Ep.3 夜襲
「リーパーの家系は元々呪士の大家でして、私が継いだらちょうど99代目になるんです。呪士にも色々なタイプがあるんですが、リーパー家の呪術は代々1つの秘術を継承した子孫が継いでいきます。私にも姉弟がいるのですが、私だけがその秘術を扱えました。まぁ、でもその他の呪術はまるで覚えられなくて劣等生だったんですけど……そんな経緯で私は次期リーパー家を継ぐ者として、修業のために世界を廻るよう父に言われまして……」
(ーーコイツ……話なげぇ…… )
ひたすらに身の上話を続ける彼女を、レヴァナントはゲンナリした表情で眺めていた。
「……で!…………それがですね………するんです………で、………そうゆう事なんです。わかりました?」
一息に語り尽くすとタナトスは満足げに笑う。
「あ……あぁ、なんだかわからんが、とりあえずお前が俺を助けた理由を教えてくれないか?」
レヴァナントは憔悴していた。半分以上聞き慣れない単語で埋め尽くされた彼女の話に、頭の中が整理できないのだ。
「それはですね!レブァ…レ…ヴァン……」
首をかしげながらモゴモゴと口ごもる。
「レヴァナント・バンシーだ」
(ーーこの短時間で人の名前を忘れやがった)
「そう! えっと…レバさんを助けたのは他でもなくてですね。私の呪術をサポートした貰いたくて……」
「サポート……?」
「はい! 難しい事ではありません。ただ、死んで欲しいだけなんです!」
「……は?」
(コイツ、人の名前を勝手に略した上、自分のために死ねと言ってきやがった)
「レバさん不死身なんですよね! だから死んだら適当に生き返って貰えばいいんで! あ。でも、死なないって事は……死ぬ前に復活しちゃうんですか?!」
彼女は慌てたようにバタバタと忙しなく話す。
「ハァ……不死者なんて言っても正確には死んでる。一回毎に絶命して、甦るって表現が正しい」
根負けしたのか、呆れたのか、レヴァナントは渋々に自身について話し始めるのであった。
◆
ようやく訪れた静寂、辺りの穢れを流すように雨が降り始めていた。
(……ここは……地獄か)
岩かげに持たれかかった男は、荒い息を漏らしながら辺りを見回す。
視界に映るのは、ところ狭しと這いつくばる屍達。
(……死んでたまるか、俺はまだ死ねない)
奮い立たせるように言い聞かせる男だが、すでにいくつも致命傷を受けていた。両足の感覚は失く、立ち上がる事も出来ない。霞む視界の中、足を見るとすでに膝から下が吹き飛んでいた。
(……くそぅッ)
最期の時はすぐそばまで近づいていた。意識も途切れかけた刹那に何かが聞こえた。
【__死から逃げたいか?】
不快な声が耳の奥に届いてくる。声のする方を向こうにもすでに顔をあげる力もない。
【__僅かな生にしがみつく愚かな者。可哀想な生き物だな……】
最期の力を振り絞り罵声の主を睨み付ける。それが、今の男に出来る小さな抗いだった。
眼前には黒い人影が立っていた。フードで顔は見えなかったが、その姿はまるで昔話に出てくる死神のようであった。
【__死を畏れる者よ、生が産み出す苦しみを、お前に与えてやろう……】
意識はそこで途切れた……
「目が覚めると身体の怪我は消えていた。その日の内に別の部隊と合流した俺は、すぐに夜戦に赴いた。そこで初めて気がついた。どんな致命傷を受けても死なない、いや、死ねなくなった事を……」
空を見上げるレヴァナントは何か懐かしむような表情で続けた。
「あれからもう何年になるか……不死身についてわかった事は、この不思議な力は夜の間だけ働く事だけ。昼間の内はただの人間だ……
……って、聞けよッ?!」
眼前の彼女は何かを夢中に撫でまわしていた。
「レバさん見てください! すっごく可愛いー!」
見ると彼女はキツネのような獣を抱き上げている。野生の獣が焚き火に近づいてくるなんて珍しい事もあるものだと、呆れ顔で見ていると獣の首元で何かが光った。
『ーーよこせッ!伏せろ!』
突然叫びだしたレヴァナントは彼女から獣を引き離すと、抱え込むように獣を地面に押さえつける。
瞬間、轟音と共に激しい爆風でタナトスが吹き飛んだ。
……上手く殺ったか?
……おい、女の声もしたな。男は殺していいぞ
茂みから数人の男が現れた。男達は武器を構えて近づいてくる。
「直撃ならすでに死んでるだろ」
男達は辺りを見回している。視界に倒れるタナトスを捉えると、下衆な笑い声をあげながら近づく。
「ガハッ……」
後方の男が倒れると前の三人は振り返った。
喉元を切り裂かれた男が短い悲鳴をあげながら絶命するすぐ側に、燃えかけた衣服を破る男が立っていた。
「あんなもんで死ぬかよ」
野盗とおぼしき三人の男は驚きながら武器を構えた。次の瞬間拾い上げた銃で一人の頭を撃ち抜くと転がるように間合いを詰める。
「こ、殺せッ!」
切りつける刃を躊躇なく右腕で受けると、レヴァナントは野盗の眉間を撃ち抜いた。
「……ヒッ、ば、化物だ……」
切り落とされた腕を拾い上げた男は、傷口にぐっと押し付ける。右腕はすぐに元通りに動いた。
「獣に爆薬着けて夜襲なんて……下衆な真似しやがって、」
睨み付ける彼は、残る一人に剣を突き立てる。
一閃の元に首と血飛沫が飛んだ。
◆
ーーおい! 大丈夫か?
「うぅん……」
気がついたタナトスは片手で押さえて頭を振ると、辺りを見て呟いた。
「……あれ、キツネの獣さんは?」
慌てる彼女に先程の出来事を伝えると、一瞬悲しげな表情をした後すぐに怒りをあらわにした。
「酷い人達ですね。許せない、レバさん! 野盗の人達懲らしめてやりましょう!」
彼女の突飛な言葉にレヴァナントは目をしばたたかせると答える。
「バカ言え! 野盗の野営地なんていったら、少なくとも数十人は仲間が居るんだぞ? すぐ捕まって殺されるだけだ」
慌てるレヴァナントに彼女は自信あり気に立ち上がると、荷物から2本の長い棒を手にして口を開いた。
「大丈夫です! 私の呪術、七死霊門とレバさんの不死身があれば何百人、何千人来ようが問題ありません。レバさんやりましょう」
2本の棒を地面に突き立てタナトスは鼻息荒く声をあげた。
(ーーコイツ……本当になに言ってんだ……)
レヴァナントは口を開いたまま、固まっていたのであった。