Ep.53 姉妹再び
城から届いていた激しい喧騒の声はいつの間にか止んでいた。静けさを取り戻した様に思えた城前広場には今、より一層おぞましい狂騒の鳴き声が広がっていた。
アイテルの操る巨大な髑髏の手の上で、タナトスは地上に蠢く彼の姿を見ていた。
「レバさん、いったいどうしちゃったの?」
不安そうな表情を浮かべて彼を見つめる。これまで見たこともないレヴァナントの異様な変化に、タナトスは底知れない不安を覚えていた。
「彼にあんな力があること知っていたの?」
「知りません、レバさんはただの不死者で……私達は……その力を取り除く術を探して、旅をしていただけです」
アイテルは何か考えるように口もとに手をおいて黙る。黙り込む姉の姿を見つめていたタナトスは、思い出した様に口を開いた。
「この国を訪れたのは、不死の力を魔法で解除できないか試しに来たんです。アイテル姉さんならレバさんの、あの力を外せませんか?」
アイテルは黙ったまま首を横に振る。タナトスは落胆するように視線を落とした。
「その身を捧げて生き返る彼の不死の力、確かに呪術と成り立ちは似ている。だけど、根底にはもっと別の起因があるように感じるわ。終焉王を信仰する彼等の転生変換術ようにね」
アイテルが指差す先に視線を向ける、大剣を携えた鎧の男が異形へと変わるレヴァナントを迎え撃とうと構えていた。
「ラ……ふぁ、……?」
「終焉王。あなた達が邪教と呼ぶ人達の親玉、私にネストリアを襲う手助けを依頼した依頼主。……といっても直接は会ったことないけれど」
眼下に広がる闇の中でまた不気味な叫び声が響く、先程から何度も聞こえる声色はなんとも不快な焦燥感を与えてくる。
「じゃ、じゃあレバさんもその人にあの力を?」
「そこまではわからない。彼等が時折口にする"種"という何かが関係しているのは間違いないでしょうけどね」
思慮深く深淵を眺めるアイテルは「ただ……」と付け加えた。
「あなたの七死霊門は強制的に解除された。これはさっきあなたが森に放った呪術を私の【呪詛返し】で外したのと同じはず、けれどあなたは今なんともないでしょう?」
彼女の言葉でハッとしたように体のあちこちを擦るタナトスは、何度か頷いて話を聞いていた。
「他者に呪術を解除されたら、その反動は必ず発動した呪士自身に帰る。これが呪術の背負うリスクの一つであり、そのリスクこそ強力な呪いのバランスを保つもの。その基部が今崩れているの、これがどうゆう意味かわかる?」
難しい言葉に理解が追い付かない頭を必死で回転させるタナトスは、唸りながら相づちをうつ。その姿を眉を落として微笑むアイテルは続けたのであった。
「つまりあなたの呪術はまだ解除されてない。それどころか呪いの力だけを奪われているの、これも私の推測でしかないけれど、彼はリーパーの呪術を吸収している。それが"種"による効力なのは間違いない」
気がついたようにタナトスは死柱を探した。城前の地面に突き刺さる二本の長い鉄の棒は怪しく光を放ち続けていたのであった。
《その通りだよ、アイテル。やはり"あの時"彼に与えた僕の選択は間違っていなかった、そしてリーパーの血がその"種"を開花させるーー》
聞き慣れない声がすぐ近くで聞こえる。髑髏の手のひらの上で振り抜いた2人に、黒いローブの人物が語り掛けていたのであった。
◆
「……どなたかしら? 無賃乗車はとても誉められる行いではないですよ、それに何故私の名前を?」
「だ、誰……? いったい、どこから?」
リーパー姉妹は突然の来訪者に驚きの声をあげた。巨大な髑髏の肩に乗る長身の人物は目深にかぶったフードを抑えながら、僅か覗く口もとを緩ませて口を開いた。
「彼は今、開花させようとしているのだよ。見捨てられ、見放された男。なまくらだった彼は今、神にも届きえる力をその身に宿した」
「なにを……」
唐突に語りだされた話にタナトスは口を挟む。フードで顔を隠した人物は、話を聴けとばかりにそれを片手で制した。
