Ep.61中 波打ちの場所
寂しいさざ波が後ろ髪を引いている。朽ち欠けたような桟橋を恐る恐る渡る一向は、不可思議な光景に戸惑っていた。北の大陸を旅立って数時間あまり、時刻は恐らく夕刻まで数時間といったはずであるにもかかわらず辺りは夕刻とは程遠い、深い夜闇で出迎えたのであった。
「これです、これ! 私も初めてはこんなヘンテコな感覚でしたよ。あぁ、懐かしいなぁ……」
純白のフードをずるりと脱いだタナトスは、暗がりの広がる辺りを見回したのであった。不自然なほどに深い暗闇が情報の一切を遮断していた、これが現実の光景に違いないのだと理解できない脳髄にこれ見よがしに挑発している。
「これは、一体どうゆう事なの? まだ陽は落ちていないはずなのに……これも呪術による仕業?」
取り乱さないように取り繕うミナーヴァであったが、首もとの十字架を無意識に握りしめた。
「こ、これも何かの呪術なのかい……?」
奇怪な面を外して見回すキルビート。静まり返る辺りに警戒を緩めまいと必死に手元のナイフを握りしめたのであった。
取り乱す二人を他所に、タナトスは一人辺りを走り回る。懐かしい故郷の景色は彼女の里心をくすぐっていたのである。
「やっぱり気持ちいいなぁ。ほら、ミーネちゃんもクラウンさんも! こっち来て」
走り出したタナトスは唐突に振り返ると、何かを掲げて呼んだのであった。生い茂る木々の隙間に時折光る不気味な赤い輝き。明らかにこの地に巣くう驚異であることは間違いない、身構える二人に明るく声をかける少女。
「二人とも見てください! これがこの国の祝詞です」
タナトスは何かを指差して声をあげたのであった。