Ep.29 元貴族 キルビート・ビー・トラスト
Ep.30は12月30日更新です!
広場に集まった観客達の歓声は、日の落ちたクレストリッジの街を揺らしていた。舞台上に立つ不気味な面を被った憤怒の道化師と呼ばれた人物は多彩な芸を披露し始めた。剣を用いたジャグリングや、アクロバティックな動き。その一挙手一投足に観客達は熱のこもった声を上げていた。
「……なんだ、只の軽業師じゃないか」
レヴァナントはさして珍しくもないと言った様子で呟いた。欠伸を噛み殺しながら眺める隣では、タナトスと少年が手を叩いて喜んでいる。舞台の上で道化師は軽快に芸を続けていた。
「なぁ、こんなのが本当に人気なのかよ?」
「おじさん、わかってないなぁ。これからが本番なんだからっ」
少年の言葉にレヴァナントは顔を引きつらせた。不満に口を開こうとした時、再び舞台の方からアナウンスの声が響く。
《ーーさぁ、それでは今宵も見せて頂きましょう。クレストリッジの怪人による【転生術の奇跡】をッ! 》
アナウンスの言葉にレヴァナントは反応する。
「ーー転生術?!」
急に身を乗り出す彼を少年は再び止める。レヴァナントはお構い無しに顔をつき出して舞台を凝視するのであった。
西の街で対峙したイスカリオ牧師は、街の人間を幾人も犠牲にして幻獣カトブレパスを生み出した。彼が口にしていたその力の名称……
「……転生変換術、まさか奴らの仲間か?」
レヴァナントの視線は、舞台に立つ怪人から離れないのであった。
◆
《ーーおや? これはどうゆう意味でしょう。憤怒の道化師は何かを持っています。とても小さい……何でしょう……あれは……何かの卵でしょうか? 》
舞台の真ん中に立つ道化師は右手に何かを乗せている。観客に向けて差し出すように右腕を伸ばすと、左手で取り出したハンカチをその上に掛けた。
水を打ったように観客達は息をのんで見つめる。すると、道化師は三本指を立てた。観客の誰かの掛け声でカウントダウンが始まったのである。
「ーー3……2……1……」
「ウォォォッーー」
「すげぇーッ!」
道化師がハンカチを取ると同時に沸き立つ歓声。
右手に持った卵のような物体は数十羽程の怪鳥に変わり、闇夜の空へ一斉に飛び立っていった。一瞬の出来事に何が起こったのかわからないが、広場は熱い声援に包まれていた。
「すごいっ! レバさん見ました? 卵からあんなに沢山の鳥がでるなんて」
観客達と同様に拍手をするタナトスは、すっかり舞台上の道化師に魅了されていたのであった。
レヴァナントは注意深く舞台を見回す。
「……舞台袖はあそこか」
ボソリと呟いた彼は足早にその場を動いた。
「タナトス、先に宿へ戻ってろ」
「レバさんはどこ行くんですか?」
「ちょっとネタばらしを聞きにな……」
階段を駆け降りる後ろでタナトスが何事か叫ぶ声が聞こえた気がする。レヴァナントは構わず走り去ってゆくのであった。
◆
観客の鳴りやまない歓声を受けながら憤怒の道化師は舞台袖からゆっくりと立ち去る。
ーー今日も素晴らしいショーでした、お疲れ様ですッ!
関係者と見られる数人の男達に導かれ、道化師は舞台の裏側にある建物へと消えていった。レヴァナントは路地に身を隠しながら様子を伺っていたのである。
警備兵もいない建物に意図も容易く潜り込んだレヴァナントは、道化師の入っていった部屋の前で聞き耳をたてた。中からは何の音も聞こえない。
「ーー熱心なファンですね。サインでも欲しいのですか?」
ーー気づかれていた……?
咄嗟に身を隠す、扉の向こうから道化師はレヴァナントに声をかけてきたのだ。暫くの短い沈黙の後、決心を決めたレヴァナントはドアノブに手をかける。もう片手は剣の柄をしっかりと握りしめている。
ゆっくりとノブを回す。古い作りの扉は悲鳴のような軋みを鳴らして開かれた。
「……あんたに聞きたい事がある。素直に話せば手荒な事はしない」
部屋の中央に置かれた大きなソファーに腰を下ろした道化師は突然の来客を見ると、ゆっくりと立ち上がる。
「なんとも物騒なファンですね」
「2つ程問う、正直に答えろ。お前がさっき使った術は転生変換術と関係があるのか?」
レヴァナントは怪訝な視線を向けている、道化師は芝居がかった仕草で両手を広げて見せた。
「なんとも無粋な方ですねぇ。奇術のネタばらしをわざわざ問い詰めに……」
全てを言い終わる前にレヴァナントは飛び出していた。一足に駆け寄ると剣を抜いて道化師の喉元に向けた、煌めく直剣の長い刃が首の皮一枚すれすれで止まる。
「ヒィっ! ま、まってーー」
「素直に話せと言っただろ。次ふざけたら喉元を掻き斬る」
道化師は慌てて両手を上げる、降伏を身体で表しながら震えていたのであった。
「質問を変えてやる。まずそのふざけた面を取ってお前は何者なのか話せ」
「は、は、はいィ……」
クレストリッジの怪人は夜の不死者の尋問に震えて答えるのであった。
◆
「ぼ、僕はキルビート・ビー・トラスト。街の広場でショーを行う演者です。決して怪しい者ではありません」
憤怒の道化師は不気味な面を外して必死に話していた。仮面の下から現れた素顔は淡いブロンドの髪の整った顔立ち、育ちの良さそうな優男であった。問い掛けにひどく怯える彼を見て、レヴァナントは剣を喉元から離して口を開いた。
「さっきの転生術ってのは何なんだ?」
「あ、あれは転生術なんて代物ではございません! 僕は元々少しだけ魔法が使えて、あれは風属性の初歩的な魔法です」
優男は手足をバタバタと動かして答える。
「漂流物体という簡易な魔法です。転生なんとかなんて術は全く知りません、人違いですっ」
「舞台のアナウンスでは転生術って言っていた」
レヴァナントの鋭い眼光に再び怯えながら、彼は必死に無実を訴えてくる。
「あれは先代の【 哀哭の道化師】の技です、僕のは只の魔法っ! 街の人達は二代目の僕もそれが使えると勘違いしているだけなんです」
レヴァナントはまだ怪訝そうに彼を見つめていた。キルビートと名乗った男はそれならばと、自分の魔法を披露すると言い出す。
「ーー怪しい動きがあれば斬る」
「ヒィッ、で、では行きますよ……」
キルビートは片手を伸ばすと目を閉じた。
まばゆい光が彼の手のひらに集まると何かを形作ってゆく。
「どうです、あなたの銃です!」
驚くことに彼の手にはレヴァナントの大型拳銃が握られていた。すぐに腰に巻いたガンホルダーに手を伸ばすと、いつのも場所に銃がない。
「漂流物体は直接地面に触れていない物体なら何でも呼び寄せる事ができてですね……」
「ーーその銃を床に置け」
またもやレヴァナントは剣を彼に向ける。
「ヒッ、ヒィっ……悪ふざけです! 許してくださいーー」
涙目のキルビートは必死で叫ぶのであった。
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