Ep.51 荒御魂
レヴァナントの命を捧げて現れた七死霊門は、いつもと様子が違っていた。
「……呪連門、開きます」
彼女の声は少し震えているように聞こえた。いくら相手が不死身とわかっていても、自らの放った銃弾の感触はとても気持ちの良いものとは言えないだろう。
「ーーっ……ハァッ! タナトス上手くやったか?! 」
不死者の力は健在だった。すぐに左胸に開いた風穴が埋まってゆくと、意識と息苦しさがレヴァナントを起こした。
「開きました……だけど、私にもこの扉から何が現れるのかわかりません」
「わ、わからないって……」
呪士自らが供物の命を奪うことで発現する扉、彼女自身も初めて見るようだ。
「父から教えて貰った【呪連門】は、捧げた供物の亡骸を操る怨霊が出てくるとか。古くからリーパー家を助ける御霊で、名前は確か……」
二本の死柱の狭間に小さな黒い扉が浮かんでいる。門というよりも小部屋といったほうがしっくりくるような、小さなドアノブが付いた二枚扉。2つ添えられたノブがゆっくり廻ると、キィキィと不快な高音が聞こえた。僅かに開かれた隙間から何かが飛び出したように見えた。
「うわッ! なんだこれ、纏わりついて……」
僅かに開いた黒い扉から何かが飛び出す、白いボロ布のような物体はすぐ側に立つ供物に絡み付いたのであった。
瞬く間にレヴァナントを覆い尽くした白布は、ぐるぐるとトグロを巻く蛇のように蠢いた。レヴァナントの声が巻き付かれ呑み込まれるのとほとんど同時、怒気に満ちた叫び声が響く。
「雑魚野郎、さっさと出てきやがれッ!」
黒色の大剣を担いだ鎧の男は抑えられない怒りをぶつけるように叫ぶ、拡声器のように怒声に思わずタナトスは耳を塞いだ。
「あん? なんだそのボロ布は? そんなのが、あの女が言ってやがッた隠している力なのか?」
白布に包まれもがくレヴァナントを見た鎧男の顔は、一層怒りの色を濃く見せたのであった。
◆
「糞がッ! 時間を無駄にした、もう消えろ」
罵声を上げながら近付いたオルクスは不機嫌そうに大剣を振り上げる。依然として、正体不明の怨霊に巻き付かれたレヴァナントはその場に立ち尽くしていた。
「死ねーー」
刃がレヴァナントを捲き込んだ白いナニカを斬り裂く。軽い手応えのない音の割に、大剣の刃は途中で止まっていた。
「……なんだ?」
外側を覆った白い布がハラリと落ちる。何層にも重なった奥で、何かが刃を受け止めていた。裂けた外殻が剥がれ落ちると、刃を受け止めた手が見えた。
「レバさんっ!」
タナトスの喜ぶ声に応じるかのように、白いナニカが剥がれてゆく。
現れ出たレヴァナントの身体は白い装束に包まれていた。顔に掛かった純白のヴェールが揺れ動くと、ぽっかりと空いた眼窩が僅かに覗いた。
「『我が名は死魔。リーパーを守る冥府の荒御魂なり。この供物の心身を用いて我が身を再び現世に呼び起こし、憎き彼奴に永遠の死を……』」
レヴァナントの口から溢れたのは彼のものとは思えない不気味な声色だった。白衣のような長いローブを纏い、無機質な眼窩だけを浮かべたその顔はまるで別人に変わっていた。
「チッ、なんだてめえ。いきなり出てきやがって、どっちみち消すだけだ」
オルクスは構え直すと再び剣を振り回した。
寸前の所で刃を届かず、剣先が地面を叩く。
「『我が力、繋縛手甲に触れたものは等しく禁縛を与える。その刃が我が身に届くことを禁じた、もう届くことはない』」
白い手甲を見せ付けるように掲げると、逆の手でオルクスの腹部を穿つ。短い呻き声を上げてオルクスは弾き飛ばされたのであった。
「『雑兵風情が我の力に及ぶことなど有り得ない。我が力の源、リーパーを脅かす厄は振り払うのが定め。その魂と肉体、新たな供物としてその身を捧げよ』」
レヴァナントの身体を操る死魔という怨霊は薄気味の悪い声色で語る。レヴァナントが圧倒的に打ちのめされた悪魔を軽々と征したのであった。
◆
「……糞がぁ、雑魚野郎の癖に調子に乗るなよ」
残響が辺りに響く。土煙が激しく舞い上がるのが、夜の闇の中でもはっきりと見える。
