Ep.43 悪鬼の王子
ネストリア城下街を囲う雄大な森は炎に包まれ、深淵の夜空を明るく灯していた。広がる焔の中心部ネストリア城は、夜とは思えない明るさに包まれていた。
「お、おい……なんだよ、それ……」
目の前で起きた出来事が頭の中で整理できない。いつものようにふざけた笑顔で笑う彼女を想像していた、説明なく無理をする姿に一言言ってやるつもりだった。
「タナトス……? 冗談だろ」
言葉が出てこない。彼女は苦しそうに咳き込みながら倒れている。
「ゲホッ……ゲェッホ……ゴフッ……」
苦しそうに咳き込むタナトスの口から赤黒い液体が溢れ出る。抱き抱えるように彼女を起こすと、何度も名前を呼んだ。レヴァナントの必死な声に反応する事なく、苦悶に顔を歪めるタナトスは呼吸をする事もままならない様子で吐血を続けていたのであった。
「タナトスッ! おいッ、しっかりしろよッ!」
抱き起こした彼女の腹部に血溜まりができている。レヴァナントは構わず抱き抱えると、助けを求めて城へと続く橋へと駆け出した。
「待ってろッ、すぐに城の医療魔導士にーー」
ーーせっかく"感動的な再会"なの。邪魔しないでほしいわ……
何処かから声が聞こえた気がした。
一瞬足を止めたレヴァナントの視界が一面白濁した世界に変わる、巨大な何かが壁のように目の前を塞いでいた。
「なんだッ……」
「無粋なお兄さん、城へは行かせないわ」
今度は確かに頭上から声が聞こえた。
すぐさま顔を上げると、乳白色に囲まれた視界の中で宙に浮かぶ人影を捉えた。
「ゴフッ……ハァハァ……レ、バさん……」
「タナトス?! 気がついたのかッ!」
ゆっくりと目を開けたタナトスは、焦点が合わない視線を泳がせてかすれた弱い声をあげる。
「……ま、さか、相手の呪士があの人だとわ……ちょっ、と、まずいです……」
「今は喋るなッ! とにかく城までーー」
「だ……めで、す、レバさんは、逃げて……」
弱々しい言葉とは裏腹に、彼女は強くレヴァナントの服を握りしめた。
「駄目よ、タナトス。あなたは殺さないけど、ネストリアの人は始末しなくちゃいけないの。そのお兄さんも逃がさない」
再び聞こえた声は2人のすぐ側で響いたのであったーー
◆
「誰かが橋に仕掛けた呪術を解いたから、念のため森の黒狂禁忌に細工していたの。まさかタナトス、あなたの仕業だったなんてね。驚いたわ」
紫色の長い髪をなびかせて、薄い笑みを浮かべて2人に語りかける。色白の顔とは対照的な真っ黒のドレスを纏う細身の女性は、ゆっくりと近づいて来た。
「なんなんだよ、お前……タナトスに一体何しやがった」
突如空から現れた謎の女性に、警戒するレヴァナントは片手を銃へと伸ばした。構うことなく近づく女性の視線は、レヴァナントが抱えた少女だけを見つめている。
「お父様からあなたが旅立った事は聞いていたわ。私は反対したのよ? あなたはまだ子供だから、心配で心配で」
「よく言いますね……誰のせいで、こんな……ゲホッ……」
タナトスはようやく整いかけた荒い呼吸で話す。彼女は「大丈夫です」と呟くと、よろけながらレヴァナントの腕から降りた。まだ苦しそうに胸を押さえながら迫りくる女性を睨み返すと、銃を構えるレヴァナントに小声で語りかけたのであった。
「レバさん私は平気ですから、はやく城の人達と逃げて下さい」
「バカ言うな、お前の方がボロボロじゃねぇか。あの女がヤバそうなのは、なんとなく俺でも解る。まずはアイツが誰なのか説明しろッ」
よろめくタナトスを支えながら、迫り来る女から距離を取る。
レヴァナントが威嚇で放った数発の銃弾に全く怯む事なく黒いドレスの女は、ことさらに気味の悪い笑みを浮かべて近付いて来る。
「こちらにいらっしゃい、タナトス。未熟なあなたは、まだ誰かに守ってもらわないと生きていけないのよ?」
「嫌ですっ! 絶対行きません、私はもう立派な呪士なんです。アイテル姉さんにだって負けません」
口元の血を袖で拭いながらタナトスは叫ぶ。
「……あの人は、アイテル・リーパー。リーパー家の長女で、私の姉です」
「お前の姉!? なんでそんな奴が邪教に手を貸してんだよ」
いまだにフラフラと足元がおぼつかないタナトスは、首を横に振って応えた。
「わかりません。ですが、呪士としてのアイテル姉さんの実力は間違いなくトップクラス。性格が悪い所を含めて、敵にまわすと本当に厄介です」
苦悶と怒りと焦りが入り交じったような複雑な表情で話すタナトス、これまで見たことがない程の動揺が見てとれる。
「……お城の方にも、そろそろ到着する頃でしょうね」
アイテル・リーパーは紫色の髪をかきあげると、ネストリア城を一瞥する。2人が視線を動かした瞬間、城の方向から大きな爆発音が響いた。
「ほら。向こうも始まったみたいね」
意味深な言葉を呟いたアイテルが城の方へと振り向いた刹那、レヴァナントは剣を抜いて飛びかかっていた。制止するタナトスの声が僅かに聞こえた、構わず直剣が振り下ろすのであった。
◆
鮮血が辺りに飛び散る。
剣についた血糊を振り払うと、男は皮肉めいて吐き捨てた。
「ーー雑魚なんざ、さっさと片付けろ」
「あら? 私の方まで心配してくれるなんて、さすがネストリアの元王子様。優しいのね、フフッ……」
異形な鎧を纏う男は再び剣を地面に突き刺す。男の剣は足元に倒れたレヴァナントの身体を、深々と突き立てるのであった。
「ガハッ……グゥッ……ッ……」
苦しそうな悲鳴を上げるレヴァナントに幾度も容赦なく突き立てた後、男は二本の大角があしらわれた悪鬼のような兜を外して不機嫌そうに口を開いた。
「せっかく大金積んで雇ったのに、呪術破られてんじゃねぇか。それにこんなガキ共相手にして時間を無駄にしやがって。てめぇ、なめてんのか?」
つり上がった目を細めながら鎧の男はアイテルに苦言を吐き捨てる。不死の力で少しずつ意識を取り戻してゆくレヴァナントは、腹に突き立てられた剣を掴んでもがいた。
「私は言われた通りにネストリアの戦力を削ったわよ。あとはあなた達の仕事でしょう?」
不敵に笑うアイテルはレヴァナントに一瞥をくれると、再び空中に浮かび上がる。白濁して見えた景色が動く、巨大な何かが彼女を乗せて立ち上がってゆくのであった。
「私は高みの見物でもさせてもらうわ? 万が一にも苦戦したら手を貸してあげる」
這いつくばるレヴァナントが視線で追う。ネストリア城を遥かに越える大きさの巨大な羊頭の骸骨の掌の上で、アイテルは微笑みを浮かべて見下ろしていた。
「役立たずが……まぁ、俺一人いれば城なんざ簡単に落とせる。クソ賢人とクソ親父も含めて、全員ぶっ殺してやるッ」
二本角の悪鬼の兜を被り直すと、鎧の男は突き立てた大剣をレヴァナントの身体から抜いた。悲鳴と紅血は辺りに広がるのであった。
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