Ep.48 大きな骨の掌の上で
厚い雲は月明かりを隠して深い闇夜へと誘っていた、遠くで揺れる紅蓮の灯火はそれを拒むように勢いを増して燃え盛るのであった。
城下街から城へと続く長い橋の入口で漆黒の鎧を纏う人影は、足元に倒れた男に何度も大剣を振り下ろしていた。
鈍い悲鳴が聞こえる。
宵闇のなかでも鮮明な飛沫が舞う度に、タナトスは何度も彼の名前を叫んでいた。
「ガハァッ……グッ、グゥゥッ……タナトスッ……来る……なッ……」
彼の悲鳴にすぐにでも駆け寄りたい衝動とは裏腹に、両足はまだふらついてまともに立っていられない。
「レバさんっ!ーー」
「危ないから、あなたは向こうに行ってはダメよ」
暗く沈んだネストリア城のすぐ近くで乳白色の巨大なナニカが動く。眼前に聳え立つ城と同じ位に大きな羊頭の髑髏は、ゆっくりと立ち上がると太い骨の腕を動かした。
「あなたはこちらへいらっしゃい」
「や、やめてっーー」
髑髏の掌の上に立つ黒いドレスの女性は、苦しそうに座り込んでいたタナトスへとその手を伸ばした。必死の抵抗も虚しくタナトスは巨大な手骨に包まれると、遥か上空まで持ち上げられたのであった。
「アイテル姉さん! 邪魔しないで、レバさんがーー」
「あなたはリーパー家にとって大事な後継者なの。危険な事はさせない、私が守ってあげる」
反対側の手骨の上から骨の巨人を従えて、アイテル・リーパーは優しい口調で諭す。抵抗するタナトスをつまみ上げると、自身の目の前に下ろしたのであった。
「あなたがリーパー家の秘術、七死霊門を完全に習得すれば呪士として私よりも遥かな高みにゆけるの。そうなればリーパー家は安泰、それは理解しているでしょう? 」
滑らかな乳白色の掌の上、タナトスはまた苦しそうに咳き込んで両手をついた。憔悴する少女に近寄るアイテルは、優しく冷たい笑みを浮かべて手を差し伸べるのであった。
◆
「見てごらんなさい、あなたが行ったところであの男は助けられない」
促される様に下を覗くと、先程まで串刺しで倒れていた男はフラフラと立ち上がっていた。
「レ……レバさんっーー」
叫んだはずのタナトスの声は自身が思っているよりもずっと弱々しく、地上の男まで届かない。
「ほら、また殺られる」
よろめく男は折れた剣を構えて突進する。
二本角の鎧を着た人物は、向かってくる血まみれの男を軽くあしらうと大剣を振るう。いとも簡単に男を切り裂くと、よろめく身体を捕まえて掣肘を加える。
「あの男の人もしぶといわね。でも力の差がありすぎる、所詮はただの人間といったところかしらね」
「それなら、私の呪術で……」
立ち上がろうとするタナトスを再び巨大な骨の手が拘束する。黒いドレスの女性は「ダメよ」と小さく溢して微笑むのであった。
「【囮沙髑髏】……姉さんの得意な呪術でしたね。死霊を集めて産み出す骨の巨人……」
悔しそうに顔を歪めるタナトスは唇を噛み締めた。
「あなたが成長すれば、こんな呪術なんて比じゃないモノが扱えるの。姉として、同じ1人の呪士として、あなたの"これから"はとても大切なの。わかってくれるかしら? 」
アイテルはわざとらしく困ったような表情を浮かべると、自身の乗った掌を彼女の眼前に近付けた。
「いい子にしていなさい。お父様には私から言ってあげるから、東国に戻るの」
「……絶対に、嫌です。私はまだ皆と旅がしたい、だから呪術も私の仲間を護るために使いたいんです」
下を向いたままタナトスは先程よりも力強く口を開いた。その言葉が冷たい笑顔を浮かべて見つめるアイテルの表情を、いっそう冷酷に曇らせたのであった。
「仲間……? やっぱりあなたに旅は早すぎたようね。未熟な精神に余計な概念が生まれてしまった、どうせこれから皆死ぬのに。それに、そんなものこれからのあなたにはーー」
「余計なんかじゃない……レバさんやミーネちゃん、道化師さん。これまで旅で出会った色んな人が、私には大切なの。もしも皆に手を出すなら……」
下を向いたタナトスの顔から僅かに水滴が零れた。鼻を大きくすする音が聞こえると彼女は顔を上げてアイテルを睨み付けた。
「ねへぇはんはははふるなぁ、ははしのひのひへほひらほはへるっ! (姉さんが邪魔するなら、私の命で扉を開けるっ!)」
舌を噛んだまま話すタナトスの口元を一筋の血が伝う、目を見開いた彼女の姿にアイテルの表情も一瞬動揺
を見せた。
「……本気で言っているのかしら?」
「ははひはへっ! (当たり前っ!)」
短い睨み合いが続いた。
まだ力を込めるタナトスの口から、再び鮮血が滴るのであった。
「……ハァ、あなたとは昔から本当に話が合わないわ、お父様がいつもあなたの我儘を許していたからこんな強情な子に育ってしまって。……仕方ない、一度だけなら許可してあげる。ただし、一度きりよ? もしもその結果あの男の人が負けても、二度はないからね」
「へ、へえはん……(ね、姉さん……)、ありがとうございますっ!」
呆れたアイテルが頭を抱える。そんな姉の姿を見たタナトスは満面の笑顔で、嬉しそうに頭を下げたのであった。
◆
「私が呪術発動までの時間を作ってあげる。あなたはあの男の人のところへ向かいなさい……」
アイテルが片手を動かすと、髑髏は動き始めた。右手に乗った彼女はそのまま二本角の人物へと近付いてゆく。
地面に下ろされたタナトスは急いで二本の死柱を捕まえると、縺れる足で血塗れの男を目指して駆け出したのであった。
ブックマーク&感想&評価ありがとうございます!
頂けると嬉しい限りです(*´;ェ;`*)




