Ep.33 夜のステージ
Ep.34は1月12日更新です!
夜を迎えたクレストリッジの街。いつものように煌々と焚かれた灯り、いつもと違うのは集まった人々から飛び交う声だった。
《ーー今宵のクレストリッジは大変に荒ぶっております! それもそのはず、クレストリッジの怪人【 憤怒の道化師】に掛けられた疑惑の真相に街は激しく動揺しているでしょう! 》
街の中央に備えられた特設の舞台上は押し寄せる群衆で溢れかえる、アナウンスの声はそれを煽るように響く。今にも暴動が起こらんという異常な雰囲気が街に漂っていた。
《ーー……それでは、お時間になりました。全てはこの人物に語っていただきましょうッ! 》
罵声はさらに大きく空気を揺らしていた。ある者は怨みを込めて叫び、またある者は何かを訴え掛けるように涙を流している。
子供達は大人達の豹変に怯えた。憧れのヒーローが、今まさに粛清されんとする異常さに声もあげられないまま震えて見ている。
舞台の幕がゆっくりと上がる。1つのシルエットが浮かび上がった。
「……今宵もお集まり頂き、心から感謝申し上げます」
壇上に姿を現した道化師に群衆の怒りの声が最高潮を迎えていた。
暫く鳴り止まない汚い言葉をただ立ち尽くして待つ道化師、女達は子供達の耳を塞いで抱き締める。
狂気と殺気が包む会場は、まるで戦場のような激しさと人の闇をまざまざと写しだしていた。いつの間にかすすり泣く子供達の声も、黒い感情の中では誰も気がつかない。
《ーーこ、これはどういう事でしょうッ?! 》
突然のアナウンスの声にハッとしたように人々は舞台に注目した。
轟音と激しい閃光が舞台のはるか上空で弾けた。
闇夜に大きく開いた眩い火花。大輪の花火がクレストリッジの夜空に幾つも開いたのであった。
「これは私からの、所謂サプライズでございます。まずは静粛に聴いていただけると有難い」
夜空に輝く大きな花火に子供達はいつの間にか泣き止み、夢中で空を見上げるのであった。
「皆様が私に抱いている疑惑、全く身に覚えは御座いません。しかし、純粋無垢な子供達が大人の汚い感情で涙を流すのならば私は喜んでこの命を差し上げましょう。この花火のように激しく散り行く道化師に免じて、どうかこの暴動は抑えて頂きたい」
一際大きな花弁が弾ける夜空に子供達は皆、頭上を見上げて歓声をあげた。
罵声をあげていた大人達だけが舞台を見ていた。ステージの上で銃口をこめかみにあてる道化師は軽くお辞儀をする。
激しい二つの破裂音が重なると、舞台の上の道化師は倒れた。すぐに舞台の照明は落とされると、それまで声をあげた大人達は静まり返る。
《ーークレストリッジの怪人による贈り物、喜んで頂けたようです。これにて本日のショーは閉幕となります……》
響き渡るアナウンスと共に、会場は花火の轟音と子供達の歓声だけが流れていた。我を忘れて怒りをぶつけた大人達は、すぐさま虚しさと恥ずかしさを思い出した様に子供達を抱き締めるのであった。
やがて、花火が打ち終わると集まった群衆は静かに帰路につく。誰もが語ろうとしない粛々とした雰囲気の中、クレストリッジの街は元の様相に戻りつつあったのだ。
◆
「ーー待ちなっ! あんた達、あんなチンケな芝居で納得出来るのかいっ?」
一人の老婆が声を張り上げる。
「ヤツはまだ死んでいないかも知れない! こんな子供騙しみたいな事で許していいのかっ?!」
煤けた衣服を纏う老婆は必死に叫んだ。しかし、集まっていた群衆は誰もその声に反応はしない。つい先刻までの行動を恥じる大人達は、誰もが悔いたように声もあげず静かにその場を立ち去ってゆくのであった。
「こんなっ、こんな事で道化師を許すなんて出来ないだろっ! こんな、こんな子供騙しで……」
いつの間にか広場に押し寄せていた人々の姿は見えなくなっていた。残された老婆は、ただ一人叫んだ。
「ちくしょうっ! この根性無しどもめ」
老婆は激しく地団駄を踏むと、舞台に向かって駆け出した。老体とは思えない身のこなしで舞台に登ると、降りた幕をくぐる。
暗闇の中、老婆は灯りを探した。手探りに進みだした瞬間、舞台の上部から眩しい照明が焚かれる。
「婆さん、あんたが首謀者だったのか」
突然の眩い光に老婆は目を細めた。声の方向を向くと道化師の姿が映る。
「お、お前ッ! やっぱり生きていたのか」
老婆は懐からナイフを取り出す。それと同時に道化師は憤怒の面を外した。
「残念だったな、俺は道化師じゃなくてただの不死者だ。本物は舞台袖で待ち構えてる、この暴動の首謀者をあぶり出す為にな!」
道化師の衣装を纏ったレヴァナントは銃を抜くと老婆に向けた。
「あれ? 石像の前であったお婆さんだ」
舞台の端から楽しげに現れたタナトスは老婆の後ろに立つ、挟まれた老婆は顔をしかめていた。レヴァナントは右手に持った道化師の面をおもむろに投げる。舞台の奥から現れた男はそれを受け取ると、いつも通りといった仕草で身に付けた。
「なぜ僕を嵌めようとしたのですか? 貴女は一体……?」
憤怒の面を付けたキルビートは老婆に問い掛ける、怒りに顔を歪ませた老婆は震えながらナイフを向けた。
「私はフェラリオ・シャービル。この街の支配者の妻だよ。おまえら道化師なんかが現れたせいで街の連中は裏切り、夫は殺されたんだ」
フェラリオと名乗る老婆は悔しそうにナイフを振り回す。無力なその姿にレヴァナントは憐愍の眼差しで老婆見る、老婆は声をあげて泣きわめくのであった。
「……もういい。裏切り者の街の連中も巻き込んでやろうと思ったが、腰抜け連中など皆殺しにしてやる」
ボソボソと何事かを呟く老婆は、手に持ったナイフを投げ捨てた。
「降参……って事でいいんだな」
レヴァナントは構えた銃をゆっくりと降ろす。
「ーーバカどもめ、こうなったら私が直々に手を下してやるっ!」
老婆の叫ぶような声と鬼の形相に、何かを感じた
レヴァナントは叫んだ。
「タナトス、キルビート、気を付けろッ……」
突風が幕を吹き飛ばすと、舞台の照明が弾けた。激しい風に舞台から投げ出されるタナトス、キルビートは片手を伸ばすと叫んだ。
「漂流物体……ッ! 」
キルビートは間一髪で彼女を魔法で引き寄せ、襟を掴む。吹き飛ばされた当のタナトスは、楽しげに歓声をあげていた。
◆
「お前の前の道化師、【 哀哭の道化師】はバカなヤツだったよ。自慢の力を私に授けて死んでいった」
暴風の中、老婆の声が響き渡る。3人は舞台から飛び降りると距離を取っていた。
「間抜けな道化師は三文芝居に簡単に騙されてくれたよ。そして私はこの力を手にいれた、この転生変換術をね」
老婆から発せられた転生変換術という言葉。その言葉にレヴァナントとタナトスの2人は反応する、アマルフで対峙したあの牧師が口にした術名。
「コイツも奴等の、邪教の仲間か……」
「レバさん、この人もまた変身するんですかね?」
2人は身構える、暴風は勢いをまして鳴り響くのであった。
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