Ep.20 洗礼
Ep.21は12月13日更新予定です!
よく晴れた空の青色は、港町アマルフの幻想的な白い建物をより神秘的に引き立てる。温暖な気候も相まって清々しい朝を迎えた街からは、次第に活気のある声が広がってゆくのであった。
「いやぁ、なんだか悪いな。宿代まで出して貰うなんて」
珍しく上機嫌なレヴァナントは明るく話しかける。久しぶりにまともなベッドで休めたおかげか、身体はすこぶる快調だった。
「宿のご飯も美味しかったですね!」
身の丈よりも大きな棒を担いだタナトスは、お腹を擦りながら満足そうに笑っている。
「そ、それは良かったですね……」
ミナーヴァだけは何故か疲れた顔でフラフラと歩いていた。
「ミーネちゃん、昨日は2人で遅くまで話してましたからね! 」
「……私は話してませんけど」
2人のやり取りを黙って聞いていたレヴァナントは、哀れな目でミナーヴァを見る。おそらく夜中じゅうタナトスに話しかけられ続けたのであろう、静かに彼女に同情するのであった。
フラフラと歩くミナーヴァに導かれて、2人は昨晩通った道のりを進んでゆく。昨日イスカリオ牧師の助言通り再び教会を訪れていたのであった。明るく照らされたアマルフの街並みは昨晩見たものとはまるで印象が違い、2人はあらためて異国の景色に感心の声をあげていた。
「御二人とも、もうすぐ教会に着きます。聖堂は朝の洗礼の最中でしょう、くれぐれもお静かにしていて下さい」
念を押すようにミナーヴァは振り返って2人に注意を促す。タナトスの元気な返事に、ミナーヴァは複雑な顔でため息をついていた。隣を歩くレヴァナントは、ミナーヴァの苦労を言葉無く頷いていたのであった。
◆
教会に辿り着くと、視界に長い行列が飛び込んできた。開け放たれた大きな鉄扉から伸びる列は、遥か先まで続いている。皆、朝の洗礼を受けに来た信者なのであろう。
「私達は裏口から入りましょう」
ミナーヴァは教会の正面ではなく、裏手にある木製の小さな扉へと案内するという。路地裏の街並みは表の喧騒が嘘のように消え、まるで時間が止まっているかのような静けさが広がっていた。
「昨日はよく見なかったけど、すごく綺麗な教会ですね」
「えぇ。古い教会だけど、建てられた当初は街の観光名所に数えられていた程よ」
裏口の扉に手を掛けるミナーヴァは2人に再び注意を伝えると、口許に指を立てて静かに開いた。裏通りの静けさはそのまま教会の中まで続いており、聖堂は神秘的な光に包まれていた。天井のステンドグラスから溢れる光の道は祭壇まで真っ直ぐに伸びており、それをなぞる様に並ぶ人々。その終着点に立つ見覚えのある男は、次々と崇拝する信者達の頭に触れて何事か告げていたのであった。
「あれが洗礼なのか?」
レヴァナントは訝しげにミナーヴァに尋ねた。
「そうよ、あれが牧師達の仕事。魔法による災いが掛けられていないか、信者の信仰心を見る儀式。同時にああやって信者に触れて、魔法の適性の有無を見ているの。もしも、魔法の素養がある信者がいれば教徒に誘っている」
ミナーヴァは2人に「あれを見て」と指差して告げた。祭壇ではイスカリオ牧師が信者の頭から手を離すと、光の輪を造り出して信者に捧げていた。ソレは信者の頭に触れた瞬間、神秘的な光を放つとすぐに消えていった。
「信者の信仰心を見る代わりに、牧師達は魔法を掛けるの。簡素な守護魔法だけど、大抵の災いを払ってくれる」
彼女の説明に感心した様子で声をもらしたレヴァナントは、何か思い付いたようにタナトスを見た。
「……もしかしたら、あれで不死の呪いが解けるかもしれない」
「……どうでしょうね。けど、レバさんの不死身が災いなら何かしら感知されるかもしれませんね」
ボソボソと何事か話す2人の姿を見て、ミナーヴァは首を傾げる。しばらくすると午前の洗礼は終わり、帰路につく信者達は次々に聖堂から去ってゆくのであった。
◆
「御二人とも良くいらっしゃいました。さぁ、どうぞこちらに」
信者の去った聖堂に入ると、すぐに祭壇に立つイスカリオ牧師が声をかけてきた。軽く会釈する3人は牧師に言われるまま、祭壇一番近い長椅子に腰を下ろした。落ち着きの無いタナトスは辺りをキョロキョロと見渡している、隣に座ったミナーヴァは止めるように何度も肩を叩いていた。
