Ep.45 強者
「城下を焼いた"悪魔"の一人は、必ずここで討ち果たします」
彼女は自身の首から下げた大振りの十字架を外すと握りしめる、稲光と共に首飾りは矛へと形を変えた。今にも飛びかからんと構える姿に、慌てて声を掛ける。
「ひ、ひとりじゃ危険ですっ!」
キルビートは漂流物体で倒れた兵士の剣を引き寄せる。
「あなたも無理はしないで下さい。先程の攻撃、奇襲とはいえ恐ろしく速い」
ミナーヴァは口早に告げると勢いよく飛び出した。彼女の姿を認識した"悪魔"も、複数の伸びる不気味な足を上げて動いた。
間合いに飛び込む彼女を、悪魔の槍のように鋭い奇怪な足が穿つ。
「危ないっーー」
彼女は迫りくる無数の足の猛攻を紙一重で交わしながら、躊躇いなく間合いを詰めてゆく。常人離れしたその動きに、キルビートは口を開けたままただ立ちすくんで見ていた。
「ーー私の……私の、間合いにさえ入れば」
ミナーヴァは身体を捻るようにして無数にうごめく足の根元に潜りこむと、手にした魔法武器を解除する。
矛の柄を型どっていた数珠を腕に巻き付けると再び稲光が走る。逆さまに首飾りを持ち替え、ミナーヴァは異形の胸元から飛び上がった。
「豪雷の懐刀。ーー"ナガモノ"との戦い方なら、少し前に目付きの悪い男から教わりました」
閃光に遅れて稲妻の残響が走る。
ミナーヴァの放つ一閃と共に、異形の首が高くはね上がった。頭部を失った悪魔は動きを止め、痙攣するかのように震えている。
「すごい、一撃で……やったーー」
キルビートが歓声をあげかけた時、彼女の表情は僅かに歪んだ様に見えた。ミナーヴァは、はね上げた頭部を見て何かを察した様に空中で身体を捩る。彼女の動きとほとんど同時に激しい光が辺りを包むと、激しい爆発が巻き起こったのであった。
◆
「そんな……ミネルウァさん」
首を跳ねられた悪魔の身体は、ミナーヴァを捲き込んで激しく爆散したのであった。爆発によって崩れた岩壁は激しく破壊され、土煙と瓦礫が辺りに飛び散っていた。
「ミネルウァさん! 大丈夫ですかっ?!」
キルビートの呼び掛けに応えるのは瓦礫の崩れる音だけであった。急いで彼女が吹き飛ばされた場所に駆け寄ると、必死で瓦礫を動かした。
『ーーこれはまた、良い材料が取れました 』
暗く、長い回廊の先から声が響く。
少し離れた燭台の灯りに照らされ、一つの影が見える。ゆっくりとこちらに近付く人影に、キルビートは手を止めて目を凝らした。
視界に現れた声の主は両手を打ちながら、さも気分良さげに口を開く。
「某の使い魔を討ち果たす程の魔導士ならば、きっと国選でしょう。また強い"部品"が増えますね」
重厚なフルメイルに黒いコートを纏った人物は薄気味悪い笑い声をあげていた。
「おや? まだ一人残っていましたか」
一角の生えた不気味な髑髏兜をずらして目を細める。
「その仮面……どこかで……我々の仲間に似たような面の者が居たような……失礼。もしや、あなたも我々の仲間ですか? 」
フルメイルの人物はキルビートの仮面を見るや、両手を広げ喜びの声をあげた。
「お初に御目にかかります。某も【終焉王】様にお仕えする、悪魔隊補佐のバベルと申します。あなたは何処の隊の所属ですか? 」
「終焉王……? あ、悪魔…… 」
バベルと名乗る怪しげな人物は仰々しい仕草で兜を外した。兜の下から現れた顔は窶れた頬にギョロリと飛び出た瞳、不気味な風貌の男は笑っているのか口元だけヒクヒクと動かしている。
「どうしましたか? 早くあなたもその仮面を外して自己紹介を……」
キルビートは無意識に魔法を放っていた。全身が目の前の男を拒絶しているように、悪寒と震えが膨らんでゆく。
興味深いといった様に、バベルと名乗る男は口元に手を置いて傍観していた。完全に油断している。
眩い光と共にキルビートの身体はみるみる膨れ上がった。隆々と盛り上がる全身の筋肉が獣の様に動き、熊のような巨体の半獣へと姿を変える。威嚇の雄叫びをあげると同時に、憤怒の仮面が弾け飛ぶ。
「それは……一体、何の"種"でしょうか? 恥ずかしながら某、知見が狭いようでーー」
鎧男が首を傾げる最中、狂擬態によって半獣化したキルビートは鋭い爪を突き立てて飛びかかった。
◆
「ーーよくも……王都を、ミネルウァさんをッ」
突進から繰り出された渾身のひと振り。
鈍い音が響いた後、衝撃で周囲の瓦礫が吹き飛ばされた。
「な……? そんな、バカな……」
キルビートの鋭い爪は鎧の男の手前で止まっていた。
手応えは確かにあった。肉を引き裂いた感触は残っているのに、眼前の鎧男は先程同様に首を傾げてブツブツと何事か呟いていたのであった。
「あれは誰であっただろう……昔、確か似たような仮面を見た気がしたのだが。……ん? 今何か話しかけましたか?」
視線があった瞬間、すぐさま後退していた。キルビートの攻撃に気づいてすらいない口振りのバベルと名乗る悪魔、これまで対峙した事もない不気味な圧力が膨れ上がってゆく。
「うぅむ、思い出せない……まぁ、いいでしょう。それよりも今は、貴重な"部品"を回収しないといけない」
バベルはキルビートを気にも止めず、爆発で崩れた瓦礫の方へと近寄ってゆく。
再び飛びかかろうと何度も両足に力を込めるのだが、先程から押し寄せる圧倒的強者の威圧にキルビートは動くことが出来ない。
「さぁ、類い稀ないその才能を某の為に。我が使い魔として生まれ変わるのです」
バベルは両手を広げて何かを呟くと、怪しく輝く奇妙な光が集まってゆく。
「ーー転生変換術、玩具解蘇剖」
黒く渦巻く閃光がバベルの周囲に広がってゆく。不可思議な何処か狂気を感じる光景に、キルビートはその場を動けずにただ立ちすくむのであった。
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