Ep.60 イカれた同行者
湿った匂いが鼻をつく。
じっとりと纏わりつくような湿度は辺りを包み込んでいた。木々の間で鳴く生き物の声は何か、掛け合いをしているかのように騒がしい。
「--待てッ、待て待てっ、待てッて!? 」
うっそうとした草木の中を走るくたびれた布を巻き付けた男は、叫びながらなんども振り向く。
「某が手助けいたしましょうか? 」
同じようにボロ布を巻き付けた痩せ細った男は、隣を走る女性に尋ねた。
「いいのよ。あのくらい、凌げないなら見込みなしだからね」
紫色の長い髪を揺らしながら、足を止めない女性は呟く。チラリと視線を泳がせると、後ろの喧騒に興味もないといった様子だ。
「クッ、、そっ、やろぉぉぉぉっ! 」
振り返り様に銃を抜くと、こめかみ目掛けて放った。化物じみた巨大な鳥の脳天を俺の銃弾が貫いた。
「くそ、お前ら、俺を囮にしやがって」
「いいじゃない? どうせ死なないんでしょ?」
「そうですな。我ら不死者に終わりはないのです」
タナトスのイカれた姉貴と正体不明のガリガリ男、ネストリアの牢獄から出られたのは良いがこんな奴等と一緒にいるのは気がおかしくなりそうだ。
「おい、イカれ姉。俺達はいったい何処を目指してるんだ? そろそろそのくらい教えてくれたっていいだろ」
「東国って言ったでしょ? イカれは余計ですし、あなたに姉なんて呼ばれる筋合いはないわ。それとも、もう婿にでもなったつもりかしら? ずいぶん図々しいのね」
澄ました顔で話すアイテルは小馬鹿にしたように俺を嘲笑う。コイツら姉妹、人をバカにするのが趣味なのかよ。
「アイテル様。これより国境の海岸にでます。我々はどういたしましょうか?」
ガリガリ男はすっかりアイテルに手懐けられていた。
「そうね。あなた達は目立つから、あれに入って貰いましょうか」
そう言ってアイテルは何やら荷物を乗せた馬車を指差すのであった。
◆◆
荒れた獣道を抜け、馬車は船着き場へとたどり着いた。
「そこの女、待て! その荷物の中身はなんだ?」
「見てわかりませんか? 棺桶、中身はもちろん死体ですよ」
「なに?! 貴様、何をぬけぬけと……」
アイテルは黙ったまま何かを掲げた。それを見た警備兵はすぐさま何かを仲間に告げると、ここで待てといい放った。
「そ、それは……大変に失礼致しました。どうぞお通り下さいませ」
憲兵と思われる男は頭を下げると道を譲る。アイテルはそ知らぬ顔で船へと足を進めた。
「仕事熱心で感服いたしますよ。ただ、相手を見誤ると痛い目を見ることもありますから、お気をつけてね」
アイテルが捨て台詞のような呟きを溢すと、憲兵達は深々と頭を下げるのであった。
「アイツ、いったい何したんだ?」
「東国では呪士は特権階級だと聞いています。おそらく証明書か何かでしょう」
狭い木箱の中で俺とガリガリ男は声を潜めて様子を伺っていた。
俺達が身を潜める木箱は船へと積み込まれた。どうやらこの船で東国へと向かうつもりらしい。
「あのイカれ姉の奴はいったい何を企んでやがる。だが今はアイツに頼るしかないのか……」
たまらず独り言を漏らすと、すぐさま狭い箱の中の同居人は答えるように口を開く。
「レヴァナント氏、アイテル様ならきっと我等を導いてくれるはずだ。いらぬ心配はなさるな」
暗がりでもわかるガリガリ男の恍惚とした表情に俺はため息を漏らすのであった。
登場人物紹介8
アイテル・リーパー
リーパー家長女。大家の呪士として幼い頃から研鑽を積み、現在は東国きっての呪士としてその名を知らしめている。得意な呪術は死霊を集めて繰り出す【囮沙髑髏】。その他に広域に仕掛ける罠のような術式を多用する。




