Ep.2 不死者 レヴァナント・バンシー
処刑場内咎人収用房 ……この物語の主人公は息を殺して瞑想に更けるのであった……
長い廊下の両側をびっしりと鉄格子が連なっている。狭い牢獄の中には一部屋ごとに3~4人余りが収用されていた。昼間にも関わらず窓の少ない屋内では、篝火の弱い光が揺らめく。
「……おい……お前、昨日首斬られたんだろ?」
(ーー声を掛けられた。面倒だから聞こえないフリをしてやり過ごすか……)
「……おぉい? 無視かよ」
「……本当はもう死んでるんじゃねぇか」
(ーー雑談などするつもりはない。隙をみて必ずここを出てやる)
……ハハハッ……ガハッガハハッ……
向かいの房から上がる騒がしい笑い声に気を止めず。廊下の突き当たり、独居房の奥で男は何かを待っていた。
(ーー夜だ。夜になれば多少の無理はできる。隙を見計らって逃げ出してやる……)
昨晩、斬首の刑を受けたはずの男。元傭兵レヴァナント・バンシー 。後ろ手を縛られた彼はじっと冷たい床の上に座り、静かに目を瞑る。雑音を遮断するように瞑想を始めたのだ。
(ーー早まず、今はただ心を落ち着けろ……)
「おいッ、化物野郎、外に出ろ!」
突然の怒鳴り声に慌てて目を開くと、檻の前には数人の看守おぼしき男達が睨みをきかせていた。
「へ……、出ろ……?」
それは予想外の事であった。
拍子の抜けた間抜け顔の男はしばらく固まった。
「聞こえなかったか? 釈放だよ。今さっきお前の分の保釈金が支払われた。さっさと出ろッ」
拘束が解かれると乱暴に立ち上がらせる男達、訳もわからずレヴァナントは房からだされた。
◆
『ーー連れて参りました!』
看守の男達に挟まれてボロボロの男が立っていた。逆立った黒髪に鋭い目付きの男は、突如連れ出された部屋を目線だけで見渡す。
「ありがとうございました! それじゃ、出ましょう」
不可思議な格好をした少女は満面の笑みでいい放つと、レヴァナントは看守達から雑に何かを投げつけられた。ここに捕まった時の荷物だ。
(……誰だ?……一体このガキは)
看守達に軽く頭を下げると、混乱するレヴァナントの腕を引き少女は足早に立ち去ろうとした。
『ーーだからぁッ、何度も言ってんだろッ!』
扉を開けた瞬間、怒鳴り声が響き渡る。
「俺がさっきここに置いた金の袋はどうしたんだっていってんだ! 金貨10枚でここの咎人20人分だ、足りてるはずだろうがッ!」
柄の悪そうな、太った男が看守事務所のカウンター越しに叫んでいる。
「確かに金貨1枚で咎人2人分だ。だが、あんた肝心の金が何処にもないじゃないか」
カウンターの内側にいる看守の一人が小馬鹿にしたようにいい放つと、太った男は再び喚き始めた。
「それだよ! だから、その奥に見える紫の袋。間違いなく俺が用意したモンじゃねぇか」
看守の後ろに見える紫色をした布袋を指差し、これでもかとばかり太った男は罵声を飛ばす。
「なぁに言ってんだ? これはさっき別の咎人の保釈金で貰ったもんだ。持ってきたのはでかい荷物持った小さいお嬢ちゃんだった、お前なんかじゃねぇよ」
再び嘲笑う看守、太った男の顔がみるみる内に高揚してゆく。
「--あ、ほら、そこにいるお嬢ちゃんだよ」
看守の指差した先にはレヴァナントを掴んだ少女が苦笑いで手を振っていた。
「さ、さよならー……」
「ちょ、……まてっ……!」
突然走り出す少女に、もつれる足のままレヴァナントも走るのであった。
走り去る後ろで聞こえる叫び声。
ーーこのガキッ、ふざけるなーッ………
ーーアイツらは金を払った、お前は無一文だろうが
ーー暴れるなッ! おいっ、誰かコイツを取り押さえろぉ………
