Ep.35 華麗なる貴族
「いい度胸したガキだね。あんたからバラしてやるよ」
血の気のない白い顔を一層青ざめさせたパレスは、両手をタナトスの方へ向ける。左右の掌が怪しい光を放つと、激しく地面は揺れだす。大地は轟音と共に盛り上がると、岩盤は無数の棘のように這い出した。
「まずはお前から、片付けて……」
彼女の言葉を遮るように乾いた破裂音が響く。パレスの頭を鉛の弾丸が撃ち抜いたのであった。
「せっかくの登場で悪いが、さっさと退場願うな」
構えた銃口を下げるレヴァナント、躊躇なく撃ち放った弾丸は背を向けていたパレスを貫いた様に思えた。
「……ッッ、このガキがなめた真似をッ」
直撃したはずの弾丸は、地面から伸びた硬い岩柱で後頭部すれすれに止められている。
「コイツもやっぱり化物かよ。いいぜ、相手してやるッ!」
直剣と大型拳銃を構え直すと、距離を測るように動く。青筋を浮かべたパレスは一層不機嫌な様相でレヴァナントを見据えた。
「備蓄用の餌にしてやろうと思ったが、もういらない。目障りな小虫は今すぐ潰してやるッ」
「出来るもんならやってみな。同じ化物でも、でかくなけりゃ楽な相手だね」
挑発に怒り狂うパレスは、激しく雄叫びをあげる。一足にレヴァナントの元へと駆け抜けると同時に、四方を囲うように岩の棘を生み出してゆく。轟音が大地を揺らしてレヴァナントに襲い掛かった。
「だから言ってんだろ、所詮人間サイズなら負ける気がしねぇって……」
レヴァナントは迫り来る岩の棘を次々と撃ち砕くと、剣の届く間合いまで身を捩る。パレスが飛び掛かる一瞬のうちに、彼女の胴体を剣で引き裂いた。
「ぐぅッ……こざかしいッ!」
引き裂かれた身体はすぐに再生する。捻り直した身体でパレスは再び岩の棘を繰り出す、今度はレヴァナントの胴体を貫いた。
「ーー痛ッッ……だが効かねぇな、今は俺も化物だ」
胴体を貫かれた不死の男は体勢を直すと、すぐに頭を目掛けて反撃を撃ち放つ。弾け飛ぶ頭部と一緒にパレスの身体は後ろに吹き飛ぶ。起き上がると同時に再生する頭、パレスは目を細めて呟いた。
「お前、種を植え付けられてるのか? しかも、もう芽が出てるみたいだな」
「種……前にもイスカリオが言ってたな。知ってる事、全部話してもらおうか」
パレスは再び不気味に笑う、その顔を躊躇なく撃ち抜くレヴァナントは畳み掛けるように攻撃を続けていた。元々傭兵として高い戦闘センスを発揮していた彼であったが、この数ヵ月で飛躍的にその動きは向上を見せていた。レヴァナント自身もその変化に驚きを隠せないでいたのであった。
(……やっぱりだ。アマルフの一件、いや、もっと前から)
レヴァナントの五感は常人から掛け離れた、異常な程に研ぎ澄まされている。死角からの攻撃にも容易に対応できる反射は、人を超えた異常性すら感じさせた。
「種の力を扱えているのかッ! 小賢しいガキだねッ」
手を着いた地面から煙のように沸き上がる砂煙が刃のようにレヴァナントを襲う、肉を引き裂く砂刃に怯むことなくすぐに反撃に移る。
「その種とやらが何なのか、詳しく聞きたいなッ!」
激しい攻防はもはや人の域を越え、互いに異常な戦いを見せていた。
◆
「レバさん頑張れーっ!」
タナトスは激しい攻防を見ながら、他人事のように楽しげな声援を送っている。
「リーパーちゃんっ、あのままじゃバンシー君が殺されてしまうよ!」
キルビートは慌ただしく騒いで頭を抱えていた。
「大丈夫ですよ! 今のレバさんは不死身です、何度でも蘇りますからっ」
自慢気に笑う彼女の姿に、キルビートは尚更困惑したように顔を歪める。
「でも【アルケミスト】ってどういう意味なんですかね? あっちの道化師さんは何者何でしょう……」
「錬金術師、物体や生き物を自在に変化させることが出きると云われてます。その術の原理はまったく不明で。僕も、昔話に出てくるような架空の存在だと云うくらいにしか解りません」
キルビートとタナトスは激しい攻防を続ける2人を見る。明らかに人智を超えた異常な力を扱うパレス・プラナロム、すでに人とは思えない動きで傷を負いながらも錬金術を防ぎきるレヴァナント。2人の不死者の戦いは、お互い致命傷を与えることが出来ないまま続いていた。
「チッ、めんどくさい奴だね……」
「それは、お互い様だろッ。そう思うなら殺られてくれよ」
パレスは突然攻撃の手を止めると、辺りを見回す。不気味な笑みで再び顔を歪ませると、広場から駆け出した。パレスの不可解な動きに、3人は彼女の向かう先見据える。広場の先に賑わう街の灯りが見えた。
「アイツ、街の方へ向かうつもりか?」
「まずいですよ、街中であんな暴れ方をされたら。街の人達が危ない……」
レヴァナントとキルビートは慌てて駆け出そうと動いた。後ろから何かに引かれたレヴァナントは振り返る、袖を引っ張るタナトスが何か差し出している。
「先に渡しておきますねっ!」
「バカ言うな、街中で七死霊門なんて使ったらそれこそ街一つ消し飛ぶだろ」
差し出された小瓶を突き返す、それでも彼女は強引に押し付けた。
「念のためですって!」
「……お前、扉閉められるようになったから試したいだけだろ」
一応に否定する彼女だが、満更でもないその表情を見て呆れたレヴァナントであった。
「ーー2人とも何してるんですかっ!? 早く追いかけましょう」
先を走るキルビートの叫ぶ声に2人も走り出す、タナトスは笑って誤魔化したのであった。
◆
ーーなんだ? 広場の方で大きな音がしたよな?
