Ep.39 そして動き出す
北の大陸を大きく分断するように作られたセントネストル運河、人工的に作られた巨大なこの川は国の物資輸送の要となっている。
広い運河の側道をひた走る馬車は、王都ネストリアまであと少しという所まで進んでいたのであった。
「次の森を越えたらいよいよ王都が見えてきますよ」
前を向いたまま後ろの客車に言葉を投げる御者の男、その声は少しだけ高揚している様に聞こえた。
「ようやく到着か……ほんとに丸2日かかるなんてな」
車窓を眺めるレヴァナントは軽く伸びをすると、大きな欠伸を堪えるように噛み殺した。
「僕も王都に行くのは久しぶりです。なんだか緊張してきました……」
反対側の窓から顔を出したキルビートが独り言のように呟く。元々は王都で暮らしていたという彼の話によると、かなり広大な城下町街らしい。
「スゥ……うぅん……」
2人より後ろの席で横になるタナトスは、時々寝言を漏らしながら熟睡中であった。
「御者さん、王都についたら俺達も城に入れるのか?」
「もちろんです。国選魔導士ミネルウァ様の客人として迎え入れて貰えますよ」
御者の言葉にレヴァナントは安堵したように顔を緩める。城の持て成しならば食事も寝床もしっかりした物だろうと、内心かなり喜んでいた。
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「しかし、今日の空は妙な色をしていますね。この季節は大抵、快晴が多いはずなのに」
「たしかに、妙に霞んだ空模様ですね」
御者の言葉にキルビートも頷いている。王都ネストリアを知る2人には、今日の空模様は異様に見えるらしい。
「そうかぁ? ただの曇り空にしか見えないけど……」
2人の視線に連られたレヴァナントは、空を見上げて今度は大きく欠伸をする。白い絵の具に僅かに褐色を足したように、濁る空は厚い雲で覆われている。行く先の両脇を囲い込むように生い茂る背の高い木々は、薄曇りの差し色のように鮮やかな緑をうかべている。
森を進む馬車は荒れた道に、時折激しく揺れながら進む。進むほどに曇天は一層まして暗く変わってゆくと、先程よりも黄ばんだ煙のように包まれているのであった。
「この道を抜ければいよいよ見えてきますよ。さぁっ! 広大な城下町がーー」
御者は言葉を詰まらせると、突然手綱を引いて馬車を止めた。急ブレーキに後ろの客車は大きく揺れると、中で座る3人も衝撃に身体を揺さぶられる。
「痛ってぇな……御者さん、何してんだよッ?」
「うぅぅん、おはようございます……もう着いたんですか? 」
「痛たたっ、僕なんか顔モロにぶつけましたよ」
客車から身を乗り出す3人は、それぞれ御者の男に尋ねる。手綱を握る男は、固まって反応をみせない。
「王都が……ね、ネストリアがーー」
振り返ると真っ青な顔の男は、言葉を失くしたように愕然としていた。何事か口を動かして見せると、御者は馬車の先を指差したのであった。
「なんだよこれ、城下町なんて何処にもないじゃないか」
レヴァナントが見た光景は聞いていた街並みとはまったくに違う、広大な焼け野原が広がっていた。崩れた建物に囲まれる様に、真ん中には運河を挟んで城が一つそびえるだけである。
「そ、そんな、ネストリアの街が……」
「御者さん、とにかく城まで向かってみよう。誰か居るかもしれない」
レヴァナントの言葉に馬車は再び動き出す。崩れた廃墟に近づくと、より一層に悲惨さを感じてならない。城の周囲の街並みはことごとく破壊され、激しい戦争でもあったかのように朽ち果てている。
「城門前の橋は崩れていないようです。進んでみましょう」
馬車はネストリア城へと続く長い橋へと進むのであった。




