Ep.25 邪視
Ep.26は12月22日更新予定です!
巨大な黒い塊は瞬く間に岩場をなぎ払った。目を疑いたくなる程の怪物を前に、為す術のない3人は逃げ惑っていた。
「これぞ転生変換術の力だッ! 必要な肉体を与える事で、これほどの幻獣すら作り出すことが出きる。さぁ後悔して逃げ惑え人間ども」
巨体を揺らす黒い獣から響くのは、間違いなくイスカリオ牧師の声色であった。大牛のような幻獣カトブレパスと一体になった牧師は縦横無尽に辺りを破壊し始める。
「このままここにいたらヤバいッ! ひとまず森まで引き返せ」
レヴァナントの叫び声に走り出す3人は暗い森の中へと逃げ込むのであった。森の中は昼間よりもことさらに暗く不気味な闇が広がっていた。ミナーヴァが自身の魔法でロザリオ輝かせると灯りのように掲げる、3人は無事を確かめるのであった。
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「あの巨体だ、これだけ入り組んだ森の中にいればひとまず見つからないだろ」
「えぇ、それでも何とかして牧師を止めないと。あんなものが街まで出ていってしまったら……」
「あんな大きな牛は初めて見ました! 西の大陸で見た牛の何百倍も大きいですね」
タナトスの呑気な感想に返せる余裕もなく、2人は巨大な怪物を止める為、策を練ろうと思考していた。レヴァナントの銃もミナーヴァの魔法も恐らくあの巨体の前では無意味であろうと、2人は言葉なく理解していたのである。
イスカリオ牧師は周囲に集まった黒装束達やメイソンを取り込み、大牛の幻獣カトブレパスの姿に変わった。幻獣など実在するものかと疑うレヴァナントであったのだが、つい今しがたに見た怪物に顔を曇らせる事しか出来なかった。
「そういえば……森の中は暗いけど、もう太陽は沈みましたかね?」
楽観的な声にレヴァナントはハッと顔をあげる、視線が合うと彼女は微笑んだ。
「そういや、化物使いならこっちにも1人いたな」
「私1人じゃできませんよ。2人の間違いじゃないですか?」
ほくそ笑む2人の事を、ミナーヴァが理解に苦しむように顔を歪めて見つめていた。
「それにね、レバさん。今はミーネちゃんも居ますから!」
「わ、私……?」
突然の名指しに驚くミナーヴァ、彼女の手を取るとタナトスは大きく頷いた。
「あの稲妻を、また受けなきゃならんのか……」
レヴァナントは2人をやりとり見て察した様に眉根を下げると、諦めのため息をつくのであった。大袈裟に肩を落とす彼の姿にタナトスが笑い声をあげた時、ミナーヴァが頭上を見上げて何か叫んだ。
背の高い木々は音を立てて押し潰される様に折られてゆく。暗い闇夜の中に巨大な一つ目の牛の顔が、うつ向くようにして降ってきたのであった。
「幻獣カトブレパスには邪視と呼ばれる力がある。一度この眼で見た相手は、何処にいようとすぐに解る。貴様らが何処へ隠れようと、この千里眼から逃げられはしないのだよ」
不気味な光を放つ巨大な瞳が大きく瞬くと、苦しむ悲鳴が響いた。振り返ると片腕を抑えて苦痛に顔を歪めたミナーヴァが片膝をついているのであった。
「そしてもう一つ、この邪視と三度視線があった者は苦痛に悶えて絶命する。国選魔導士は一度目だ、身体が軋むように痛むだろう?」
大きな口を開く大牛は3人めがけて迫る。痛みを堪えるミナーヴァを担ぐと、タナトスには走れと叫んだ。
とにかく距離を取るため森の奥へと進むのだが、いくら進もうと大牛の怪物はその巨顔を森へと下ろす。
「いくら逃げても無駄ですよ。邪視によって死ぬか、踏み潰されて死ぬか選びなさい」
走り続ける2人は決して邪視を見ないよう、足元だけを見てひたすら森を進んだ。行く手を阻むようにカトブレパスの巨大な足が木々をなぎ倒しながら降り注いでくる。
「レバさん、走りながらじゃ死柱が置けませんよ。せめて一瞬でも止まれれば……」
「馬鹿言うな。止まった瞬間に踏み潰されるか、あの眼で殺られるか……」
