Ep.41 悪魔と病
巨大な城門をくぐり抜けると、すぐに庭園の異様な光景に目を奪われた。広大な城内庭園の至るところで簡易の寝床を作る人々、どの人物を見ても皆暗い表情を浮かべている。
「謁見の間まで案内します。私についてきてください」
ミナーヴァはそう言うと庭園を抜けて城の中へと進む、馬車から降りた3人は辺りの不明朗な光景を見回しながら彼女の後を追っていた。
「ところで、後ろのそのお方は?」
2人の後ろで庭園を眺める道化師の仮面男を見て、ミナーヴァは怪訝そうに尋ねてきた。慌てたレヴァナントがキルビートを紹介すると、彼女は少し考えた後に小さく漏らしたのであった。
「……まぁ、いいでしょう。ネストリアの役に立ってくれるのなら、今は少しでも人手がほしいですから……」
ホッと胸を撫で下ろすレヴァナントであったが、同時に彼女の意外な反応に違和感を覚えていた。以前の彼女ならば素性の知れない人物に対して、もっと警戒を払うはずだ。そんな余裕すらないほど切羽詰まっているのだろうか、無言で進むミナーヴァの背中を見ながらレヴァナントは考えるのであった。
◆
「どうぞ、こちらへ」
ミナーヴァは立派な装飾の施された扉を開くと、3人に中へと促す。初めて見る城内の装飾にはしゃぐタナトスが先に入ると、後を追うように2人も足を進めた。
謁見の間と呼ばれた広い部屋の中には鎧や大型動物の剥製など、豪華な置物が並んでいた。部屋の奥まで伸びた大きなテーブルの端に、1人座る男の姿が見える。
「ミネルウァ術士から話は聞いている。君達も邪教と対峙してくれたそうだな、礼を言う」
赤と白の司祭服に身を包んだ褐色の男は軽く頭を下げる。かしこまった男の風貌に3人も慌てて頭を下げた。
ミナーヴァは遅れて入ると、部屋の奥に座る褐色の男に深々と頭を下げてから3人に紹介を始めた。
「あちらの方は五賢人が一人、黒炎のスルト様です」
ミナーヴァの紹介に応えるように、褐色の男は立ち上がると口を開いた。
「私はグスタフ・ツァーリ・スルト。堅苦しい挨拶は抜きでいい、邪教について知っていることを聞きたい」
五賢人スルトは立ち上がると3人を手招いた。間近で見るその男は体格も良く、魔導士というより歴戦の戦士のような雰囲気を漂わせている。
「邪教の討伐には力を貸すよ、だがその前に今の状況を説明してくれ。ネストリアで何があったんだ?」
尋常ならぬ威厳を漂わせた五賢人スルトに対し、臆することなくレヴァナントは口を開いた。スルトは目を細めて3人を見回す、レヴァナントは睨み返すように。キルビートは怯えるように、タナトスは微笑み返していた。
「……貴殿の言う通りだな、こちらも相当焦っていたようだ。まずはこちらから説明しよう」
スルトは硬い表情を少しだけ緩めると、3人に座るよう促したのであった。
◆
「数ヶ月前から邪教とおぼしき集団による各地への襲撃が始まった。ネストリアス王と我ら五賢人はすぐにこれを撃退するため、各地に兵を派遣したのだ……」
五賢人スルトは硬い表情のままに淡々と話を続けた。時折顔を伏せるミナーヴァを横目に映しながら、レヴァナント達はネストリアで起こった事態を聞いていたのであった。
「邪教は予想を遥かに上回る数で各地の街を襲っていた。そこで我々五賢人も手分けして討伐に向かったのだ。しかし……それこそが邪教の狙い、手薄になったネストリア城下に怪物を送り込んできた。城下に舞い降りた三匹の悪魔達は、瞬く間に街を火の海に変えたのだ……」
息を漏らすスルトは硬い表情に少しだけ後悔のように視線を下げて語る。
「三匹の悪魔達ってのは、転生変換術で造り出した化物か。確かに手強い相手だけど、あんたら五賢人ってのはこの国で一番強い魔導士なんだろ? 」
レヴァナントの問い掛けにスルトは静かに首を振る。
「確かに城には私の他にミネルウァ術士のような国選魔導士が数人、戦力的には十分に戦える。だが……相手が悪いのだ」
「どうゆう事だ?」
スルトが言い渋ると、ミナーヴァも表情を曇らせた。
「奴等の内の1人は……ネストリアス王のご子息なのだ。数年前に城を飛び出した王子が、あろうことか逆賊としてこの国を襲ってきた。これに堪えてしまったネストリアス王は病床に伏しておられるのだ」
スルトは重い溜め息をつく。
「それに加えて厄介な事に、我々魔導士の間で奇妙な病が蔓延し始めたのだ。方法はわからないが、おそらく奴等の仕業で間違いないだろう」
「奇妙な病?」
レヴァナントとタナトスの声が重なる、2人の問い掛けに今度はミナーヴァが口を開いた。
「初めは小さな黒い発疹から始まって、魔法を使えば使うほど痣のように全身に広がってゆく。ある程度全身まで広がると、今度はそこから身体を蝕んで腐り始めてゆく……」
ミナーヴァはそう言うと自らの袖をまくりあげる。色白の細い腕には小さな黒点がポツポツと浮かんでいた。
「たった数日足らずで6人もの魔導士が亡くなったわ。邪教との戦いで魔法を使い続ければ、いずれ私も……」
ミナーヴァは袖を直すと暗く顔を落とした。それまで気がつかなかったが、良くみれば五賢人スルトの首筋にも黒い痣のようなモノが浮かび上がっている。
「……【黒狂禁忌】、それは呪術ですね。対象が指定の行動を行うと発動する呪いで、この場合だと魔法がその行動みたいですね」
突然口を開いたタナトスに、その場に居合わせた皆の視線が集まった。彼女は視線に気がつくとパッと明るい笑顔で続けた。
「何人も呪いが発動してるって事は、呪いの対象はこの城下街一帯だと思いますよ。設置された呪いの媒介を破壊すれば解けるはずですっ!」
「本当かッ?! いったいそれは何処にーー」
五賢人スルトは取り乱して声を荒げる。
「そこまでは解りません、でも……」
タナトスは暫く考えた素振りの後、ハッと顔を上げて応えた。
「この街の一帯を焼いてしまえば良いと思いますっ!」
突拍子のないタナトスの発言に、一同は目を丸くして固まるのであった。
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