Ep.26 天を翔る
Ep.27は12月23日更新です!
カトブレパスが現れるまでの僅かな間、3人は作戦と呼ぶにはあまりに大雑把な打ち合わせをしていたのであった。
「それじゃあレバさんにはいつもの印です。どうぞ」
タナトスは身をよじり背負った鞄の中から手探りに小瓶を取り出すと、どうぞと手渡してきた。この赤黒い液体を見る度、レヴァナントは胸焼けのような不快感に襲われるのである。
「死ぬよりも、毎度これを飲む事のほうが辛い……」
くぐもった表情で一気に飲み干すと、いつも通りの吐き気に苛まれる。
「あとは手筈通りに! ミーネちゃん、思いっきり殺ってくださいねッ?」
「え、えぇ。念のため聞くけれども、レヴァナントあなた本当に生き返るのよね?」
ミナーヴァはまだ半信半疑な様子で訪ねてきた、普通に考えれば不死者など信じられるワケないだろう。けれども今はそんな馬鹿げた話を信じてくれと、レヴァナントは彼女の肩を叩くのであった……
◆
不意を突かれた幻獣カトブレパスは一つ目を閉じて悶えている。まだ稲光の残像が残るのか、焦点の定まらない瞳は何度も瞬きをしている様に見えた。
「今回もまたすげぇな……」
不死身の力で意識を取り戻したレヴァナントは空を見上げて立ち上がる。辺りの木々はカトブレパスになぎ倒され、隠れていた夜空には星が視界いっぱいに広がっていた。
ーーグワァァァァッ
大牛カトブレパスの雄叫びが残響する中、レヴァナントの注意は完全に別のところへ向いていた。
「百雷門、天を翔る2匹の竜か……」
神秘的かつ、神々しい光景に思わず漏らした。
「ちがいますよ? あれは竜じゃなくて……」
いつの間にか隣に現れたタナトスに驚きつつも、言葉の続きを待った。
「天を翔るデンキウナギです!」
「デンキ、ウナギ?」
彼女の指差す先には黒い胴体をうねらせながらカトブレパスの遥か上空を舞う、2匹の蛇のような怨霊。夜空に溶け込んだその身体はよく見えないが、言われてみれば確かに想像する竜とは違うように見えた。
「百雷門は感電死で捧げられた命で開かれますが、出てくる怨霊のサイズや数はその電力に比例します。私もこんな大きいデンキウナギ始めてみました、しかも2匹だなんて! やっぱりミーネちゃんの魔法はすごいです」
タナトスは飛び跳ねて喜びを露にしている。レヴァナントは再び視線を空に戻した、2匹の怨霊に掻き回された空にはいつの間にか黒い雲が出来上がっていた。
「こんな見掛け倒しの小細工など、カトブレパスには通用せぬ!」
邪視を開いた大牛は上空を蛇行する2つの影を見上げる。再び雄叫びをあげ、威嚇する様に吠えた。
ーー叫び声を書き消す轟音が森に響き渡る。
「グギャァぃァァッ」
耳を突く悲鳴が響く、カトブレパスは悲鳴をあげていた。思わず耳を塞ぐレヴァナントとタナトスは、悲痛が起こす風圧に片膝をついて堪える。
太い稲光がカトブレパスの右足に落ちる。
怪物の悲鳴をあげ続ける中、轟音はさらに上空から降り注いだ。
「ーーバカなぁ……なんだ、これわァァ!」
大牛カトブレパスの巨体は轟音の度、地面に崩れ落ちる。徐々に短くなる稲妻の間隔はどしゃ降りの雨のように降り注いだ。
黒い雲から降り注ぐ数多の雷は辺りの木々も巻き込んで、いつしか紅の焔をあげていた。
肉の焦げるような不快な臭いが広がってゆく、カトブレパスの身体はみるみる内に消し炭のように黒く崩れ落ちてゆくのであった。
「ふざけた真似を……まぁいい、また転生すれば良いのだ……」
崩れ落ちる大牛は何か呟いている。レヴァナントの耳は轟音の中、その声を僅かに拾い上げてた。
「……その力、いずれ……が頂く。実験……のお前の……含めてな」
巨体は完全に崩れ落ちる。焦げた炭のような身体は粉々に砕けた。やがて上空の雲は煙のように散り散りになると雷は収まってゆくのであった。
「すげぇな、あの怪物を一瞬で消し炭にしやがった」
「当然です、リーパーの呪術は規格外ですからっ!」
タナトスがVサインを向けて喜ぶ。力の抜けたレヴァナントは腰をおろそうとした瞬間、視界に映った光景に時が止まった。
ーーミナーヴァッ!