カトブレパスの迫る勢いはどんどん早くなっている、一瞬でも足を止めれば瞬く間に追い付かれるだろう。背中で視線を切りながら距離を見定めるレヴァナントは、背後のか細い声にようやく気がついた。
「レヴァナント、次にヤツの頭が来たら止まってください。時間を稼ぐくらいならば……」
「無理するな、お前が一番重症なんだからな」
背負われたミナーヴァは時々苦痛に歪めながら顔をあげた。だらりと下がる彼女の右腕は痛々しく腫れ上がり、指先まで紫色に鬱血して見える。思わず眼を背けたレヴァナントに彼女は続けていた。
「右腕、右足が折れてます。もう戦いの役にはたちません。だからせめて私に足止めさせてほしい、2人が逃げきれるだけの時間を。危険なめに巻き込んでしまった責任を取らせてほしいの」
肩で息を切る彼女は、喋るのがやっとのように疲弊して見える。
「だから、馬鹿言うな。巻き込まれるどころか、逆にこっちは助けられたんだ。お前がいなきゃ、タナトスを探せなかった」
心からの感謝だった。軽く頭を下げるとタナトスを見た、何故か照れ笑いをする彼女に呆れて笑ってしまう。
「ミーネちゃんには本当、お世話になってます! 今度は私達が返す番ですよ」
「そうだな……って、世話になったのはほとんどお前だからな?」
緊迫した状況の中でなぜか笑い合う2人、そんな掛け合いを聞いていたミナーヴァもいつの間にか連れて笑っていたのであった。
「それじゃあ、反撃といこうか!」
足を止める3人の頭上から、カトブレパスの巨大な顔が覗き込むのであった。
◆
大牛の不気味な一つ目はゆっくりと瞬きをする、辺りの木々が見えない風圧で揺さぶられる様に動いた。森の中を闇雲に逃げ惑っていたはずの3人は足を止めていた。
「ーーさァッ! 誰が初めに邪視で死にますかね?!」
カトブレパス、もといイスカリオ牧師の叫び声が暗い夜の森にこだまする。牧師の声に僅かに反応を見せた3人に、カトブレパスはその瞳を開いたまま巨顔を近づけてゆくのであった。不快な鼻息が辺りにながれゆく……
「待ってたわ、イスカリオ牧師ッ!」
暗闇の中をミナーヴァの声が引き裂いた。巨大な瞳孔が声のする方へと向いた時、それは弾けるように辺りに広がった。
「グウウワァァッ! 何だこれはッ?!」
閃光が暗い森を一瞬に照らしだす。すぐに鈍い叫び声が響き渡ると、瞳を閉じたカトブレパスは苦しみながら天を仰いだ。
「これだけ至近距離からの稲光、暫くは使い物にならないだろう?」
ミナーヴァは勝ち誇った声をあげた、彼女の背負ったレヴァナントはすぐさま距離を取ると巨木の側まで運ぶ。彼女を寄りかからせる様に下ろすと、すぐに大牛の元へと駆け抜けた。
「レバさん! ミーネちゃん! 準備できてますよ」
森の中今度はタナトスの声が響いた。大牛の怪物は巨大な一つ目を薄く開きながら再び顔を戻す。
「貴様らッ! 小癪な真似を……」
幻獣カトブレパスは怒りに満ちた叫び声をあげる。眼を閉じたレヴァナントは不敵に笑うと吐き捨てるのであった。
「イスカリオ牧師、あんたも所詮死ぬことを恐れるただの人間だ。アイツのバカみたいな呪術の前では無力なんだよ」
「な、何を言っている! 私は、お前らなぞ……」
牧師の言葉が響く前に、レヴァナントは叫んだ。
「ミナーヴァッ! 頼む!」
声を聞いたミナーヴァは彼の生体電流をたどり、渾身の魔法を放つ。
「破壊雷ッ!」
稲妻はレヴァナントの周囲を囲い、圧縮される様に集まると轟音と共に弾けた。ミナーヴァの最大にして最高出力の魔法は容易に彼の息の根を止める。
「2人とも、バッチリですッ!」
少し離れた場所に二本の長い棒を立てた彼女は、嬉々として叫んでいた。怪しく赤く光を放つ二本の死柱は、彼女に導かれる様に巨大な扉の姿を現していた。
「七死霊門、百雷門開きます!」
タナトスの言葉と同時に二枚の錆びた鉄扉は開かれる。夜の不死者は取り戻した意識とまだボヤける視界で、扉から出るそれを見ていた。2匹の長い尾が、蛇行しながら天に舞い上がる姿を……




