Ep.46 肉塊の鎧
王座の間へと伸びた薄暗い長い回廊に、怪しい輝きを放つ紫色の光が照らしていた。光の出所、面妖な鎧を纏う頬のこけた男は両手を広げて何かを唱えるのであった。
「我が王より授かりし神ノ術。転生変換術、玩具解蘇剖」
鎧男のすぐ目の前、爆発によって粉々に粉砕された瓦礫の中から何かが動いた。
「さぁ、某の使い魔へとその姿を変えなさい」
怪しい光はさきほどよりも一層に輝くと、何かを型どって集まってゆく。強い光に引き寄せられるかの様に瓦礫の中から次々と飛び出してきたモノを見たキルビートは、想像を絶する光景に思わず吐き気を催していた。
ちぎれた四肢、乳白色の骨、ぬるりと糸を引く臓物、醜穢の品々は鎧男の前に次々と集まる。穢らわしい光景を前に気色の悪い笑み浮かべるバベルと名乗った悪魔。その全てが現実とは受け入れられないような、圧倒的な拒絶反応がキルビートを襲うのであった。
「使い魔としての魂を一つ、授けましょう……」
バベルは自らの身体に片手を突き立てると、何かをドロリと抜き出す。集まった穢れの塊に引き抜いたその手を伸ばした、塊はその姿を異形の怪物へと変えてゆく。
人の身体を部品として新たな怪物が出来上がった瞬間、女性の叫び声が聞こえた。
『界雷の咆哮ーー』
一筋の稲光の後を激しい閃光が飛び出した。
轟音と衝撃は反対側の柱まで広くのみ込んだ。雷の砲撃は休むことなく十秒ほど続くと、稲妻の残像だけを残して消えていった。
「み、ミネルウァさんっ!」
壊れた壁の奥、瓦礫に足を取られながら金髪の少女は現れる。修道服にあしらわれたアーマーは破壊され、額から血を流した彼女は首飾りを構えて立っていた。
「二度までも不意打ちを喰らうなんて、なんとも不甲斐ないですね。しかし、今度こそ仕留めて見せます」
視界を狭める額の血を拭うミナーヴァは再び魔法武器を精製すると、激しく破壊された回廊を見渡し呟いたのであった。
「ミネルウァさん、無事で良かった……」
「あなた、キルビートなの? その姿、オーディン神の秘術……なるほど、ありがたい戦力です」
ミナーヴァは半獣人と化したキルビートを一瞥すると、すぐに崩れた回廊へと視線を戻した。
「手応えはありました。ですが、まだ気を抜けません。悪魔は五賢人でも手を焼いていた」
土煙で覆われた視界の悪い回廊に、2人は注意深く見つめたのであった。
◆
瓦礫の動く音が聞こえる。すぐ近くで何かが蠢いたのがわかる。
「ーー上ですッ!」
ミナーヴァの一声に2人は左右に跳ぶ、同時に天井から降りかかる巨大な腕が辺りを薙ぎはらった。
「仮面のあなたは敵方でしたか。それなら仕方ない、2人分の部品として回収する事にしましょう」
巨大な腕が回廊の奥へと戻ってゆく。
一角の髑髏兜をかぶり直した悪魔は、全くの無傷で2人に近寄ってきていた。
「直撃したはずなのに……やはり奴にはまだ何かあるようですね」
「ええ。僕の攻撃も同じように傷一つつけられませんでした。手応えは確かにあったのに……」
ミナーヴァの雷撃、キルビートの怪力に対し、何事もなかったように悪魔は平然と近付いてくるのであった。
「それならば、奴に届くまで手数を増やすだけです。あなたは奴の死角からッ!」
頷いたキルビートは両足に力を込める。隆々とした下半身が青筋を浮かべて膨らみ、いつでも飛び出せるよう構えていた。ミナーヴァの首飾りが再び形を変え大太刀の様に雷の刃が伸びる。
2人は互いに合図もなく同時に飛び出した。
◆
「界雷の大咆哮ッーー」
回廊に一際大きな轟音が響き渡る。
「国選魔導士はやはり最高の部品になりそうですね。ぜひとも欲しいッーー」
ミナーヴァの放った特大の雷撃は回廊を覆い尽くす。肉の焼ける不快な臭いが辺りを包みこんだ。
「……これでもダメなのッ?」
一瞬、焼け焦げたように見えた鎧男は片手で埃を払うように動くと元通りの姿で立っていた。
「ーー今度こそっ!」
鎧男の背後から飛び上がるキルビートは、猛々しい腕を振るう。鋭い爪はバベルの背中を裂いたように見えた。
「バカなっ?! またーー」
「いくら攻撃しても、某には届きませぬ。あなたたち程度の破壊力では、【肉塊鎧】は破れませんよ」
バベルが軽く片腕を振るうと、肥大化した怪腕がキルビートを薙ぎ払ったのであった。
「いくら攻撃しても再生している……? いや、何かもっと別のような」
ミナーヴァは間合いを詰めると、雷の刃を振り回した。幾度も肉が斬れる感触はあるのに、バベルはまったく動じない。
「解せない様子ですね。教えて差し上げましょうか?」
余裕を見せるバベルに、体勢を直した半獣が再び突進する。
「どんな術かは知らないが、こっちは2人もいるんだっ!」
キルビートの爪は今度こそバベルの首根を貫いた。感触から覚える確かな自信に口元が動く。
「ですから……何度やっても無駄ですよーー」
怪腕は再び伸びるとキルビートを掴む、暴れる半獣を握りしめたまま激しく爆発した。
「これはつい先程手にいれた、炎の魔導士の力ですね。使い勝手がとても良い」
激しく燃える炎と共にキルビートは回廊の奥へと吹き飛ばされる。恍惚に動くバベルは、隙だらけに見据えていた。
「キルビートッ!」
ミナーヴァは攻撃の手を止め、弾かれた彼を案じて叫んだ。彼女が目をそらしたほんの一瞬の隙に、バベルは眼前で芝居がかった口調で話し始める。
「解りやすく教えて差し上げましょう。伝説のネクロマンサー、【ブゥードゥ】の種の力、玩具解蘇剖。この力は命の抜けた肉体を我が物として吸収し、自在に操れるのです」
おぞましい威圧感にミナーヴァは堪らず距離を取る、バベルは微かに笑い声を含ませて続けた。
「ついこの間潰した街の人間が、およそ十万人といったところでしょうか。某の肉体はこれまでと合わせて五十万程の肉の鎧に守られています。いくら攻撃してもこの肉の鎧は貫く事ができませんよ?」
不気味な笑い声は広い回廊を響くのであった。
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