Ep.5 目的地
【七死霊門】。呪士の大家リーパー家に伝わる呪術であり、一子相伝の秘術である。呪士によって印を付けられた命を供物とし、死柱と呼ばれる二本の長い棒を媒介にして七つの霊門を召還する。
七つの霊門はそれぞれ違う形を成している。
門中から現れる七つの怨霊はすべて特性が異なるが、一度その姿を現せば辺り一切の生命を吸い付くす。
次期継承者であるタナトス・リーパーはこの秘術を会得するため、世界を旅している。
……供物として、俺の命を捧げて。
「うわぁぁぁ」
悪い夢にでもうなされたのか、男は飛び起きた。
「痛ッッつ……」
目が覚めると同時に鈍痛が走る。苦悶に悶えた顔で見ると、何かが腹の上に乗っている。立て掛けていた黒い二本の棒が倒れてきたのだ。
「クッソ、何でこっちに置いてんだよ」
男は棒をどかすと、持ち主である少女を睨んだ。
「……スゥー」
ピンク色のローブにくるまり丸くなって寝息をたてる少女を、揺すり起こしながら男は声をかけた。
「おい、タナトス。もう起きろ」
昨晩からの激しい戦闘の後、二人は野盗のねぐらで仮眠を取っていたのであった。
「ファぁ……ッ、おはようございます」
大あくびをして起き上がると、少女は目を擦りながら立ち上がる。
「昨日の事が嘘みたいだな。こんな子供に、まさか野盗が全滅させられるなんて」
男は荷物を投げ渡すと野営のテントをでた。空を見上げると、すでに太陽は真上に上り正午を告げていた。
「レバさんの頑張りもあってこそですよ」
遅れて出てきた少女にレヴァナントは苦笑いで返した。野営に広がる鮮血の跡と、山のように積みあがる野盗の亡骸。
「さすがに、このままってワケにはいかないよな」
亡骸を埋めるレヴァナントをタナトスは不思議そうに見つめていた。残された野営に火を放つと二人はその場を離れるのであった。
◆
「さて、これから何処に向かいましょうかねー?」
前を歩くタナトスは楽しそうに振り向いた。
「いや、一緒に修行の旅をするなんて一言も言ってない。それに、俺は普通の身体を取り戻したいんだ」
冷たく言い放つレヴァナントはそっぽを向いた。
「なんでですか?! 不死身の身体なんて便利じゃないですか」
困惑したような目でタナトスは問いただす。酷薄な表情で淡々と返す男は、前を歩く少女を足早に抜き去った。
「わたしと一緒に旅しましょうよ、きっとレバさんの力になりますよ? それに、無理に不死を失くす必要なんてないじゃないですか。便利なんだし」
辛抱強く粘るタナトスに男はため息混じりで答える。
「戦争が終わって、これからは傭兵ではない生き方をすると決めたんだよ。普通に生きて、普通に死にたいだけだ」
タナトスの懇願に首を横に振るレヴァナントだった。尚も粘る彼女は何か閃いたようにハッと顔をあげると、途端にほくそ笑んだ。
「そこまで決心されてるなら、わかりました。けど、その呪いを解く手立てに心当たりはあるんですか?」
人を喰ったような、ふてぶてしい顔のタナトスは尋ねてくる。
「そ、それは……これから見つけるさ! 東の大国でもいけば何かしらの情報は掴めるはずだ」
痛いところをつかれたレヴァナントは苦し紛れの思いつきで答えたのであった。
タナトス・リーパーの故郷でもある、東の大国では呪術や神事が盛んとされ神秘の大陸とされている。
「東の大国ならわたしの故郷ですし。もしもレバさんの不死が呪術によるものなら、呪士の専門分野だと思うんですよね」
自慢気にタナトスは言い放つ。
「呪術を解く方法の正攻法は2つだけ。呪術をかけた呪士本人に解除させるか、呪術を受けた人が死ぬか。まぁ後者は選ばないと思うので呪士を探す事になるでしょうけど、掛けられた呪術の特定も出来ないなら難しいと思いますよ? なんたって呪術の種類は千差万別! しかもそれが家元による秘術だとしたら、そうそう見つかるとは思えません……」
芝居がかった仕草でタナトスは話す。堪えるように歯を喰い縛るレヴァナントは、結論をせがんだ。
「だけど……わたしだったら解決方法が、まぁ、2つくらいは思い付きましたけどねー」
わざとらしく勿体ぶる彼女に業を煮やす、レヴァナントはいつの間にか彼女のペースに乗せられていたのである。
「その2つの方法ってなんだよ?! 勿体ぶらないで教えてくれ」
勢いずく男を片手で制すると、タナトスは得意満面の笑みで答えた。
「そうですねぇ、1つは奥の手として。もう1つは呪術に別のアプローチを掛けることですかね。例えば……魔法とか?」
フフンと鼻をならしたタナトス。喰い付くレヴァナントはハッとしたように顔をあげた。
「北の【魔法国家】か!」
「正解です! 供物を捧げる呪術と信仰を使う魔法は成り立ちがまるで違います。そこに解除できる可能性もあるかもしれません」
尚も続くタナトスの諭しに、不思議な説得力を覚えてしまっていた。
「まぁ、呪士であるわたしが側にいたら。具体的な説明もしやすいんでしょうねー……」
「クッ……わかったよ! 一緒に北の大国まで行ってくれ。その間はお前の修行に付き合う」
チラリと視線を送るタナトスに、勢いを失くしぐうの音もでないレヴァナントは丸め込まれるのであった。
「ん? 待てよ、呪術を掛けられたヤツが死ぬと解除されるって事は……」
「はい! 次にまた七死霊門を使うときは、新たに印を付けないといけません」
レヴァナントの記憶が痛烈に甦る。あの気色悪い液体をまた飲まなければいけないのかと。
「オェェェ……」
強烈な吐き気を催すレヴァナントなのであった。
◆
「そういえばですけど。レバさんはどうしてそんなに普通になりたいんですか? 別に不死身のままだって不都合はないのに」
北へ向かう為の牛車を探して歩く途中、タナトスに不意に訪ねられた。少し迷ったレヴァナントは自嘲じみた顔で語りだしたのであった。
「傭兵に志願する前、俺は妹と二人で暮らしていた。両親は妹がまだ小さかった頃、戦火の中で亡くなった。身寄りのない俺達は必死に生きてた」
歩くスピードが遅くなるレヴァナントを、タナトスは首をかしげて見ていた。
「ある日、とある聖職者の家に養子にならないかと誘いを受けた。だけどその家の主人は養女を求めていたらしく、当然妹は俺と一緒でなければ養子には行かないとごねた。せめて幼い妹には苦労な思いをさせたくない、俺は黙って傭兵に志願した」
フゥッと息をついて、レヴァナントは再び話す。
「妹はその後無事に養子となった。風の便りで今は聖職者の見習いをしているらしい。ちょうどお前くらいの年齢になったはずだ。清らかな妹の前に化け物みたいな不死身の男が顔を出せるワケないだろう?……
……
……
……って、だから聞けよ! 」
牛車を見つけたタナトスは、楽しそうに牛を撫でまわしている。呆れ顔のレヴァナントはため息を付く。
「レバさん、西の山脈までなら乗せてくれるそうです!」
タナトスは手を振って呼んでいる。
仕方ないと駆け寄るレヴァナントなのであった。