「あの、イスカリオ牧師。俺達にもさっきの洗礼を施してくれませんか?」
食い気味で身を乗り出すレヴァナント。牧師は少し驚いたように固まったのだが、すぐに優しい笑みを浮かべて「いいですよ」と快く応えた。するとタナトスも手を上げて私もと声をあげる、牧師は頷くと順番に祭壇まで来るよう告げるのであった。
「それでは此方に跪いて下さい。レヴァナントさんからどうぞ」
「よ、宜しくお願いします」
祭壇に登ったレヴァナントは急に緊張したように身体を強ばらせて膝をついた。長椅子で声援をあげるタナトスに、ミナーヴァが何度も「静かに!」と止めている。牧師は微笑むと跪いて目を閉じたレヴァナントの頭に手をのせる、僅かな静寂が聖堂を包み込んだ。
「ーーこ、これは……」
イスカリオ牧師は困惑したように顔を歪める。レヴァナントは目を開けるとすぐに尋ねた、口許に手を当てた牧師は言葉を選ぶように考え込んでいる。
「教えてくれイスカリオ牧師ッ! 俺には一体どんな災いが掛けられているんだッ!?」
「わ、災いと言いますか……これは……」
口ごもる牧師の腕を掴んで何度も尋ねるレヴァナントに、長椅子で座る2人も息をのんで見つめていた。
「なんと言いますか。レヴァナントさんの信仰心、つまり魔法の素養なのですが全く無いのです。普通どんな人間でも僅かに有るものなのですが、貴殿は全くにゼロなんです。こんな事は私も初めてで……」
「……は?」
「ブフッ……! レバさん信仰心が全く無いって……アッハハハ! 」
「クスッ……失礼、取り乱しました」
長椅子で大笑いするタナトスと笑いを堪えるミナーヴァの姿に、レヴァナントは激昂して祭壇の上で騒ぐ。イスカリオ牧師も困ったように眉をひそめて見ていたのであった。
ブツブツと文句を漏らしながら祭壇を降りたレヴァナントは、ドサッと不機嫌そうに長椅子に腰を下ろした。変わりに祭壇に上がったタナトスはすぐに先程と同じように跪いていた。
「私もミーネちゃんみたいに、魔法の才能あるといいなぁ」
嬉しそうに目を閉じたタナトスに、イスカリオ牧師が手を伸ばした。
「ーーヒィッ!」
「え?」
タナトスの頭に触れた途端、牧師は手を離して後ろに仰け反ったのであった。突然の出来事に長椅子で見ていた2人も眉をひそめる。
「牧師さん、どうしたんですか? もしかして私も才能無いですか?」
「ヒィッ……い、いや、少し午前の洗礼で魔法を使いすぎてしまったようでね。また、次の機会に見てあげましょう」
脂汗を吹き出すイスカリオ牧師はあからさまな言い訳でタナトスをはぐらかすと、午後から仕事の準備があると言って忙しそうに祭壇から降りたのであった。
「そ、そうだ、ミネルウァ術士! 貴女にはやらなければいけない仕事がありますよ」
「やらなければいけない仕事、何の事でしょうか?」
ミナーヴァはわからないといった風に首を傾げたのだが、牧師の指差す先を見てすぐに慌てだした。昨日彼女が放った魔法で破壊された壁と椅子を見て、反省した様に苦々しい表情を見せるのであった。
「修繕作業が大変なら御二人にも手伝って貰いなさい。少なからず、貴殿方にも責任はあるでしょうからね」
チラリと聖堂の床を見る、レヴァナントが放った銃弾の跡で大きな穴があいていた。
「私は午後から巡礼に向かいますので、今日はこれで教会を閉めます。その間、修繕作業お願いしますよ?」
そう言ってイスカリオ牧師はそそくさとその場を立ち去るのであった。ため息混じりに返事をするレヴァナントとミナーヴァ、祭壇の上のタナトスは一人洗礼を受けられなかった事に文句を垂れるのであった。
◆
……
……
……
……あの男、産み付けられた実験台がまさか適応しているとは驚いた。しかし、それ以上にあの少女は一体? まぁいい、あの途轍もない力があれば私の計画はもっと強固なものに成る。あの身体、なんとしても手にいれなければ……
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