Ep.44 玉座の間
タナトスとレヴァナントが提案した作戦を遂行する為、五賢人スルトと共に3人は城から伸びる長い橋へと向かっていた。ネストリア城中央に備えられた城壁塔の上で、ミナーヴァは一人遠く伸びる橋を見つめていたのであった。
「……タナトス、レヴァナント。頼みましたよ」
小さく独り言を漏らすと、痣のある左腕を軽く撫でた。城の周囲に呪術が張られているのが本当なら、国選魔導士の自分は今まるで役に立たない。
なにも出来ない歯がゆさを堪えるように、今度は首飾りを強く握りしめる。
「外、冷えませんか?」
後ろから聞こえた呼び掛けに振り返る。タナトスとレヴァナントと共に城を訪れた奇妙な仮面を被った男の問いに、言葉なく首を振って答えた。
「バンシーくんとリーパーちゃんなら、きっと大丈夫ですよ」
仮面男は隣に並ぶと、暗く広がりつつある夜空を見上げていた。横目でそれを見るミナーヴァは溜め息混じりに息をつくと、もう一度首を振って口を開いた。
「えぇ、そうね。あの2人なら大丈夫だと思うわ。ただ……」
「ただ……?」
眉根をつり上げて怒りの表情をした道化師面の男は、首を傾げて尋ねる。
「この国の一大事に何も役に立てない自分が悔しくて、他人事に命をかけてくれる2人に申し訳なくて。不甲斐ない気持ちで、ただただ……いたたまれないのです」
仮面男と同じように空に視線を逃がした。今宵は月もなく、厚い雲に覆われた静かな夜である。
「僕だって同じですよ。彼等には本当に救われました、だから僕も彼等の為なら喜んで協力しようと思っています」
そう言うと仮面男は、芝居染みた奇妙な動きで深々と頭を下げる。
「ネストリアの怪人っ!【憤怒の道化師】とは、何を隠そう私の事っ! 微力ながら友のため、この国を護るために死力を尽くします」
仮面の表情と釣り合わない仕草に思わず少しだけ笑ってしまうと、ミナーヴァは呆れながら口を開いた。
「聞いたこともない怪人ですが、2人に免じて信用してあげましょう。宜しく頼みましたよ」
フフッと2人の笑い声が重なった次の瞬間、城下街の遠く離れた場所から真っ赤な炎が浮かんだのであった。
◆
「ーー森に炎が放たれたぞぉッ!」
門兵達が声を張り上げて知らせていた。城の中へ戻ったミナーヴァとキルビートは、橋から戻った五賢人スルトと鉢合ったのであった。
「スルト様、お身体は平気なのですか?」
「ああ! 見ろ、痣が薄まってゆく。あの2人が上手くやってくれたようだ!」
片袖を捲り上げて頷いたスルトにつられて、ミナーヴァも自身の痣を確認してみる。小さく浮かび上がっていた黒斑は薄く消えかかっていた。
「よし! これなら自由に魔法を使える。皆の者ッ、直ちに装備を固めろ!」
スルトの一声に城は活気を取り戻した。怯えて塞ぎ込んでいた街の人々も希望を見つけたように、目を輝かせて唸っている。
反撃の狼煙が上がったかに見えたその時、城内まで届く一際大きな叫び声が響いた。
ーーネストリア城、左辺より何かが此方に近付いて来ますッ!
東側の門兵は慌てた様子で城へ駆け寄って来る。
「ーースルト様ッ! 奴等が軍勢を率いて城へ向かっております」
「このタイミング、むしろ好都合だ。魔法を取り戻したネストリアの力を、奴等に目にもの見せてやれッ!」
スルトの指示により城内で待機していた国選魔導士達は次々と武器を構えて迎撃に動いたのであった。この時とばかりに雄叫びをあげる魔導士達に続けとばかりに、城内を護る兵士達も走り回っている。
「スルト様! 私達も迎撃へ向かいます」
「待て、ミネルウァ術士。奴等にはまだ"悪魔"が控えているはずだ、兵を散らす為の誘導かもしれぬ。お前達はネストリアス王をーー」
言葉を遮るように大きな破裂音が城内に響いた。衝撃により僅かに揺れた城内に、街の人々の悲鳴が飛び交った。
ーー西側で爆発ッ! 敵の襲撃です
何処かで兵士が叫ぶ声が聞こえた。その声にすぐさま駆け出したスルトは去り際にミナーヴァ達に向けて叫んだ。
「お前達は玉座の間に急げ! 私は民を守るーー」
駆け抜けてゆくスルトの言葉に頷く。
「私達で王を守りましょう!」
ミナーヴァは首飾りを握りしめると、辺りの兵士に叫んだ。螺旋の回廊へと走り出した彼女を追って、キルビートも走り出したのであった。
◆
長い階段を抜けた先、ネストリアス王がいる玉座の間までの一本道。回廊を駆けるミナーヴァ達は妙に静かなその様子に、胸騒ぎを感じていた。
「なぜ誰もいないのだ! 近衛兵達は一体……」
一人の兵士が異様な城内に驚きを見せた瞬間、回廊の奥で再び爆発音が響いた。
「くッ……これは、一体……」
衝撃で幾人もの兵士達が吹き飛ばされた。
爆風が吹き荒れる廊下をミナーヴァは顔色一つ変えず、飛び交う瓦礫を避けて進む。
ーーマッ、マタエサガキ、キタ……
不気味な声が響くと同時に、鋭く伸びるナニカがミナーヴァ達を襲う。
蛇行する鞭のように壁や床を引き裂いて伸びる。
「避けてッ!」
先行したミナーヴァの声が届く前に、後ろを走る兵士達の悲鳴が聞こえた。
振り向いた瞬間、廊下いっぱいに飛び散る鮮血。串刺しの兵士達が次々と回廊の奥へと吸い込まれてゆく。
「新手です。皆、気をつけてッ!」
初撃を避けて飛び上がったミナーヴァが臨戦態勢に移ろうとした僅か一瞬、再びナニカが彼女を貫く。
「ーー漂流物体っ!」
キルビートの放った魔法はミナーヴァを引き寄せた。間一髪、攻撃を避けたミナーヴァの頬は鋭い刃先で切り裂かれたように血を流している。
「油断しました、感謝します」
「どういたしまして。それより不味いですよ、あれは明らかに人間じゃない……」
2人に同行した兵士達はすでに大半が串刺しで事切れている。血生臭い回廊の奥、不気味な鳴き声をあげながら2人近付く怪物の姿が燭台の灯り照らされた。
「……やはり、こちらが本命。"悪魔"ですね」
揺れる小さな燭台の光がその姿に影を落としていた。
辛うじて人の形を止めた上半身と、節足動物のように伸びる何本もの足。不気味な異形は、頭部に並ぶ数個の複眼で行く手を阻むように2人を見ていた。
ーーマタ、エサガ、エサガ、マタキタ
不気味な声色が回廊に響く。
「城下を焼いた"悪魔"の一人、奴は必ず討ち果たします」
首飾りは光を放ち、矛へと形を変える。ミナーヴァは頬を流れる血を拭いとると、飛びかかるのであった。
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