Ep.61 波打の場所 結 2
「某たちが種と呼んでいるモノ、ビシュヌ様……いや、終焉王からは『カーリーの子種』と呼ばれておりました。彼は子種と適応する人物にソレを蒔き、やがて『実らせる』事のみを命じていました」
レヴァナントは空を見上げた。先刻まで落ちかけていたはずの太陽が輝きはじめている。東国に着いてから時間の感覚が狂ってきている。この現状に一切動揺を見せないアイテルを見るに、この国特有の何かがあるに違いない。
「カーリーの子種……終焉王はいったいそれで何をしたいの?」
「目的まではわかりませぬが、某達はただ実らせる事のみを求められていました。ただ……それ以外の命令は一切なく、種持ち達はそれぞれが自由な目的で動いていました。某のように徒党を組む者。個として自らの野心を進む者。それぞれが自身の野望を成すべく為に力を行使していた」
バステトはアイテルの質問に答え続ける。彼の言動に包み隠す様子は微塵も感じ取れない。
「……そう。じゃあその種について詳しく聞かせて」
「承知致しました。種はそれぞれが別の力を備えております。種持ちとなった人間は種の求める物を供給する事で、永遠の命を手にする事ができます。生物で言うところの食事ですな。そうして食事を繰り返す事で種は育ってゆくと、やがて異能の『芽』が出るのです」
レヴァナントは思わず口を挟む。
「俺の身体から出てきた……黒いヤツか」
バステトは彼を見て頷いた。
「芽はとても不安定で、種本来の力の半分もありませぬ。芽の力を増幅させ『花』となる為に種持ちは特定の術を使う」
アイテルは鼻を鳴らして呟いた。
「特定の術……それが転生変換術ってわけね。」
「いかにもでございます、アイテル様。種と共に終焉王から与えられた唯一の力、某達が知っている事はここまででございます。花のさらに高み、『実』については全く知りえませぬ。某の知る限りでは実らせた種持ちはまだ居ないかと。ただ正確な数は把握しておりませんが、おそらく種持ちはかなりの人数存在するのでしょう。ごく稀に終焉王が種持ちを呼び寄せる会合を開く事がございました。その時に集まった種持ちだけでもかなりの人数が存在するようでしたから」
「それで種持ちに選ばれる人間とは――」
「種持ちの会合……その終焉王ってヤツはどうやってお前らを集めたんだよ? 一枚岩でもない、クセの強い種持ち達なんだろ?」
アイテルが不機嫌そうに目を細めて口を開く。
「ちょっと、口を挟まないで貰えるかしら?」
「なんでだよッ?! 奴等の連絡手段が解れば、それを逆手に――」
言い争う二人をバステトは宥めると話を続ける。
「まぁまぁ……レヴァナント氏の疑問もごもっともでしょう。ただ連絡手段などと言うものはございません。いえ、そもそもではありますが某達は終焉王の命令があれば逆らう事は出来ないのでございます。たとえ世界の何処にいても、実行しなければいけない。不死の対価とでも言えるでしょうか……それでアイテル様は何が聞きたいのでしょう?」
「命令って――……痛ッ!」
レヴァナントは再び口を挟みかけた瞬間、右足に衝撃が走る。素知らぬ風にアイテルはバステトに近寄ると口を開く。
「種持ちになる人間の条件を教えて。あなたはどうやって終焉王に会えたの?」
バステトは首を縦に振る。
「終焉王は種の求めるモノと所縁のある人間の前にだけ現れる。当時医者を目指して軍医に仕官していた某は、毎日のように死体を処理しておりました。医療などとは程遠い、死肉を解体するだけの日々に某は悦を覚えてしまったのでございます。……肉を解体するあの感覚は思い出すだけで興奮してくる」
恍惚としたバステトは目を輝かせて震えた。その異常性にレヴァナントは嫌悪感を抱いて身じろいだ。