ーー誰かがこっちに向かって来ている?
賑わう商店街、広場の方から鳴り響いた音に気がついた数人が様子を伺っていた。
「ーー丁度良い!」
蒼白い顔をした女が広場から駆け出して来た。不気味なその表情に人々は悲鳴をあげた。
「消耗した力の分、生餌を頂こうかぁ」
世にも恐ろしい顔をしたパレスは、賑わいを見せる店先目指して飛び掛かる。極彩色の不気味な衣服の隙間から無数の大蛇が顔を出した、這い出した大蛇は首を伸ばして怯える人々に襲い掛かる。
「汚い悲鳴だねぇ……」
待ちに断末魔が響き渡る、鮮血が辺りに激しく飛び散った。パレスの身体から伸びた大蛇達は、次々と頭を食い千切ってゆく。あっという間に商店前の通りは、見るも無惨な首なし死体が幾つも転がっていた。
「これは、何て事を……」
「酷ぇな、これ……」
悲鳴を辿り追い付いた3人に、不気味な大蛇が威嚇のように牙を剥き出す。
「人間は実に便利だね。餌にもなれば、人形にもなる、それに幾らでも沸いてくるのだから」
パレスは口のまわりに鮮血をベッタリと着けながら蒼白い顔で嗤う。
「パレスさん……そんな、貴女はそんな人ではなかったはずだ」
キルビートは膝をついて落胆していた。恩人と仰いだ道化師の正体は人ならざる者、残虐無慈悲な怪物であった。思わず吐き気を催す彼にレヴァナントは声をかけるのだが、突きつけられた不条理な真実に相当に堪えているように俯いて反応を見せないでいる。
「生きていても、死んでいても、人間は勝手に動いてくれるから助かるね。まぁ指示以外の余計な行動をしない分、死体の方がワタシは好きだけどぉ?」
大蛇がパレスの身体の中に戻ってゆく、すると倒れていた首を亡くした死体達はゆっくりと立ち上がった。フラフラと揺れ動きながら、3人をとり囲み込むように集まり始める。
「首なし人形と遊んでいなよ。ソイツら、死なないからずっと相手していられるわよ? ウッフフフ……」
パレスは不気味な笑い声を上げて街の中へ走り去る、すぐに追いかけようとするレヴァナントに死体達が行く手を塞いだ。首のない死体達は一斉に両手を伸ばすとドロリと腕の肉が滑り落ち、飛び出した乳白色の尺骨は鋭い矢尻のように鋭く変形した。
「クソッ、これも錬金術なのかよ」
レヴァナントは再び剣と銃を構えた、3人を囲む首なし達はジリジリと距離を詰めよって来る。
「……バンシー君、リーパーちゃん、2人はパレスさん……いや、錬金術師を追って下さい。ここは僕が何とかします」
跪いていたキルビートは俯いたまま話した。
「この数だ、1人じゃ袋叩きにされるだけだ。まずは一人ずつ倒して、突破口を……」
レヴァナントは言いかけると彼を見た。いつの間にか憤怒の仮面を着けたキルビートは、ゆっくりと首なし達に近付いてゆく。
「大丈夫です。僕だって元々は五賢人の一人、軍神オーディンの血筋を引く貴族。昼間に言いました、僕はもう逃げない」
◆
「お前が、五賢人の貴族……?」
レヴァナントは思い出していた。以前、アマルフの街でミナーヴァの口から聞いた魔法国家ネストリス最高位の魔導士達。その血筋を引いていると話す彼は2人の前に立つ。
「漂流物体は地に足をついていないモノを手元に呼び寄せる、それは目に見えない英霊達を呼ぶことも可能……」
眩い光がキルビートに集まってゆく。引き寄せられた光は彼を包み込むと、膨張し一つのシルエットを浮かび上がらせた。
「お、お前そんな事できたのか」
「すっごい! 変身ですねっ」
光が収まると共に膨張したシルエットは全容を露にした。レヴァナントは彼の変貌に驚きながら、タナトスは巨体に変わる彼の姿に喜んだ。
「……【狂擬態】。英霊達の御霊を纏う、軍神オーディンの秘術」
憤怒の道化師の身体は、巨大なヒグマのように勇ましく変化したのであった。
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