走り去る後ろに騒がしい声が響き渡る。
◆
処刑場から走り抜けると、ほどなくして山が見えた。すっかり太陽は傾いて辺りを薄闇が包み始めていた。
「ハァー……上手く逃げられましたね」
しゃがみこんだ少女は、安堵のため息を吐きながら声を漏らした。
「解るように説明しろ。お前は何者だ、なぜ俺を助けた?」
睨み付けるレヴァナントは目の前で次々に起こる現実に思考が追い付いていなかった。
「助かって良かったですね! それにしても、他の咎人さん達は金貨1枚で2人分の保釈金だったのに。不死者さんだけ10枚も取られるなんて、やっぱり大物なんですねー」
少女はまるで噛み合わない感想を述べてくる。ここにたどり着くまでほとんどの会話が成立していない。頭を抱えたレヴァナントは短いため息を漏らすと口を開いた。
「……あそこは名目的に処刑場としてるが、雇われてる看守達は戦争で生き残ったゴロツキばかり。表向きは軍の統率が取れているように見えるが、裏では人身売買を保釈金なんて言いくるめて堂々とやってる。まぁ、売られてる側も敗戦国の傭兵やら犯罪者ばかりだから可哀想とも思えないけどな」
レヴァナントは辺りの枝を集めながら話しを続けた。
「俺も元は傭兵として雇われてた身だ。戦場で気を失って、気がついたらあの汚い牢屋にぶちこまれてた」
手慣れた手つきで集めた枝を汲み上げ火を点けると、再び大きくため息を吐いた。
「まぁ、確かに。お前に買われなかったら、こうして出れなかったわけだし。出してくれた事には素直を礼をいうよ。あれだけの大金出して貰ったワケだしな」
苦々しく笑うレヴァナントは少女を見た。赤い焚き火の灯りが揺らめいて写っている。
「お金なんて気にしないでください! 忍び込んでみたら、たまたま保釈金の話をしている人達がいたんです」
少女はバタバタと身を動かして続けた。訝しげなレヴァナントをよそに、少女は話を続けた。
「少しだけ……お金を貸して貰おうと思って男の人に近づいたんですけど。その人、荷物置いたまま何処かに行っちゃったので、黙って借りちゃいました。看守さんに不死者さんの保釈金だって渡したら全部取られちゃって困りましたけど……」
照れたような仕草で少女は舌をだした。
「……は?」
先程のいざこざが脳裏に浮かぶ。野盗とおぼしき男はお金を取られたと騒いでいた。そしてコイツの今の話。
「お、お前、野盗の奴らから金を奪ったのか?!」
思わず身を乗り出すレヴァナントに、少女は借りただけだと否定している。なんという無茶苦茶なヤツだ。呆れた話ではあるが、金を取られた野盗がなんとも不憫で嗤ってしまう。
「ところで、不死者さん。本当に不死身なんですか?」
少女の問い掛けに顔をあげる。
「レヴァナント・バンシー。不死者なんて名前じゃねぇよ。だが、確かに【今】は不死身だな」
レヴァナントはそう言うと空を見渡した、すっかり陽の落ちた闇夜には、いくつかの星が顔を出していた。視線を戻すと、今度は少女の名前を尋ねる。
「わたしはタナトス・リーパーです、呪士をしてます。今はまだ修行中なんですが……」
呪士と名乗るタナトスは恥ずかしいのか、照れたような笑みを見せた。
この出会いが後に世界を変えてしまうこと。今のレヴァナントには知るよしもないのであった。
登場人物紹介2
レヴァナント・バンシー
西国出身の元傭兵。年齢は25歳。散切りの黒髪に、ややつり上がった瞳。大戦中は空撃部隊と陸戦部隊に所属していた。得意な武器は直剣と銃。(どちらも我流)
戦時中に培った経験からか意外に手先が器用。
とある事情から「不死者」と呼ばれるようになる。