年前の事よ。当時は大戦の真っ只中。幸いにもこの山は軍事利用するには不向きな立地だった。そのせいか目立った被害はなかったわ」
リジェはテーブルに置かれた空の食器を集めながら話し始めた。
「元々この集落で暮らす私達は、狩猟や資材の輸出で生計をたてていた。それが大戦が始まってしばらくした年から営めなくなった。アイツらが森を穢したのよ」
「アイツら?」
無意識なのか、リジェはいつの間にか拳を握りしめて震えている。タナトスが彼女の顔を覗き込むようにして尋ねる。
「白昼にハッキリとその姿を見た者はいないけれど、皆、口を揃えて【長い口髭を蓄えていた】って言っていた。私達は奴等の事をドワーフって呼んでる。ドワーフ達は戦乱に紛れていつの間にか森と森をつなぐ渓谷に拠点を構えたの。それからすぐに森の水がおかしくなって、今まで見たこともない毒性の危険生物も増えた……」
「ああ、さっきの川の水も確かに痺れるような妙な感じがした」
レヴァナントの言葉にリジェは動揺したように立ち上がった。
「あなた、まさか、川の水を飲んだの?! 大変ッ! 真水を用意するから、すぐに吐きーー」
「さすが不死身ッ!」
間髪いれないタナトスの言葉に慌てたリジェの手が止まる。レヴァナントもすぐに手をあげて静止させた。
「特異な体質でね、俺の事は平気だ。それで、そのドワーフってのは何者なんだ? まさか、本当に神話に出てくるドワーフなワケないだろうし……」
口元に手をあてて考えこむ彼を見て、リジェは目を丸くして驚いている。促されるままに話を続けた。
「え、えぇ。確かに本物のドワーフではないと思うわ。だけど、確かに奴等のシルエットは長い口髭を蓄えたように面長だった」
リジェは再び視線を伏せた。二人が見つめる中、なにか思い出したくない記憶を恐れるように口にする。
「ある日、耐えかねた集落の若い男達が反旗を翻した。その中には私の主人もいたわ。だけど誰一人として帰ってこなかった」
小刻みに震えた肩を抱いた彼女の表情は、沸き上がる怒りを押さえるように食い縛っていた。
「奴等は……ドワーフ達は男達を逆に人質として捕らえた。そして卑怯にも私たちに脅しを掛けてきたの。渓谷に近づけば人質の命はないと。この集落に残るのはもう、老人と女子供だけ。反乱を起こそうにも、私達には力が足りない」
握りしめた左手の爪が食い込む様子に、強い憎悪が見て取れる。
「わかったでしょ? そんな危険な場所には行かせないし、私達にとっても行ってほしくないの。あなた達には悪いけど、諦めて別の道を向かってちょうだい」
リジェは作ったようにぎこちない笑みを浮かべて二人に語りかけるのであった。
「……一飯の恩があります。レバさん! 私、今、リジェさんの力になりたいと思ってます」
タナトスは立ち上がると、横に置いていた荷物に手をかけた。
「はぁ……そうなると思ったよ、確かにこの山を越えなきゃ北へは行けないしな。人質は必ず助け出す。だから、渓谷まで案内してくれないか?」
レヴァナントは呆然としたリジェに問い掛ける。
「む、無理に決まっているでしょ?! 自殺行為よ! それにもしもドワーフ達が人質に手をかけたら……」
リジェの声を遮るように、タナトスは彼女の固く握りしめた拳に手を置いて問い掛けた。
「旦那さん、心配ですよね。大丈夫、今すぐ助けに行きましょう!」
彼女の言葉にリジェの固く握りしめていた手が綻んだ。それと同時に崩れるように座り込むのをタナトスが支える。
「決まりだな、すぐにでも向かおう」
レヴァナントが静かに呟くと、リジェのすすり泣く声が部屋の中に静かに広がった。
◆
「……あの猟銃の弾はあるか? 出来れば、あるだけ集めてほしい」
リジェの家の中を見回したレヴァナントは立て掛けられた古い猟銃を指差さした。
連続射撃の出来ない古いタイプの猟銃はとても戦闘には不向きである。リジェは不思議そうな表情のまま弾薬を集めて手渡すのであった。
「レバさん何作ってるんですか?」
「簡易の爆弾だ。殺傷能力は期待できないが、囮くらいにはなる」
手早く薬莢を分解して火薬を竹筒に詰め込む、レヴァナントは同じものをいくつか作ると袋に詰め込んだ。
「そうだ! これも忘れないで下さいね」
「……なるべく、コレには頼りたくないな」
タナトスが取り出した赤黒い液体の入った小瓶。七死霊門の印を、苦々しい表情で受け取るレヴァナントであった。
Ep.8は11月2日更新予定です!
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