Ep.32 逃亡者の安息地
Ep.33は1月11日更新です!
窓から伸びた眩しい光で無理矢理に起こされる。起き上がろうと身体を動かすと、頭の奥に鈍い痛みが走った。
「き、気持ち悪ぃ……」
昨晩は久しぶりに飲み過ぎた、暫く反省する。しかし、あんな楽しい夜はいつぶりだったろう。ベッドの上で上体を起こす男は思い出して笑う、すぐにズキりと刺すような頭痛が襲い顔を歪めた。
……夜のショーまではまだ時間がある。今日はこのまま休んで過ごそう。
男は額を抑えると再びゴロリと横になった。空の右手をテーブルの方へと向ける、光の粒子が集まって何かを型どった。いつの間にか右手には水の入った瓶が握られている。己の怠惰を魔法で解決する男は一息に水を飲み干すと、再び目を閉じるのであった。
◆
再び目を覚ますと頭痛はだいぶ治まっていた。窓から見える空の色はほのかに紅を含み、今が夕刻だということに気づくまで少し時間がかかった。
ーー殺人鬼は何処だァッ!
ーー手分けして建物を調べろ!
「な、なんだ……?」
外から聞こえた怒鳴り声に慌てて飛び起きる。そっと窓から盗み見ると、道幅一杯に広がる大勢の人々が罵声を飛ばしながら進む光景が見えた。
「何があったんだ……僕を探してる?」
混乱した頭の中をよそに、身体は無意識に身支度を始めていた。ようやく巡りはじめた思考、男は外の声に聞き耳をたてる。
ーーずっと街の皆を欺いていたんだ
ーーこれまでの事故は全て嘘だったんだ
ーーあの道化師の仕業に違いない
ーー先代の道化師も奴が殺したんじゃないか?!
「……そ、そんな?! 言い掛かりにしても、あまりに酷すぎる。誰がそんなことを……」
今すぐ飛び出して誤解を解かなければ。男は一目散に部屋の出口へ向かった。ドアノブに手を掛けようとした瞬間、扉の外から声が響く。
ーーこの家はまだ調べていないな
ーーすべての扉を破ってでも中を調べろッ!
先程よりも一層に血の気の多い罵声に、思わず後退りしてしまう。両手で口を抑えて息を殺す、その時男の頭に1つの案が浮かんだ。
……街の人達は僕の素顔を知らない。今ならまだ逃げられるかもしれない
扉の前に棚を横倒しにすると、男は反対側の暖炉へと走った。この季節使われること無く煤けた暖炉の入り口に手をかけると、中を恐る恐る伺う。
「……こんなことなら、もっと掃除しておけば良かった」
左手にベットリとついた焚き殻を見て眉根を下げる。ふと壁に掛けられた物に目が止まる。思いとどまる様に頭を振った後右手を伸ばす、すぐさま面は手元に収まった。鬼のように顔を歪ませた道化師の面をしっかりと握り締めるのであった。
「きっと、話せば誤解は解けるはず。まずはここを出て……」
ーーおいッ、この部屋何かで塞がれてるぞッ!
扉を叩く音が独り言を遮ると、男は決心を決めたように暖炉に潜り込むのであった。
◆
ーー何処かに逃げたぞッ! 街の出口を塞げ!
叫び声をあげた男達が大通りを駆けていった。手には思い思いの武器を持ちながら、ひきつらせた形相は激しい憎悪がほとばしって見える。
「……こっちにも大勢、これじゃあ逃げ場がない」
男は物陰に身を隠して通りを伺う、すぐ側の通りをまた数人が走り抜けていった。
「……逃げる必要なんてないじゃないか、これはきっと何かの誤解で。そうだ、いつものようにこの道化師の姿で現れればきっと皆話を聞いてくれるはず」
無意識は窮地の中でも安息を探していた。男は大通りに飛び出して無実を叫ぼうと考えた。しかし、そんな安直な考えは耳に届いた罵倒によってすぐに留まらせる。
ーー隠れているのが何よりの証拠だ、見つけたヤツから一斉に殴り殺せ!
「……ヒィッ」
思わず漏れそうになる悲鳴を両手で受け止め、力無く路地を背に座り込むのであった。
「何処に行っても僕には居場所がないのか。これもきっと、戦場で犯した罪の報いなのかもしれないな……」
項垂れると水溜まりに映る自分の顔見えた。なんとも情けない表情の男は、思わず自嘲気味に笑ってしまう。過去の思い出が次々と頭の中で巡る、妻子と過ごした穏やかで幸福な日常の思い出。戦地から帰った後には何もかも失っていた。
いつの間にか涙が頬を伝う。怒りは何度も通り越した、悲しみも底の底まで辿り着いたと思っていた。けれども再び失くした安息地に悲哀は際限無く押し寄せるのであった。
「もう、僕なんか……」
「道化師が泣いてどうするんだよ?」
突然の呼び掛けに男は尻餅をついて驚くと、声の主を探して見渡した。
「こっちだ、こっち」
頭上から降って来た2つの人影に、男はまた悲鳴をあげそうになる。もたれ掛かっていた建物から飛び降りてきたのはボサボサ頭の目付きの悪い男と、大きな荷物を背負った少女。
「お前の仕業じゃないんだろ、キルビート?」
「道化師さんのショー、また見せて下さい! きっと街の皆も見て楽しんだら、誤解だって解けますよ」
レヴァナント・バンシーとタナトス・リーパー、2人とは昨晩初めてあったばかりだ。なのにも関わらず自分を信用してくれる2人の言葉に、男は再び情けない鳴き声をあげるのだった。
「バンシーくんっ! リーパーちゃんっ! 僕は、ぼくはぁ……」
思わずすがり付いた男をレヴァナントが嫌そうに引き離そうとする。隣のタナトスは楽しそうに笑っている。
「さて、このままクレストリッジを出て逃げるのもいいが。お前はどうしたい? 」
レヴァナントに問い掛けられる、このまま街を出て逃げてしまえば不合理な罵倒を浴びなくて済む。
「今日はショーやらないんですか?」
タナトスは残念そうな目で見つめてくる、彼女は心から自分のショーを楽しみにしてくれているのだろう。
「……もう逃げません。僕は、今度は足掻いてでも大切な場所を守りたい」
憤怒の道化師キルビート・ビー・トラストは涙を拭うと、修羅の如き面魂の仮面を取り出した。
「よし! それなら反撃といこうか」
「また見れますか? やったーっ!」
2人の顔を見て再び奮い立つキルビートは仮面を付ける。
「まずは今夜、またショーを開く。お前を嵌めた奴の正体をあぶり出すぞ」
レヴァナントは何か策があるかのように、ほくそ笑みを浮かべながら言った。唐突な彼の言葉にも関わらず、キルビートは不思議な安心を覚えたのであった。
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