「強大な力を現世に呼ぶには、それに見合う対価が必要だった。本来ならば百、いや千、万死を越えた先に与えうるその力。それを君達リーパーの呪いによって、こんなにも早く得られようとはね。さすがは東国きっての呪士の大家だよ」
僅かに覗くフードの隙間から白髪が揺れている。
「ずいぶん小馬鹿にした物言いね。こちらの名前を知っているのなら、あなたも自己紹介するべきではないかしら?」
アイテルは一歩前に出ると左手を伸ばす。無言で妹を下がらせる彼女の意図に、タナトスは素直に従うのであった。
「僕の事は"エレボス"にでも聞けばいい。詳しく教えてくれるはずだよ」
黒ローブの人物から飛び出した言葉に姉妹はすぐに反応した。現リーパー家当主、2人の父であるその名を口走る人物にただならぬ警戒感を覚えたのであった。
「ーーいいえ、今この場で直接聞くことにするわッ!」
アイテルは右手に忍ばせた呪符を投げる。青白い炎が札を焼き付くすと同時に、角を生やした二匹の鬼が飛び出した。
「もう少し見ていなさい。いずれ君達にも解るはずだ、素晴らしい理想郷がね……」
二匹の鬼が飛び掛かると、黒ローブの人物の背後で扉が浮き上がる。開かれた扉に吸い込まれるように消えてゆくのであった。
言葉を失くして驚くタナトスはすぐに姉を見た。アイテルは眉根を寄せて、何かを険しく睨んでいたのであった。
◆
「アイテル姉さん! レバさんがっーー」
タナトスは地上の様子に目を配ると、その情景に絶句していた。僅かな時間の間にレヴァナントの異形はさらにその姿を変えていた。大きさこそ人のサイズを止めているが、まるで人であったとは思えないその風貌に2人は言葉を失くしたのであった。
「……七死霊門の力を呑み込んで、さらに姿を変えているの?」
眼下に見える彼の体は、ただおぞましいとしか表現できない。僅かに残る人の型を残した上半身に伸びる無数の蛇、集まった蛇の胴体は絡み付いて大きな翼のように広がる。反して下半身は醜態な姿をそのままに、大蛇のようにうねり蛇行していたのであった。
「……彼はもう止められない。このまま放っておいてもいいのだけれど、あなたはどうしたいの?」
解りきった問いをわざと投げ掛ける姉の姿に、一つしかない決まりきった答えをすぐに言い放とうとした。震える両手に気がついて少しだけ戸惑う。
「悪いけど、私は手を貸さない。あなたが決めなさい」
突き放したような言葉の裏で、どこか優しい意図を感じた。元来合わないと思っていた姉を、初めて優しいと感じたのであった。
「……私は」
次の一言が詰まる。先程の黒ローブの人物の話が真実ならば……この状況を作り出したのは自分のせいで、これまでの自分の過ちが浮き上がるように胸を突き刺した。
そんな妹の気持ちを汲み取っているのか、アイテルは黙って聞いている。答えを急かすわけでもなく、じっとこちらを見つめていたのであった。
「私は……レバさんは……」
何故だか溢れた涙と、こみ上げる感情が言葉を塞き止めている。「言うんだ、私のやりたいことを」と何度も心の中で呟いた。
「私は……やっぱり仲間を助けたい。もしもそれが私のせいだとしても、苦しんでいる姿を見捨てるなんて出来ません」
気がつけば駄々をこねる子供のように泣きじゃくりながら、タナトスは必死で叫んでいた。
「……そう、ならあなたの好きにしなさい。私はここから見ているから、助けがほしかったら今みたいに泣いてお願いなさい?」
優しい笑みを浮かべてアイテルは囁いた。その姿にこみ上げる感情は先程までとはまるで変わり、沸き上がったソレにタナトスは笑みを溢した。
「アイテル姉さん……」
「なに?」
「助けてくれるなら素直にそう言えば良いのに、本当に……昔から性格が悪いですねっ!」
クスクスと笑い声を上げて、タナトスは髑髏の手のひらから飛び降りたのであった。
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