「あなたの種は肉、それも死肉を求めている。伝説のネクロマンサー【ブゥードゥー】ね……空想上の人物かと思ってたわ」
「ちょっと、待て。俺もお前の言う種持ちなら、なんで終焉王とかゆうヤツの命令が効かないんだ? それに俺は戦場で死にかけてただけで――」
わざとらしい大きなため息に、レヴァナントは言葉を詰まらせた。
「どこまでも鈍いのね……夜しか不死身になれず、転生変換術も使えない。あなたの種は半分、つまりただの不完全って事でしょ。私の予想はやはり間違っていなかった、今の話で確信したわ」
「不完全……なんだよそれッ? 牢屋で言っていた俺の血がどうとか、七死霊門と関係があるとかって話も詳しく聞かせろよ」
アイテルは冷たい視線を向けて黙っていた。騒ぎだすレヴァナントを再びバステトが宥めようとする。
「こっちの不死者は有益な情報をくれた。だけどあなたは? 何の利益ももたらさない半端な不死者に話すわけないじゃない」
「んだとッ……」
レヴァナントは言葉を詰まらせた。無意識に納得してしまっていたのである。現状、二度も彼女に助けられたレヴァナントは何も言い返せないのであった。
「ま、まぁまぁ、お二人とも。それよりもアイテル様。これから某達は何処へ向かうのでしょう」
「タナトスは……最近ちゃんと笑うようになった。他人を見れるようになった」
理由もなくレヴァナントは口走った。
「……そう。成長してるのね」
アイテルの瞳は少しだけ和らいだようにも見えたが、すぐにまた冷たい表情に変わった。
「まずはここから出ましょう……」
アイテルが口を開いた直後、頭上から激しい衝撃が降り落ちた。
◆
「今度はいったいなんだッ?!」
間一髪で避けた三人は前には、高さ数メートルはあろう巨体が現れた。
「牛頭か。ギオジンの祝詞よ、あなた達さっそく外敵認定されたようね」
「外敵ってッ……」
白いヒト形の身体に牛のような頭。牛頭と呼ばれた巨大な怪物はレヴァナントとバステトに狙いをつけていた。2つの赤い瞳が二人を捉えると、大きく振りかぶった。
「コイツ、見た目の通り動きそんなに早くない。バステト! 俺が注意を引き付けるから、お前の力で頭を狙ってくれ」
「ま、待つのである。某、種の力が使えるほど死肉がないのです……」
逃げ惑う二人を巨体は逃すまいと詰めよる。二人には応戦する武器もなくやみくもに避ける事しか出来なかった。
「アイテル! 手を貸してくれッ、丸腰じゃこんな化物……くそッ」
レヴァナントの一瞬の隙を白い拳が穿つ。巨体から繰り出された一撃はレヴァナントごと大木を薙ぎ倒した。
「嫌よ、私はこの国の外敵じゃないもの。自分達で何とかしなさい」
涼しい顔でアイテルは岩場に腰を下ろしていた。土煙の中から這い出るレヴァナントは、倒木から手近な枝を掴んで叩き折った。鋭く折れた枝を両手に構えると牛頭へと駆けだした。
「痛ッ……やっぱりクソ姉貴だな、こんなもんでどうにかなるわけねぇが。バステトッ、そのままソイツを引き付けとけ」
「そ、某、肉弾戦は不得手ですので、これ以上は……」
ギリギリで拳を掻い潜るバステトに牛頭は攻撃の手を緩めない。レヴァナントはその隙に巨体の後ろから飛びかかった。
――ギィォィ……
悲鳴と程遠い不快な声をあげる怪物。レヴァナントは二本の枝を牛頭の両目に突き刺したのであった。
「よしッ……これで少しは――」
刹那に拳が襲いかかると、レヴァナントは再び弾き飛ばされた。
「バカね……祝詞に素手で敵うわけないじゃない。仕方ない、武器くらいは貸してあげるわ」
アイテルは立ち上がると、彼が飛ばされた方へ手を伸ばした。
「ただし、その為の供物は自分でお出しなさい?」
不気味に笑うアイテルは祝詞を呟きはじめた。