叫び声をあげていた。巨木にもたれ掛かった彼女は意識を失っているのか眼を閉じている。寄りかかる巨木の上空に2匹の影が旋回を続けていた。
「クッソッ、なんで味方までッ?!」
レヴァナントは彼女を目掛けて駆け出した、先程同様に広がる黒い雲の中からチカチカと稲光が覗いている。
「ーー間に合えッ!」
落雷が巨木を穿つ。一瞬にして炭に変わると、崩れ落ちた。
「レバさんっ!」
タナトスは不安な声をあげ、炎をあげる森へと駆け寄るのであった。
◆
辺りの木々に燃え移った炎が森の中広がってゆく、宵闇に包まれた森は昼間のように赤く照らされていた。
「ギリギリ……なんとか間に合ったか」
ミナーヴァを抱えたレヴァナントは焼け野原を転がる。間一髪のところで彼女を掴んだ後、落雷の隙間を通り抜けていたのであった。
「くそ、冗談じゃねぇッ!」
黒い雲は2人を追いかけるように動き出す。蛇行を続ける百雷門の怨霊は、狙いを定めるように四方に稲妻を落とし続けている。
「タナトスなんとかしろッ! コイツらミナーヴァを狙ってるッ!」
「そんな、何とかしろって言っても。まだ夜明けまでかなりあるし……」
タナトスは動揺したように頭を抱えている。迫りくる落雷をギリギリでかわし続けるレヴァナントは背負ったミナーヴァに何度も声をかけ続けた。意識を失っている彼女はぐったりと顔を沈めている。
ーー今まで供物の俺と、術者のタナトスは襲われる事はなかった。だがミナーヴァは七死霊門にとって吸い取る命の対象になってる、このままじゃマズイ……
思考を巡らせながら回避を続ける、驚異的な集中力で稲妻を避けるレヴァナントであった。
「れ、レバさんどうしようっ……私、止めかたわからない……」
「なんでもいいからやってみろッ! このままじゃミナーヴァまで消し炭になっちまうッ!」
困惑するタナトスはあれこれと何か呟いている。死柱を抜こうとしてみる、蹴ってみる、扉を閉めようと思いっきり引っ張ってみる……彼女の行動は当たり前のように無駄に終わるのであった。
燃え移った炎に囲まれたレヴァナントは背中の彼女を庇いながら退路を探し続けて走る。上空から落ちる稲妻は目の前の巨木に当たると、2人を目掛けて直角に軌道を変えた。
「あ……ぶねッ!」
側撃雷を間一髪にかわした刹那、足を滑らせたレヴァナントは転倒する。衝撃でミナーヴァが転がると、黒い雲は彼女目掛けて雷を打ち落とした。
「グッッ……! 痛ッッッーー」
覆い被さる様にレヴァナントは落雷の盾になった。地面に両手をついてミナーヴァへ伝わらない様
に彼はギリギリの意識を保つ。
「ダメっ! ミーネちゃんが死んじゃう……」
タナトスが顔を歪めて叫ぶと落雷は収まる、しかし今度は必死に堪えるレヴァナントの左右から怨霊は大口を開いて向かって来た。
剥き出しの鋭い牙が2人を定めて突進する。
「ーーお願いっ、もう閉まってぇぇっ!」
途切れかけた意識を保つレヴァナントの耳に、その声が聞こえた。これまでかと食い縛る瞬間、2匹の怨霊は透けるように2人すり抜けたのであった。
「……助かったのか?」
何かが閉まる音が聞こえる、七死霊門は勢いよく巨大な二枚扉を閉めるのであった。レヴァナントは安堵からか、どっと押し寄せた疲労感に息を切らして、仰向けに寝転ぶのであった。
「レバさんっ! わ、わ、私っ! 扉、閉じれましたぁっ!」
「あぁ……本当、助かったよ……」
2匹の怨霊に掻き回された空には、いつのまにか星を隠す厚い雲が浮かんでいた。それからすぐに降りだした雨粒は、森を沈めるように拡がった焔を鎮火するのであった。
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