「俺の剣が届かねぇだと? 寝ぼけた事いってんじゃねぇ、バアル・ゼブルの力で壊せないものはねぇんだよ」
オルクスは叫び声と共に突進する、再び大剣は地面を這いずる。
「『無駄な事。我が禁縛は敗れなーー』」
いいかけた死魔の視界がガクンと落ちる。視線を落とすと右の足が砕かれ、不自然な方向にひしゃげていた。
「俺の武器は剣だけじゃねぇ。全身が凶器なんだよッ!」
蹴り上げたオルクスの足は石斧のように変化していた。大剣を手離した両手は刃のように鋭く変わると、レヴァナントの身体を貫く。
「『異形の身体か。しかし無駄な事、その身体ごと禁じてやるまでーー』」
手甲を着けた両手がオルクスに触れる間際に手首から切り落とされる。全身を鞭のようにしならせたオルクスは、不規則な動きで追撃の手を止めない。
「俺も見せてやるよッ、悪魔の王の力を。【転生変換術、悪逆無道】ッ!」
オルクスの身体中から夥しい数の刃が飛び出す。
予測不能な斬撃がレヴァナントを引き裂いた。
「くだらねぇ小細工なんて、圧倒的な暴力の前には通用しねぇんだよ」
八つ裂きの肉片が辺りに転がると、血の雨が遅れて地面を濡らした。
オルクスは大剣を拾い上げると、転がる肉片を蹴り上げて満足そうに口を開いた。
「さぁ、ようやく城を落とす番だ」
城へと続く橋へと向かいかけた足が止まる。何かに気がついたオルクスが再び不機嫌そうに舌打ちを鳴らした。
「『全身を武器に変化させて放つ回避不可能な斬撃か。面白い身体をしているな。しかし、この供物はそれ以上な秀逸である、肉体がすぐに回復を図っている。これならば如何様な攻撃を受けようとも……』」
およそ人であったとは思えないほど散り散りになっていた肉塊が、不気味な声に集まってゆく。
醜い肉塊は一塊に集まると人の形を型どり、再び身体を作り上げた。
「『この供物、使いようによってはこのまま……』
……
……
……うるせぇなッ! さっきから人の身体を勝手に使いやがって。七死霊門の怨霊ならさっさと倒しやがれッ、この無能霊!」
起き上がった白装束の右半分の顔は、いつものレヴァナントに戻っていた。眼窩を丸くして驚く左顔を軽く叩くと、無理矢理口を動かされる。
「『む、無能霊だと?! 供物の癖に意識を保つなどと……いや、死人が何故ゆえに動けるのだ? 』」
「シマだか、スマだか知らねぇが、さっきの手甲でさっさと仕留めろ。鎧野郎の攻撃は俺が捌く、両手はお前に貸してやるよッ!」
右と左で違う顔をした不死者は独り言のように会話をしていた。
不意に無邪気な笑い声が耳に届く、右目のレヴァナントに笑い転げる少女が映っていた。
「れ、レバさん……それなんですか? ププッ、面白い顔してます、クスクスっ……」
緊迫した状況にも関わらず、自身が呼び出した怨霊の姿に笑い転げるタナトスを呆れた視線で一瞥する。すぐに左側の死魔が口を動かした。
「『我は死魔である。無礼は許さんぞ、貴様は我が供物であることをーー』」
「あーあー、わかったよ。なんでもいいから力を貸せよ! ほら、奴が来るぞ」
立ち上がったレヴァナントを見つめる鎧男は、うっすらと口元を歪ませて歩み寄ってきていた。
「『……仕方ない、今は共通の敵を排除する為だ。供物の無礼はひとまず不問にしてやろう、だが勘違いするな……』」
「共闘成立だなッ。両手はお前に任せた。俺は奴を止める、行くぜ」
だらりと両手を手離したレヴァナントは両足に力を込める。地面が僅かにめり込むと、そのまま意識を集中させた。
ーーさっきまでの感覚……思い出せ……
感情が波打つように動くのがわかる。身体の奥から沸き上がる一つを捕まえるイメージ、右目を閉じたレヴァナントは息を深く吸い込むと自身へと意識を向ける。
ーーこれだッ……
「出てこいッ、何でもいいから力を貸しやがれッ!」
レヴァナントの叫び声と共に七つの蛇頭が背後から飛び出すのであった。
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